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神経症状の診かた・考えかた 第3版
General Neurology のすすめ

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脳神経内科学の肝である神経症状の診かた・考え方を、本領域の第一人者である著者が、その経験を踏まえてまとめた実践的な教科書。診断への道筋を著者がどのようにたどったかがわかる臨場感のある記載が多くの読者に支持され、 初版以来、幅広い層に読まれた定番書。今回の改訂では、「臨床力とは何か?」「肩こり」の章が追加。さらに新たな症例、知見を盛り込み、全体にわたってアップデート。

福武 敏夫
発行 2023年04月判型:B5頁:440
ISBN 978-4-260-05103-3
定価 5,940円 (本体5,400円+税)

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第3版の序/初版の序

 初版の序において,医学・医療における2つの方向,「高速道路建設」と「街中(まちなか)の交通渋滞対処」について書いた。その真意は,この2つはもちろんそれぞれに大切なことであるばかりか,互いに刺激しあって発展していくべきだというところにあった。第3版を世に問うにあたって,この間に私自身が経験してきたその発展の1つの様子を述べて,序に代えたい。
 私は研修医の頃に,30歳以下でラクナ梗塞と広汎な大脳白質病変(認知機能低下)を呈し,禿頭と腰椎椎間板症を伴った「奇妙な」兄弟症例を経験した。この症例を本邦からバラバラに報告されていた類似文献例と併せて医師3年目の1983年に神経学会関東地方会で発表し,翌々年,家族性の全身性症候群とする論文が『臨床神経学』誌に採用された。この発表後に全国から数家系の報告がなされたが,常染色体劣性遺伝性のために責任遺伝子同定は困難と思われた。私達は臨床的診断基準を提案するとともに,日本人による遺伝子解明を期して,辻 省次新潟大学神経内科教授(現・東京大学名誉教授)の下へ検体の集中を呼びかけた。その取り組みを継承した小野寺 理准教授(現・新潟大学教授・脳研究所所長)チームにより,HTRA1の変異が同定され,“The New England Journal of Medicine”誌に掲載された。この間にこの特異な疾患は世界的に知られるようになり,CARASILと呼ばれるようになっていた(→224頁)。
 一旦責任遺伝子が発見されると,世界中で新たな臨床/基礎研究が進み,ホモ変異や複合ヘテロ変異によるCARASIL症例に加え,ヘテロ変異の症例(高齢発症で禿頭などは目立たない)も次々と集積されるようになったばかりか,HTRA1変異が大脳白質病変にとって高血圧よりも影響しているとか普通のラクナ梗塞の1~2%にみられるとか,さらにAlzheimer病の基本的機序や悪化因子である可能性があるとかの報告がなされてきた。私は,この一連の過程における最初の時点で既に,責任遺伝子の同定がまれな患者への光明となるだけでなく,もっと広く医学・医療の発展に役立つであろうと期待していたが,実際にそうなる状況を目の当たりにした。こうした幸運はいつでも訪れるとは限らないが,「街中の交通渋滞対処」が「高速道路建設」に役立つ好例になったと自負している。
 AI万能が叫ばれる現代にあっても,予断や理屈に捉われないで,患者の症状を観察し,自ら一歩深く考えることが今なお臨床医に求められていると思う。第3版がそうした情熱と気概を喚起できれば私の目的は達せられる。
 なお,この版では序章として,神経学を身につける上での臨床力を高めるための私なりの考えを提示し,第I編第4章として,神経症状だけでなく多彩な全身症状の基となっている肩こりについて神経学の領域では初めてそのポイントを記述した。さらに,第I編第9章「精神症状,高次脳機能障害」で失行と失認についても総合神経学の範囲内で役立つであろうことを追加したほか,各章においてこれまでうっかり落としてきたものを含め,重要な臨床事項を症例とともに書き加えた。
 改版にあたっては,これまで通り,多くの患者の方々から教えてもらったことや同僚医師やメディカルスタッフから学んだことに深く感謝するとともに,医学書院担当者の温かい励ましがあったことを特に記したい。

 2023年2月
 福武 敏夫


初版の序

 本書は,神経内科の日常診療の中でよく遭遇する症候や病態について,筆者の経験をまとめたものであり,もちろん臨床神経学の全ての領域をカバーするものではない。遺伝学や生化学などいわゆる高度医療の側面には触れていない.それらを高速道路建設に例えると,本書は街中の交通渋滞に対処するものである。
 本書を執筆しようと思ったのにはいくつかの動機がある。臨床神経学の教科書として有用で網羅的な書籍は多いが,日常診療の中で症状をどう捉え,どう診断に結び付けていくかという具体的な道筋を示してくれるものは少ない。圧倒的な情報量の前に立ちすくんでしまう初学者に対して,ありふれた症状や疾患の具体的様相や鑑別の仕方を常にカンファレンスやセミナーの中で解説してきたので,それらを書籍の形で著したいと考えたのが第一である。特に初学者などが誤まったキーワード設定で,つまみ食い的に診断したり,鑑別診断の方向を見失ったり,患者に余計な検査を行い負担をかけたりしているのをしばしば見聞してきたので,ありふれた症状や疾患のまず第一に考慮すべき大切なポイント(訴えの内容分析や年齢などの患者背景の把握など)を示すことに力点を置いた。その際,常に意識していたのは観察と推理の天才であるシャーロック・ホームズのことである。本書には彼愛用の帽子や拡大鏡,パイプのイラストが散りばめられている。
 第二の動機は,多くの教科書が分担執筆であったり,欧米の教科書の受け売りだったりするので,筆者一人による一貫したものの診かたを提示し,病歴聴取と神経診察の実際の経験をなるべく具体的に示したいと思ったことである。臨床神経学の最高の教科書である“Adams and Victor’s Principles of Neurology”の少なくとも古い版では,客観的な教科書的記載以外に,しばしば「We」で始まる,著者らの経験が述べられていた。そこにこそ日常診療上の興味深いヒントがあったし,臨床神経学を学問としてもっと発展させる方向性があった。本書もささやかだが,そうした役割の一部でも果たせればという思いがある。
 第三の動機は,神経学の巨星であり,脳卒中学の創始者であるチャールズ・ミラー・フィッシャー教授が2012年4月14日に98歳で逝去された際に,そのポートレートを書く機会を与えられ,同教授が80歳代以降でも自らの閃輝暗点への考察や神経学と精神医学の境界領域に関する臨床的な総説を著し,90歳代になっても若いレジデントと回診していたことを知り(『BRAIN and NERVE』64:1443-1448, 2012),個人的な経験でも重要と思われることを書き遺すことの重要性を改めて認識したことである。筆者の恩師である平山惠造教授も臨床神経学・神経診察学・神経症候学におけるエッセンスの「伝授と伝受」の重要性を強調されている。
 第四の動機は,日常診療の中でよく遭遇するコモンな症候や病態を具体的な症例記載を多く用いて解説することにより,本邦ではまだなじみの薄い“General Neurology(総合神経学)”の事始めにしようと考えたことである。欧米では大学の神経内科には少なくとも8~10名の教授陣(と同数程度の部門)があって,その一人(1つ)にGeneral Neurologyの教授(部門)が存在する。そこでは頭痛やめまい,疼痛などへの対処や研究がなされ,同時にあらゆる神経疾患患者の入口の部門としての役割を果たしている。総合診療が一種のブームであるが,神経内科(臨床神経学)は昔から,頭の先から足の先までの各種の症状を扱い,またほとんどの訴えが感覚神経系を通じてなされるので,もともと総合診療を行ってきたのである。本書がGeneral Neurologyの面白さや有用性を伝える一助になればと思う。

 本書では,まず第I編として,日常的によく遭遇する症状を扱う。頭痛,めまい,しびれ(痛み)の外来・救急を訪れる患者の最も多い症状を取り上げ,次いでパーキンソン病とその周辺,物忘れ・デメンチア(認知症),精神症状,高次脳機能障害を取り上げた。その最後に,しばしば「何でもない」「気のせい」と扱われる「奇妙」な症状の章を設けた。それらの症状の半数は他章に記載したものである。筆者の専門分野の1つである脊椎脊髄疾患についてはしびれや第II編の急性四肢麻痺,神経診察の手技の中で一部扱ったが,これまでにたくさん書いてきた脊椎脊髄疾患に関する症例報告と総説は,別の書籍に譲りたいと思う。
 第II編として,緊急処置が必要な病態として,けいれん,意識障害,急性球麻痺,急性四肢麻痺,脳梗塞の章を設けた。脳血管障害の中のくも膜下出血については,第I編の頭痛の章で扱い,脳出血の症候はいくつかの症例で触れたが,多くは脳梗塞に準じて捉えられるので省略した。
 第III編として,神経診察の手技上のポイントと考えかたに加え,画像診断におけるピットフォールの章を設けた。
 全編を通じて,多くの具体的症例を紹介したので,その病歴,診察内容,検査や診断の経過を行を追うように読んでいただきたい。これらの症例記載はホームズの事件簿に相当するという思いがある。なお,画像のうち,MRIについては,そのほとんどが現在の勤務地である亀田メディカルセンターのものであり,水平断がOMライン(眼窩外耳孔線)に-20°である点に注意いただきたい。CTスキャンと一部の以前の勤務地のMRIはOMラインと平行である。これらをいちいち記載するのは煩瑣であるので,省略した。

 最後に,症例や記述の中に取り上げた多くの患者とその家族に最大の謝意を表したい。本書は彼らから教えてもらったことのまとめに過ぎない。次に,個々に名前を挙げないが,筆者とともに患者の診療に当たった同僚医師とメディカルスタッフ,多くの先達,文献の著者達,以前の勤務地の症例の発表を許可していただいた各責任者に深謝したい。本書が日の目を見たのには医学書院諸氏の励ましと尽力があったことを特に記す。

 2014年4月
 福武敏夫


*:作家アーサー・コナン・ドイルが創作したシャーロック・ホームズは1854年に生まれ,1874年に最初の事件を依頼され,1877年に大英博物館のすぐ裏で私立探偵として開業した。Baker Streetに移ったのは1881年のことで,最初の事件簿『緋色の研究』が出版されたのは1887年である。総計60の事件薄があり,104か所に脳卒中,けいれん,髄膜炎,中毒性神経疾患などの神経疾患が登場する。国立神経疾患病院(Queen Square)において1878年に創刊された神経専門誌“Brain”を助手のワトソン博士共々読んでいたと思われる。彼は諸方面に広い知識があるだけでなく,(1)研ぎ澄まされた感覚から注意深い観察を行い,知識と推理力とに結び付けた。(2)細かな点にも注意を払い,食い違いを見つけるのが得意だった。(3)事例の中にある多くの選択肢を常に熟慮した。(4)何が重要で何がそうでないかを見極めるのに長けていた。これらは現代においても神経診断学の方法論をなす。

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序章 臨床力とは何か?

第I編 日常診療で遭遇する患者
 第1章 頭痛
  A 頭痛を主体とする疾患を実践的に分類する
  B 患者の属性によって好発する頭痛がある
  C 危険な頭痛
  D 生活改善が要求される頭痛
  E 生活支障度の高い頭痛
  F その他の頭痛・顔面痛
  G 頭痛の神経診察のポイント
 第2章 めまい
  A 「めまい」診断の決め手は病歴聴取である
  B 非前庭性めまいを診察,診断する
  C 4つの代表的な良性(非悪性),前庭性(真性)めまい疾患の特徴を理解する
  D その他のめまい疾患(脳血管障害は除く)
  E 脳血管障害に関連するめまい疾患
  F めまいの診察手技
 第3章 しびれ
  A しびれの定義
  B しびれの意義
  C しびれをきたす疾患・病態
  D しびれの部位,性状,経過,誘因などから分かること
  E 上肢のしびれ
  F 下肢のしびれ
  G 四肢のしびれ
  H 顔面のしびれ
  I 顔面と手のしびれ
  J 体幹のしびれ
  K 背中のしびれ
  L 半身のしびれ
  M レベルを有するしびれ
  N 難治性のしびれ
  O その他のしびれ
  P 痒み(itch)
 第4章 肩こり──第4の神経症状
  A 20世紀初頭の「肩こり」
  B 肩こりは定義できるか
  C 「肩こり」の誘因・原因
  D 「肩こり」による症状
 第5章 Parkinson病とその周辺
  A Parkinson病
  B Parkinson病の運動症状
  C Parkinson病の非運動症状
  D Parkinson病におけるbrain-first対body-first
  E Parkinson病のその他の臨床症状
  F Parkinson病の神経画像検査と心筋シンチグラフィー
  G 遺伝性Parkinson病
  H Parkinson病の鑑別診断
 第6章 震えの診かた
  A 「震え」とは
  B 震えを実践的に捉える
  C 意識障害を伴わない急性または反復性の震え
  D 全身性疾患/病態にみられる舞踏運動
 第7章 物忘れ・デメンチア(認知症)
  A デメンチア・痴呆・認知症
  B “attended alone”(1人受診)徴候
  C デメンチアの疫学
  D 物忘れ・デメンチアの診察
  E デメンチアをきたす代表的変性疾患の臨床的特徴と診かた
  F 血管性デメンチア
  G 身体疾患に伴うデメンチア
 第8章 脊髄症状
  A 脊髄の位置と特徴
  B 内科的脊髄疾患の鑑別のポイント
  C 脊髄ならではの診察のポイント
 第9章 精神症状,高次脳機能障害
  A せん妄と急性錯乱状態(ACS)
  B 人格変化と前頭葉症候群
  C 総合神経学に必要な失語・言語症状
  D 失行
  E 無視症候群と半空間性無視
  F カタトニア症候群とカタレプシー
  G 環境依存症候群とそのスペクトラム
  H いわゆるヒステリーの症候学
 第10章 「心因性」と間違えられやすい疾患
  A 「心因性」という用語について
  B なぜ「心因性」と間違えられやすいのか
  C 「心因性」と間違えられそうになった症例
 第11章 「奇妙」な症状

第II編 緊急処置が必要な患者
 第1章 けいれん
  A けいれんと失神の鑑別
  B 真性てんかん性けいれんと心因性非てんかん性けいれん(偽性けいれん)の鑑別
  C てんかんとの鑑別を要するその他の病態
  D 誤診しやすいてんかん病型
  E てんかん重積状態と持続性部分てんかん
 第2章 意識障害
  A 意識と意識障害
  B 一過性意識障害
  C 意識障害と紛らわしい病態
  D 意識障害の原因
  E 意識障害(半昏睡・昏睡)時の診察
 第3章 急性球麻痺
  A 球麻痺をきたす疾患とその特徴
  B 球麻痺と偽性球麻痺の鑑別のポイント
  C 急性の球麻痺の原因と鑑別点
 第4章 急性四肢麻痺
 第5章 脳梗塞
  A どんな時に脳梗塞を疑うか
  B 脳梗塞の分類
  C ラクナ梗塞
  D アテローム血栓症
  E 心原性脳塞栓症
  F 一過性脳虚血発作(TIA)と一過性神経障害(TND)
  G 血管病
  H 放射線治療による血管障害
  I 若年者の血管(脳梗塞)危険因子

第III編 神経診察のポイントと画像診断のピットフォール
 第1章 神経学的診察の実際
  A 「神経学的診察の実際」へ向かう前に
  B 反射の診かた
  C 運動系の診かた
  D 体性感覚系の診かた
  E 脳神経はこれだけ診ればよい
  F その他の神経診察におけるtips
 第2章 画像診断のピットフォール
  A 撮像部位選択の誤り
  B 画像手段の選択ミス
  C 読みの不足
  D 短絡的判断
  E アーチファクトへの理解不足

索引

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総合診療医や精神科医,その他一般内科医にも極めて有用な書籍
書評者:宮岡 等(北里大名誉教授・精神医学)

 評者は精神科医である。精神科医になって3,4年目のころ,今から約40年も前になるが,身体疾患に起因する意識障害であるせん妄,認知症,統合失調症治療薬による錐体外路症状,心理面の原因で身体症状を呈する転換性障害などに出合って,精神科医もある程度の神経内科(現在の脳神経内科)の知識が不可欠であると考えた。当時の私のバイブルは故・本多虔夫先生が単独執筆された『神経病へのアプローチ』(医学書院)であった。所属教室の主任教授に頼み,週1回程度であったが,しばらくの間,本多先生の下で研修を受け,臨床家はこうあるべきという姿勢も学んだ。

 それ以後,自分が精神科教員の立場となり,わかりやすいテキストを探している中,みつけたのが本書である。著者は初版の序で「遺伝学や生化学などのいわゆる高度医療の側面には触れていない。それらを高速道路建設に例えると,本書は街中の交通渋滞に対処するものである」,第3版の序では「『街中の交通渋滞対処』が『高速道路建設』に役立つ」,「予断や理屈に捉われないで,患者の症状を観察し,自ら一歩深く考えることが今なお臨床医に求められていると思う」と強調しており,評者が教えられてきた医療観を再確認させられた。

 第I編では「日常診療で遭遇する患者」として頭痛,めまい,しびれ,肩こり,震え,物忘れなど,第II編では「緊急処置が必要な患者」として,けいれん,意識障害などを取り上げ,第III編では「神経診察のポイントと画像診断のピットフォール」として診察のあるべき姿が述べられている。「常にこれだけは知っておくように」という趣旨の記載が随所にみられるのは著者の医療に対する姿勢の表れであろう。

 もう1点,評者が賛同するのは「多くの教科書が分担執筆であったり,欧米の教科書の受け売りだったりするので,筆者一人による一貫したものの診かたを提示し,病歴聴収と神経診察の実際の経験をなるべく具体的に示したいと思ったことである」という執筆動機である。最近,分担執筆の本が多く,責任者不在を感じる場面が少なくない。内容に多少の濃淡はあっても,単著の出版を増やすように出版社にも努力して欲しいと思う。

 最初に挙げた本多先生の本を思い出しながら本書を読んだ。40年も経ち知見が著しく増えているのでやむを得ないが,神経内科を専門としないが学びたい医師にとってはできるかぎり薄い本であって欲しいとも思う。

 いずれにせよ,脳神経内科の基本的な知識や診療姿勢が見事にまとめられた本であり,神経内科初心者だけでなく,総合診療医や精神科医,その他の内科を中心とする医師にとって極めて有用な書籍である。


臨床感覚の重層性
書評者:尾久 守侑(国立病院機構下総精神医療センター)

 本書の初版が出版されたのは2014年の5月で,病棟に出たばかりの研修医1年目だった私はこれを直ちに買って勉強をした。知らないことばかりだった。第2版が出版された2017年には精神科医2年目で,てんかんセンターに勤めていた。当然買って読んだ。知らないことばかりだった。そして第3版の出版された今年2023年はそんな私も医者10年目になった。今回は買わなかった。買う前に医学書院が本を送ってくれたからである。そして読んだ。知らないことばかりだった。

 と,書くと何度も読んでいるのにその都度内容を忘れているのかと驚いてしまうが,実際全てを記憶できていない部分はまああるにせよ,そういうことを言いたいわけではない。まず第一に,内容が毎回更新されている。改訂にあたって新しい客観的知見が追記されることはしばしばあることだが,すでに熟達した臨床家である著者の臨床感覚も新鮮に更新されており驚愕する。網羅性が増していること以上に,時を経て複数回テキストを再読し書き直したことによって,1冊を読み通したときにわれわれ読者に憑依する著者の臨床感覚に年輪のような重層性が生まれており,これは並大抵の医学書の改訂では起こり得ない現象だと思う。

 序章に置かれた「臨床力とは何か?」という文章に「臨床場面で患者に向き合う時,何か気概・情熱をもって臨むのが必要ではないか。例えば,ホスピタルツアーをここで終わりにするとか,医療・医学のレベルアップのために教科書を一行でも書き換えるとか。skillとかtechniqueではなく,そういう気概を『臨床力』と呼びたい」とあって,まさにその姿勢がこの書籍,この改訂にも表現されていると思ったし,この言葉は私が今指針とすべき意識そのものだと勝手に思った。

 最初はあれこれ意識を高く持っていても,そういう気概・情熱はだんだんなくなっていくのが普通である。どんなに研修医のころデキレジだった彼や彼女も10年も経てば臨床は「生活」になっているし,そもそも臨床の現場にいないということすらしばしばある。そんな「臨床力」を何十年と持ち,磨き続けることがどれだけ困難なことか想像には難くなく,言い方は適切とは言えないかもしれないが,さらっと書かれた本のようでいて,くぐり抜けてきた地獄の数が厚みとして伝わってくるのを感じる。

 私は特に「片頭痛」の項目を今回改めて読んで感じたのだが,本書のような単著は,その臨床感覚をDNAレベルに刷り込むことが1つの存在意義としてある。DNAレベルに刷り込むとはすなわち,熟達してきたときに行われる診療行為の一つひとつに,かつて読んだこの本の影響が見て取れることと言い換えることができて,私の場合はほとんどの章を読み返してこの「福武本」が私の神経診療に影響していることを再確認した。それは,可塑性の高い研修医や後期レジデントのころに読んだからということが大きいのだろうと思っていて,実は今回第3版を読んで初めて知ったことなどを診療で実践してみたときに自分の可塑性がめちゃくちゃ低くなっていることに気が付いた。自然に低くなっていく可塑性にあらがってでも新しい知識や感覚を身につけようと実践するのが「臨床力」なのだと思うので,ここは私の新しい試練ではあるのだが,もっと若い先生方でもし未読の方がいるのであれば,この第3版を必ずや購入し臨床医のDNAに組み込むことをお勧めしたい。


著者の熱い心に触れ,明日の診療につながる気力を得る
書評者:上田 剛士(洛和会丸太町病院 救急・総合診療科部長)

 『神経症状の診かた・考えかた――General Neurologyのすすめ』は,日本ではまだなじみの薄い「General Neurology(総合神経学)」に関する書籍である。2014年に初版が出版されて以来,総合診療医や脳神経内科医を中心として多くの医師に感銘を与え続けてきた本書が,待望の第3版を迎えた。

 頭痛,めまい,しびれなどの身近な症状に対して,問診と身体診察を中心に解説した本書は,堅苦しい話は最小限に留めながら,ベッドサイドで役立つ情報をこれでもかと言わんばかりに詰め込んでいる。著者は「臨床場面で患者に向き合う時,何か気概・情熱をもって臨む(中略)そういう気概を『臨床力』と呼びたい」と述べており,本書は「臨床力」や「臨床推論力」を養いたい人々にとって最適な内容となっている。著者の熱い心に触れ,明日からの診療につながる気力を得られる読者は多いだろう。

 第3版では,肩こりの章も新たに追加された。身近な症状にもかかわらず,今まであまり書籍や論文に記述されてこなかった肩こりについても一つの章を割いて取り上げたことは,「General Neurology」ならではの取り組みだ。さらに,物忘れ,精神症状,けいれん,意識障害,パーキンソン症候群など,他の神経症候についても一通り記述されているため,一般外来で出会う脳神経内科領域の病態を一通りカバーできる一冊となっている。

 本書の本文では,著者の豊富な経験と知識に基づいた疾患の本筋を捉えたスマートな記述が目を引く。本文だけでも,脳神経内科領域の基礎知識を固めることができる。それに加え随所に散りばめられている「症例」と「Memo」というコラムも秀逸である。「症例」では,実際の症例を疑似体験することで,生きた知識が定着していくことが体感できる。紹介された症例はいずれもコンパクトな記載にもかかわらず,示唆に富んだものばかりであり,症例だけを斜め読みしていくという楽しみ方もよいだろう。「Memo」では,歴史的背景など知っておくと楽しくなるような知識が盛りだくさんである。もちろん臨床的に重要な事項も多く含まれている。アドバンスな小ネタが本書によいアクセントを加えてくれている訳だ。

 総合的に見ると,本書は「General Neurology」に関する入門書としても,ある程度の経験を積んだ臨床医のさらなるスキルアップのための実践的なテキストとしても非常に優れた内容となっている。初版から長年にわたり多くの医師から支持され続けているのは,その内容の充実度とともに,著者の熱意が伝わってくるからだろう。本書を手に取った読者が,脳神経内科領域においてさらなるスキルアップをめざし,患者さんに寄り添う臨床医として成長することを期待したい。


繰り返し読み続けたい,エキスパートの診かた・考えかた
書評者:下畑 享良(岐阜大大学院教授・脳神経内科学)

 著者の福武敏夫先生は脳神経内科領域のオーソリティとして,誰もが認める存在である。私は先生と本書の大ファンで,本書は初版から繰り返し読み続けている。病歴聴取と神経診察の実例を通して,一貫したエキスパートの診かた・考えかたを学ばせていただいた。まさに第2版の帯に書かれていた「傍らに上級医がいる」ような感覚になるテキストである。関心のある項目から読み始めてもよいが,本書を持ち歩き,私のように繰り返し読むことをお勧めしたい。きっと先生方の血肉になると思う。

 内容は第I編では日常的によく遭遇する症状(頭痛,めまい,しびれ,パーキンソン病,震え,物忘れ,脊髄症状など)を,第II編では緊急処置が必要な病態(けいれん,意識障害,急性球麻痺,急性四肢麻痺,脳梗塞)を,そして第III編では神経診察の手技上のポイントと考えかたに加え,画像診断におけるピットフォールを,いずれも具体的な実例を基に解説されている。私は「どうしたらこれほど具体的で豊富な事例を記載できるのですか?」と尋ねたことがあるが,福武先生は「一日の終わりに診療した患者のことを思い出し,ノートにつけて勉強している」と答えられ,合点がいくと同時に先生の不断の努力に改めて尊敬の念を抱いた。

 今回の第3版では多くの記載の追加がなされたが,特に第I編に多彩な全身症状のもととなる「肩こり」が追加されたことと,序章として「臨床力とは何か?」が加わったことは注目に値する。実は後者の「臨床力とは何か?」は自分がずっと考えてきた問いであり,ぜひ福武先生に伺ってみたいと考え,自身が編集委員を務める『Brain and Nerve』誌において原稿依頼をした経緯があった。先生は「例えば,ホスピタルツアーをここで終わりにするとか,医療・医学のレベルアップのために教科書を一行でも書き換えるとか(中略)そういう気概を『臨床力』と呼びたい」と答えられた。そして第3版の目的を,後進の脳神経内科医の「情熱と気概を喚起」することとお書きになっている。私たちが「気概」を得るためにどうしたらよいか? 知識は不可欠だが,それだけでは不十分であり,好奇心(患者への人間としての興味)が大切で,さらに観察力,幅広い注意力,型にはめない推理力・思考力が必要だと述べておられる。つまりガイドラインや診断基準に安易に当てはめるだけではダメということである。それらはある意味で過去のものであり,それらをマスターすることイコール臨床力ではないということだ。全ゲノム解析や多彩な自己抗体の測定により,治療可能な疾患を見出せる時代においてこそ,患者を正しく理解するための症候学の重要性が増していることを認識する必要がある。「症候学は古い学問ではない。日々最も新たにならなければならない分野であり,『最新』の研究こそ症候学のversion upに寄与しなければならないし,寄与しない研究は意味がない」という先生の言葉は肝に銘じる必要がある。神経学を学ぶ者にとって必携の書として本書をご推薦したい。

 

 

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