医学界新聞

インタビュー 高橋孝雄

2023.05.08 週刊医学界新聞(通常号):第3516号より

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 小児科では,患者(子ども)に家族が同伴することがほとんどである。症状を患者自身がうまく伝えられないことも多く,家族から得る情報が診療に不可欠だ。子と親が本当に伝えたいと思っていることは何か。真意を汲み取り“代弁”することが小児科医の仕事の本質である。少子化と言われる現代社会において,わが国の未来を担う子どもの健康と家族の幸せを守る小児科医の仕事の重要性はますます高まっていくであろう。

 一方で,小児科医不足は言われて久しく,医学部学生,若手医師に小児医療の魅力を伝えることも求められている。「小児科学が,ひとの健康を守り増進する医学の中核を担う学問であることを実感していただければ幸いである」。編集を務めた書籍『標準小児科学 第9版』(医学書院)の序文でこう述べる高橋孝雄氏に,小児科学の特徴と魅力,書籍に込めた想いを聞いた。

――高橋先生は40年以上,小児医療に携わっています。小児医療との出合いを教えてください。

高橋 学生時代の産科臨床実習でした。患者さんは妊娠28週で急遽分娩することになり,当時の医療水準では生まれてくる児の状態はかなり厳しいものになると予想されていました。母親の気持ちを考えるとお産には立ち会わないほうが良い,と産科の指導医に忠告されたものの,不謹慎ながら興味半分で立ち会いました。

 分娩室には3人の小児科医が待機していたのですが,彼らの手際がすごかった。心拍がゼロに近く,呼吸もしていない生まれたばかりの児をあっと言う間に蘇生したかと思うと,挿管チューブを入れたままタオルにくるみ,NICUへ走ったのです。続きが気になって着いて行きました。人工呼吸器につなぎ,へその緒からカテーテルを挿入するといった処置がまたたく間になされるのを,ぼうぜんと見ていました。あらかたの処置が終わると,医師も看護師もクベースの丸い扉を閉めて,「ミッション完了!」といった面持ちで児の様子をじっと見つめていました。NICUに運び込まれてから処置が終わるまで,わずか数分。一瞬の出来事で,まるでF1のピットインのようだと思いました。格好良かったです。

――鮮烈ですね。

高橋 振り返ってみると,あれは命を救う救急医療ではなく,命を授けた瞬間でした。小児科と産科は命を授けられる他にない診療科だと思います。

――小児の診療が,成人の診療と異なるのはどのような点でしょうか。

高橋 小児科では,親御さんが心配してお子さんを連れてこられることがほとんどですが,その多くは上気道炎や軽い胃腸炎など心配のいらない病態です。しかし問題は,100人に1人,あるいはそれ以下の確率で,直ちに治療を施さなければならない児がいることです。この点が成人の診療と大きく異なる部分でしょう。目の前を犯人が横切った瞬間に見逃さない刑事のように,自分を必要としている児を見逃さない,違和感を察知する力が小児科医には必要とされます。例えば,被虐待児です。小児科医であれば絶対に見逃してはいけません。被虐待は見逃されると死に至る“病態”です。

――親御さんと良い関係を構築していく必要がある点も小児科ならではの特徴かと思います。大事にしていることはありますか。

高橋 小児科医になって最初に教わるのは,「子どもを治すためにはお母さんを治せ」ということです。母親の心配を晴らせと。もちろん父親に置き換えても良いです。決して親御さんが厄介者だとか対応が大変だとかいう意味ではないです。診療を助けていただくために親御さんから本音を聞き出す,と表現したほうが近いかもしれません。

 多くの場合,子どもは何がつらいのか,具体的な症状をうまく表現できませんが,親御さんは普段の様子をよく知っているので,子どもの変化に敏感です。そこを意識して引き出すことが,小児科医の使命であると思います。

――小児科医は子どもにかかわる全ての病態を扱う総合医であると表現されることもあります。

高橋 そうですね。年間550人程度の小児科医が生まれていますが,彼らが小児科を選ぶ理由の一つが,小児医療が総合診療であるということです。子どもに起こる病態であれば,まずはかかわってみる。それが小児科医の最大の特徴です。そのため小児科専門研修では,子どもに関する全ての病態について,一通りの診療ができるようになることを重視し,3年間で小児関連の代表的な病態を経験できるよう研修プログラムが組まれています。サブスペシャルティ研修が始まるのは4年目以降です。内科では専門研修の2年目から“連動研修”として消化器内科や循環器内科等のサブスペシャルティ研修を並行して始めることを考えると,その違いがよくわかります。

――子どものことなら何でも診られる小児科医というのは格好良いですね。

高橋 何でも診られると言っても,特に現代の高度で細分化した小児医療での実践は,現実的には難しいと思います。取りあえず自分で頑張ってみる,と言ったほうが実態に近いでしょう。「自分が助けてあげたい。まずは相談に乗ってみよう」。その心意気が小児科医の大切なアイデンティティーだと思っています。そこに少しでも魅力を感じるのであれば,小児科医になってみるのはどうですか,とお勧めしたいです。

――高橋先生は小児神経の専門医としてもご活躍されていますよね。

高橋 ええ。子どもの総合診療が小児科医の仕事といえども,サブスペシャルティ領域での専門化も進んでいます。例えば重症の心臓病を診る小児科医は小児循環器専門医であるべきです。私自身も,ある程度までは総合小児科医ですが,あるところからは小児神経科医になるわけです。子どもの総合医として最後まで私が診療を担当する場合もありますし,小児神経専門医として神経疾患の患者さんをお引き受けすることも多いです。

――成人を診る科と比べて,総合医と専門医の連携に違いはあるのでしょうか。

高橋 成人科に比べると,より深く診てから専門医にバトンタッチする傾向があるかもしれません。サブスペシャルティ領域の専門医数が限られていることも一因です。そのため専門医に引き継ぐ必要がある児を絞り込む必要があります。ですから,せめて大体の診断が付くまでは“子どものことなら何でも診ます”といった心構えが小児科医には大切なのではと思います。

――かねて小児科医不足が叫ばれています。2020年度からは初期研修の必修プログラムに小児科が復活しました。初期研修医が進路の一つとして小児科を考える契機にもなっているでしょう。彼らと接する上で大事にしていることを教えてください。

高橋 ノウハウというよりは,小児医療のユニークな点,やりがいのある点を伝えることを常に意識しています。先にお話した「親御さんに診療を助けてもらう」という考え方もその一つです。初期研修医は研修2年目後半ともなると進路を決めていることが多いです。それでも,小児科の魅力を伝えていくことを大事にしています。

 むしろ,他科を志望する研修医にこそ,小児医療の特徴を伝えていくことが大切だと考えます。なぜなら小児科は他科との連携が少ないからです。成人を診る診療科は外科系でも内科系でも,一人の患者さんを前にすれば連携が不可欠ですよね。そうした他科との協働が小児科では希薄です。ですから,小児科の苦労,喜び,そして小児科医はなぜ小児科医になろうと思ったのかなど,初期研修の間にお伝えしておきたいのです。志望する進路にかかわらず,小児医療に興味を持ち,その本質を理解していただけるように接しています。

――先生が編集を務められた『標準小児科学 第9版』でも,小児科の魅力を伝えるために意識した点はあるのでしょうか。

高橋 小児科の全体像をイメージできるように,総論的な項目を中心に構成しました。具体的には,数多い小児疾患の中から,初期研修に当たって押さえておくべき疾患を中心に記載しました。また,疾患に関する知識を整理しやすくするために,一覧表を作成しています。

 一方で,基本的には医学生のための教科書でありながら,それ以外の方にも手に取っていただけるような“網羅性”を兼ね備えることにも配慮しました。小児科専門医資格を取得する際や,小児病棟の看護師さんたちが読んでも役に立つ教科書にしたかったのです。つまり一冊の教科書が,医学部の授業から小児科専門研修まで,そして他職種の方々にとっても有益なものとなるように編集しました。ですから『医師国家試験準拠』という決まり文句はあえて使いませんでした。

高橋 加えて各項目の執筆担当者には,臨床経験で得た教訓をエピソードを交えて『思い出に残るできごと』として紹介していただきました。

――個々のエピソードは,個性にあふれていて興味を惹かれました。どのような思いで執筆を依頼したのでしょうか。

高橋 医療の人文・社会科学的な側面を強調するために執筆を依頼しました。実地医療においては,自然科学としての医学知識だけでなく,人文・社会科学的な素養が強く求められるようになっています。医学部では倫理的・道徳的な観点や医師の社会的責任を学ぶための授業も広く行われています。例えばインフォームド・コンセント取得は今や当然ですが,これは自然科学の範疇ではありません。私が医師になった頃は,細胞の働き,臓器の成り立ち,治療のメカニズムといったことを知っていれば良かった。現在では,どうして治療が必要かを説明した上で,患者さんに納得してもらえるかどうかが問われています。例え患者さんが子どもであってもです。そこで,教科書を執筆されるようなベテランの先生方が日常診療で患者さんとどうかかわっているかが伝わるようにしたかった。自然科学の医学書にとどまらず,医学の人文・社会科学としての魅力が伝わるような書物にしたかったのです。

――なぜ「人文・社会科学的な素養が求められるようになった」と考えているのでしょうか。

高橋 医療が高度化したからです。例えば遺伝性疾患においては診断・治療行為の“倫理性”が問われています。着床前診断,出生前診断,遺伝子解析,遺伝子治療のいずれについても,いま課題になっているのは技術的な側面ばかりではありません。そうした技術を目の前の患者さんに適用して良いかどうか。適用可能だとすれば,だれがどのように説明すべきか,さまざまな視点で議論されているのです。最先端の技術を説明する医師が小児科専門医であるべきか,といったことも議論になり得ます。いずれにしても,目の前の患者さんやそのご家族にしっかり向き合うことが求められる時代になりました。

――小児科医をめざす若手へのメッセージをお願いします。

高橋 子どもの代弁者になる,ということを考えてみてください。一般に医療における代弁とは,社会的弱者である困難を背負っている患者さんたちの声なき声を拾い上げるという行為を意味します。しかし私は,「今ここで,目の前の子どもの代弁者になる」ということが小児科医の使命であると思っています。

――目の前の子どもの代弁者になるとは,具体的にはどうすることでしょうか。

高橋 目の前にいる子どもあるいは親御さんの真意に迫るのです。それは,「どうしたの?」「何がご心配ですか?」と声を掛けること,つまり傾聴に始まります。傾聴を通じて重要な情報を正確に聞き出す。それが診断の第一歩です。もう一つ不可欠なのが,診断・治療方針について子どもや親御さんが納得できるように説明を尽くすこと。それは重い病気の場合に限りません。「風邪だから安心して。熱冷ましが効いたらきっと元気になるよ」など,安心していただくにも説得力が必要です。

 傾聴と説得。すなわち本当のことを聞き出す力と,聞き出したことを基に子どもの専門家として診断し治療方針を決め,それらを伝え返す力の総体が“代弁”という行為だと私は思います。子どもの代弁者になるのだという意気込みさえあれば,小児科医としてのキャリアはやりがいに満ちたものになるでしょう。

(了)


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新百合ヶ丘総合病院発達神経学センター長・名誉院長

1982年慶大医学部を卒業後,同大医学部研修医(小児科)を経て88年からマサチューセッツ総合病院小児神経科に勤務,米ハーバード大では神経学講師を務める。94年に帰国。2002~23年慶大小児科教授,07~23年同大病院副院長,15~23年同大医学部部長補佐。16~20年まで日本小児科学会会長。23年4月より現職。小児科専門医,小児神経専門医。編著に『標準小児科学 第9版』(医学書院)。

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