医学界新聞

寄稿 工藤慎太郎

2023.02.20 週刊医学界新聞(通常号):第3506号より

 「理学療法のベースは,解剖学と生理学と運動学である」と,学生時代から耳にタコができるほど聞いてきました。困ったら,解剖学や運動学に立ち戻るべし,と。しかし,筋の起始と停止,神経支配,作用を丸暗記して,国家試験での出題範囲を何度もやり直す。このような勉強で,臨床で生じている疑問は解決できるのでしょうか?

 筆者の経験では,上記の勉強方法で臨床の疑問は解決できませんでした。しかし,解剖学や運動学の知識があると,「なぜ,動かないのか?」「どこが壊れているのか?」を推測はできるようになります。ただし,あくまで推測の域を出ず,ともすると理学療法士の思い込みになってしまっている一面もありました。その影響もあり,手から手へと伝えられる手技が神格化され,非科学的な解釈を聞き入れざるをえない状況になっていたところもあります。

◆超音波画像によるゲームチェンジ

 10年ほど前から,超音波画像(エコー)で運動器を詳細に見られるようになり,ゲームチェンジが起こりました。エコーによって,理学療法が患者の体の中にもたらす変化を可視化できるようになったのです。

 2013年に立ち上げた「形態学と運動学に基づく理学療法研究会(MKPT研究会)」の講習会(写真)において,当初,私たちは「エコーで筋がどう見えるのか?」を検証していましたが,その対象は徐々に筋ではなくなりました。筋の周囲にある組織や神経・血管の周囲に変化が起こった時に,治療効果が現れることに気づいたからです。しかし,これが何なのかがわかりません。そこで,解剖学のスペシャリストである荒川高光先生(神戸大)と多くのディスカッションを重ね,結果として私たちが治療対象にしているところは神経や血管,筋や関節包といった構造物を物理的につなぎ,組織や器官同士の形態の保持や接着をしている「疎性結合組織」だと確信できるようになりました。

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写真 形態学と運動学に基づく理学療法研究会(MKPT研究会)での講習会の様子
エコーで可視化した知見を臨床で活用するための講習会を,ライブ配信および録画配信にて開催している。右端が筆者。

◆運動器理学療法のパラダイムシフト

 私たちは,解剖学的な所見と病態運動学的な知見をエコーで可視化し,実際の臨床場面で使える,疎性結合組織に対する理学療法を研究しています。現段階での集大成を『運動学×解剖学×エコー 関節機能障害を「治す!」理学療法のトリセツ』(医学書院)としてまとめました。疎性結合組織の機能を深く考え直すことで,病態との関連が見えてきます。例えば,「変形性関節症でいつも同じような関節外の構造が硬くなるのはなぜか?」など,これまで点と点で存在していた異常所見が関連してつながってくるのです。まさに,“connecting the dots”で,運動器疾患の病態理解を深めてくれます。これは,エコーによるゲームチェンジに次いで,「治す」にこだわった理学療法士たちによって必然的に起こったパラダイムシフトだと考えています。

◆疎性結合組織に秘められた可能性

 疎性結合組織がどこに存在し,どこまで広がっているのか,明らかになっていない面もあります。これを従来の「解剖学」だけで紐解くのは,実はとても難しいのです。だからこそ,専門分野が少しずつ異なる研究者や臨床家が垣根なく議論を重ね,疎性結合組織の構造を明らかにし,さらにその部位に対する理学療法の効果検証を進めることで,さらなる運動器理学療法のアップデートを図っていきたいと考えています。


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森ノ宮医療大学インクルーシブ医科学研究所 教授

2003年平成医療専門学院理学療法学科卒。井戸田整形外科リハビリテーション科,国際医学技術専門学校教員を経て,14年より森ノ宮医療大講師。16年鈴鹿医療科学大大学院博士後期課程修了。21年より現職。形態学と運動学に基づく理学療法研究会(MKPT研究会)代表。専門は足部のバイオメカニクス,運動器疾患の応用解剖学,客観的動作分析に基づく運動療法の開発。エコーで生体イメージを構築し,動作分析と情報工学をつなぐ領域のシームレス化によって,研究と臨床の融合を試みている。編著に『運動器疾患の「なぜ?」がわかる臨床解剖学』をはじめとする「なぜ?」シリーズ,『運動学×解剖学×エコー 関節機能障害を「治す!」理学療法のトリセツ』(いずれも医学書院)がある。

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