逆輸出された漢字医学用語
[第2回] 免疫
連載 福武敏夫
2023.07.03 週刊医学界新聞(通常号):第3524号より
「免疫」は「疫病から免れる」としばしば簡単に解釈されているが,immunityは「公の義務から解放された」という意味のラテン語immunisから生まれたという(木村専太郎『医者も知りたい面白医学英語事典』)。Immunisから派生した語にはcommunityやcommunismなどがある。
「免疫」がimmunityの訳語として定着しておよそ130年になるが,誰がその訳語を最初に使ったかは必ずしもはっきりしない。『日本国語大辞典』では,国木田独歩が比喩的に使ったことが紹介されている。すなわち,1908年の『病床録』に「恋せざる男女は種痘せざる人の如し……その免疫期間は極めて短し,或は全く無き人あり」と記されている。これは中国の『新華外来詞詞典』(2019)にも日本の最初の用例と示されているが,これは比喩的使用であり,本義的にはもっと早い時期だとも述べられている。
そこでGoogle Scholarで調べると,1896年に細菌学や獣医学の論文に初出し,その後に多くの論文が出ているが,やはり「最初に誰が?」という謎が残る。そこで,千葉大から東大に移られていたので筆者は一度しか講義を拝聴できなかった多田富雄先生(東大名誉教授)の著書『免疫の意味論』(青土社,1993)に当たると,川喜田愛郎先生(千葉大名誉教授)が1887年の書物に記載を見つけたという記載があった。これを基にWeb上で検索すると,川喜田愛郎「特別講演:免疫学100年史」(順天堂医学,1982)に以下のように述べられている。
「『免疫』という言葉が……いつ登場したかを……東大医学部の図書館で調べたことがあるのですが,……明治23(筆者註:1890)年ごろと推定されたままで結論がえられませんでした。その後,阪大の藤野(恒三郎)名誉教授の御教示で,……ばくてりあ病理新説……の訳者矢部辰三郎という方が『免疫性』という訳語をあてておられることがわかりました。……もっともそれはすぐに定着したわけでなく,……免病質,免脱質,免除質,等いろいろな言葉が文献にみえるのですが,数年後にはimmunityの訳語としての『免疫』は動かないものとなった……」。なお,この講演の中で川喜田先生は「自己免疫病」という言葉について,「免疫」と「病」が並置されているのが無神経だと述べられており,印象的である。
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