医学界新聞

書評

2023.05.08 週刊医学界新聞(通常号):第3516号より

《評者》 杏林大准教授・呼吸器内科学

 向川原充,金城光代両先生の執筆による本書は,タイトルの通りトップジャーナルへの掲載を叶えるケースレポート執筆法を述べた書籍である。究極的には「論文を書くこと」を通じて「臨床能力をさらに高めるための本」だと言える。向川原先生が研修を受け,金城先生は現在も診療を行う沖縄県立中部病院には,今に語り継がれる数々のクリニカル・パール(教訓)がある。その多くはcommon diseaseのuncommon presentationを一症例ずつ大切に語り継ぐ土壌があって残るのだろう。本書でも,教訓をストーリーに即して提示する意義が強調されているのは,同院のそうした風土を基に執筆されているからではないか。大学院で「英文でのCase reportの書き方――How much is enough?」と題した講義を毎年行っている評者も,本書の随所に感じられる両先生の症例報告執筆に対する信念に深い共感を持った。

 そもそも臨床医が症例報告を書きたい,形に残したいと思うのはなぜか。その理由は,圧倒的な熱量を注いで診療した患者には,患者自身あるいは患者―医師間のストーリーがあり,それを残したいと思うからだ。臨床経過上の困難を教訓として残し,次にその症例に出合った時に遅滞なく解決するためでもある。ストーリーに臨場感のある症例報告は,他施設で同様の困難に直面している医師のプラクティスを変えることに必ずや貢献するだろう。

 本書は,症例報告の執筆に適した状況として,①最終診断がすぐに想起できないこと,②主たる学び(教訓)の活用によって確定診断できること,③稀少すぎず,ありきたりすぎないこと――の3点を挙げている。その上で論文の執筆,掲載,症例の共有,自らの学びの深化を経て,「読者の考え方を変え,臨床の質の向上に貢献すること」を症例報告執筆の真の目的と位置付けている。

 英語ができなければ英文症例報告は投稿できないかというと,必ずしもそうではない。大切なのは,ストーリーとロジックである。これは評者の大学に交換留学で短期間来日した米国のチーフレジデントと行った論文作成のやりとりでも感じた。そのチーフレジデントは,症例報告におけるdiscussionにロジックが欠如していたのだ。本書で述べられているように,時系列で得られた情報から論理的な思考(ロジック)をどう展開し,症例の診断に迫っていくのか? そのエッセンスは何なのか? を読者にわかる形で分解し提示するスキルが執筆には欠かせない。

 本書で紹介するdiscussion作成のポイントは,①症例の特殊性・新規性:過去の報告との関連性,②症例から得られる仮説(病態生理や鑑別疾患),③症例から導き出せる教訓(推測できること),④Take home message/Teaching pointを各パーツで述べることである。加えて段落構成の原則であるtopic sentenceとsupporting sentenceの書き方も指南している。特に①では,最初の段落内に症例で際立つ特徴やユニークな点についてのみ簡単に述べる「症例のハイライト」や,症例の新規性・稀少性とtake home messageを要約したポイントにfocusを絞る重要性が指摘されている。本書で解説される症例報告を作成するためのロジックは,original articleの執筆にも通用する重要なエッセンスの一つである。

 症例報告は,疾患・病態生理の新たな解釈や発見のヒントを与えてくれる。


《評者》 新潟医療福祉大教授・理学療法学

 本書は,新型コロナウイルス感染症により全人類の日常が大きく変化する中,その状況に動じることなく運動器理学療法の根幹である関節機能障害を「治す」ことに焦点を当てた一冊である。

 本書を熟読してまず感じたのは,この書籍は「トリセツ」であり,いわゆる「マニュアル(ハウツー)」ではないということである。ちまたに「ハウツー本」が多く存在するなか,運動学×解剖学×エコーのいわばマリアージュのような組み合わせで,関節機能障害を「トリセツ」に基づいて丁寧にひもといており,執筆陣の理学療法に対する信念をも感じることができる。理学療法士のみならず,整形外科疾患の治療とリハビリテーションにかかわる全ての医療職の方々に有益な書籍であると言える。

 本書は2部構成であり,第1部は「運動器の機能障害と構造破綻を理解する」というテーマである。ここでは,「トリセツ」における概要部分が記載されている。本書をしっかりと理解するためには,まずこの第1部を熟読することをお勧めする。そうすると,第2部からの各論の理解が飛躍的に深まる。機能障害を可動性と安定性の観点からとらえ,疎性結合組織をキーワードに組織の伸張性や滑走性をどう考えるか,第1部にはそのヒントが詰められている。

 第2部の各論は,関節ごとに,病態ポイント,機能改善に必要な解剖学,エコーガイド下アプローチの3部構成となっている。病態ポイントは臨床に即した記載で,項目末に可動性と安定性に着目した「まとめ」があり,読者の理解を促す構成となっている。また,エコーガイド下アプローチについてはエコーと運動療法の動画を同時に見ることができ,理解を深めるための効果的な工夫がされている。

 運動器理学療法の領域にエコーが導入されてから,医師のみならず理学療法士の評価・治療にブレークスルーが起きていることは言うまでもない。そして,編者である工藤慎太郎氏はそのパイオニア的存在であると言える。工藤氏の周りには,非常に優秀で多様な才能を持った専門家が集結している。その専門家の知識と経験を「治す」という目的の下に集約して作成された本書は,著者の言う通り「ダイバーシティ&インクルージョン」が体現された賜物と言える。

《評者》 札医大理事長・学長

 本書『慢性痛のサイエンス』は,私にとって,慢性痛を考え,理解する上での「バイブル」的書籍である。このたび,内容がアップデートされ,ボリュームアップした第2版が出版されたことを大変うれしく思う。

 近年,慢性痛の発生や持続には,単に組織の損傷や脊髄・末梢神経の障害だけではなく,脳の機能不全が深く関与していることが神経科学的研究により明らかにされているが,臨床家にとってそのメカニズムを理解することは決して容易ではない。しかし,本書では,中脳辺縁ドパミン系(mesolimbic dopamine system)や下行性疼痛抑制系といった複雑な神経メカニズムを,明快な図とともに,読みやすい文章で順序立てて解説されており,読み進めるうちに自然と理解が深まってくる。

 「読みやすい文章」と書いたが,それは学術書にありがちな無味乾燥な文章とは異なるだけでなく,太古の時代や現代社会における人類の痛みとの戦いの挿話を随所に交え,「痛み」と「人間」に対する半場道子先生の熱い想いが込められた,いわば血の通った文章である。

 半場先生は,基礎科学者であるが,「変形性膝関節症」や「慢性腰痛」など実臨床で頻繁に遭遇する疾患についても,病態はもとより,その臨床像や治療法に関して的確に解説されている。半場先生が,いかに日頃から臨床家と緊密にコミュニケーションをとり,臨床の現場の実態を把握しているかがわかる。

 今回改訂された第2版では,新たに「腸の痛み,腸と脳の連関」が第8章として章立てられているのが大きな特徴である。直感的には,腸と脳がつながっているとは,にわかには理解し難いが,α-シヌクレインやアミロイドβなどの異常タンパクが,腸管-末梢循環-脳微小血管-脳神経核といったルートで運ばれる。そこには血液脳関門(BBB)の破綻という現象が関与する。ことほど左様に,慢性痛のメカニズムは奥が深いのである。

 初版からの本書の中心的テーマである「脳機能不全に基づく慢性痛」は,これまで「非器質的疼痛」あるいは「機能性疼痛」「心因性疼痛」などと呼ばれてきたが,2021年,日本痛み関連学会連合評議会により,「痛覚変調性疼痛(nociplastic pain)」と命名された。第2版では,この「痛覚変調性疼痛」という用語が統一して用いられ,その位置付けがより明確になっていることも大きな変更点である。

 慢性痛に関与する脳内の情報伝達系は,快情動や不快情動にも関与し,それは人間の「生きる力」「生命力」にすら影響を及ぼすと半場先生は説く。圧巻は「終章」である。V. Frankl著『夜と霧』を引用し,第2次世界大戦末期,アウシュビッツの強制収容所から生還した人々に共通していたのは,「希望」を失わなかったことだったとする。人が「希望」を抱く時,脳内のドパミンシステムが活性化し,生存意欲や生命活動が増強する。すなわち「人は希望によって生きる」のである。私は初版のこの言葉に深く感動し,いろいろな場面で引用させていただいた。現代において,コロナ禍で傷ついた人々も,ウクライナで戦禍におびえる人々も,未来への「希望」を絶やさず生きているに違いない。私は,第2版の「終章」を再び読み返し,再び涙が出るほど感動した。

 医療者は,自分の言葉や態度が患者さんの「脳内メカニズム」すなわち「心」に想像以上に大きな影響を及ぼすことを自覚しなければならない。そして,患者さんに「希望」を抱かせることのできる医療者が,真に優れた医療者だと言える。それこそが,本書を通じて半場先生が伝えたかったメッセージなのではないかと思う。


《評者》 東京女子医大足立医療センター教授・脳神経外科

 待ちに待っていた一冊が出た。神経救急や神経集中治療を行う者にとっては,バイブルの一冊である。私は2009~11年の米国クリーブランドクリニックてんかんセンター留学中に多くのICU脳波を判読していた。このころは,米国においてICU脳波モニタリングが爆発的に広がっているときであった。そのときには教科書もなく,意識障害の患者の脳波が多様で判読に難渋していた。帰国後の2012年に『Handbook of ICU EEG Monitoring』の初版が発売となった。本邦でまだ一般的でなかったICU脳波モニタリングを実施する必要性に迫られた私にとっては,求めていた全てのことがこの一冊に書かれていた。この本には「ACNS Standardized Critical Care EEG terminology 2012」が引用され,ICU脳波モニタリングにおける代表的な波形パターンが紹介されており,ようやく救急脳波の分類化が始まったことを感じさせた。その後,さらなるICU脳波モニタリングのエビデンスがさまざまな施設から発表され,2018年に第2版が出版された。本書は,この第2版の日本語訳版である。しかも本書を手に取ってみると,なんと2021年にACNSから出された「ACNS Standardized Critical Care EEG terminology 2021」までもが本書の最後に附録として含まれている。本書を全て読むことで,ICU脳波モニタリングを全て学習することが可能である。

 訳者の吉野相英先生は,防衛医大の精神科学の教授である。精神科の教授でありながら,救命救急の本を訳されたというのも大変驚きである。一見そう感じる読者もおられると思うが,至極当然で,吉野先生はてんかん・脳波については大変造詣が深く,すでにそれらに関する著書も執筆されている。また,訳者まえがきにあるように,精神科医として薬物中毒の患者に伴うNCSE(非けいれん性てんかん重積状態)など多くの意識障害の患者の診療に当たっており,脳波検査を積極的に施行し判読されてこられた。われわれからみても,吉野先生が本書を日本語訳されるに最も適している先生であろうと思う。

 ICU脳波に関する最高の本が,最高の訳者によってようやく日本語で出版された。ICUや救急で脳波検査を行う医師は,ぜひ本書を手に取って隅々まで読んでもらいたい。

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