医学界新聞

レジデントのための心不全マネジメント

連載 武井眞

2023.01.09 週刊医学界新聞(レジデント号):第3500号より

 心不全診療は,左室駆出率(LVEF)を基準とした層別化が重視され,LVEFの保たれた心不全(Heart Failure with preserved Ejection Fraction:HFpEF,LVEF≧50%),軽度低下した心不全(Heart Failure with mildly reduced Ejection Fraction:HFmrEF,40%≦LVEF<50%),低下した心不全(Heart Failure with reduced Ejection Fraction:HFrEF,LVEF<40%)に区別されます1)。近年,HFrEFからLVEFが改善しHFpEF,HFmrEFのカテゴリとなった症例を,LVEFが改善した心不全(Heart Failure with recoverd Ejection Fraction:HFrecEF,LVEF≧40%)として扱うようになりました1)。HFrEFの薬物治療は既に押さえましたので,ここではHFpEF,HFmrEF,HFrecEFに着目します。

 そもそもLVEFによる層別化が基本となったのは,ランダム化比較試験(RCT)で予後改善が明らかにされた薬物・デバイス治療の多くがHFrEFを対象としていたからです。ちなみにHFpEF,HFmrEFでは,予後改善を示したRCTは近年まで存在しませんでした。これは,HFrEFが心収縮能の低下を呈す比較的均一な集団であるのに対し,HFpEF,HFmrEFは加齢を背景に不整脈,弁膜症,拡張障害など,多様な心機能障害・併存疾患により心不全を呈する際に“wastebasket diagnosis”とされがちな症候群であり,単一の原因改善だけでは予後が改善しなかったためと考えられています。それゆえHFpEF,HFmrEFは,併存疾患の治療が特に重要です。

 慢性期のHFpEF,HFmrEF,HFrecEFの治療について,①原因となる心疾患の治療,②高血圧,糖尿病,慢性腎臓病(CKD)などの併存疾患の治療に分けて解説します(利尿薬を含めた急性期の治療は連載第3回を参照)。また近年,HFrEFに有効な薬剤(診療ガイドラインに基づく標準的治療:GDMT)の中から,HFmrEF, HFpEFにも有効性が期待される薬剤が登場しました。そこで,③GDMTの適応にも触れます。

①原因となる心疾患の治療

 原因となる,あるいは合併する心疾患を表12, 3)にまとめました。弁膜症による心不全(連載第8回にて解説予定)の場合は,カテーテルによる低侵襲治療の普及もあり,高齢者を含め適応が広がっています。また,心房細動に対するアブレーションの成績も向上しました。顕著な左房拡大がなく,心房細動が心不全増悪のトリガーとなっていれば,積極的に心房細動アブレーションを考慮しましょう。

3450_0401.jpg
表1 HFpEF,HFmrEFの原因もしくは合併する心疾患の日本人における頻度(文献2,3をもとに作成)

 さらに,心臓でのアミロイド沈着が80歳以上のHFpEF症例の約40%に認められたことが,日本人の剖検結果で報告されています4)。軽度の組織沈着では症状が出ないこともあるので,これら全てが心アミロイドーシスと生前に診断されたわけではなく,真の有病率を反映したものではないと考えられています。ただし高齢者のHFpEFにおける心アミロイドーシスは,これまでのわれわれの認識よりも頻度の高い疾患である可能性を考慮に入れておきましょう。

 治療の詳細はそれぞれのガイドライン,成書を参考にしていただきたいのですが,重要なのは,治療選択肢があるこれらの疾患の検索を怠らないことです。

②併存疾患の治療

 主な併存疾患の頻度を表22, 3, 5)にまとめました。糖尿病合併の場合は,糖尿病薬の中でもSGLT2阻害薬が優先されます。貧血で鉄欠乏を原因とする場合,静注製剤による鉄補充がHFrEFでは推奨されていますが,HFpEFでは今後の検証が待たれています。それ以外の併存疾患については,心不全を合併した場合の治療目標に関する検証は乏しく,基本的には各疾患単独での治療方針に沿うことになりますが,特にCKD,糖尿病を合併する場合はRAAS(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン)系・SGLT2阻害薬を積極的に使用することが多くなると思います。表2には記載していませんが,高齢化の進む日本のHFpEF, HFmrEFでは,認知症,うつ,低栄養,身体的フレイル,社会的孤立を合併するケースも多いですので,多面的で包括的な診療・ケアを,医師のみでなく,多職種チームによるアプローチで行いましょう。

3450_0402.jpg
表2 HFpEF,HFmrEFに併存する疾患の日本人における頻度(文献2,3,5をもとに作成)

③GDMTの適応

 欧州心臓病学会(ESC),米国心臓協会(AHA)/米国心臓病学会(ACC)が2021年,22年に相次いで心不全診療ガイドラインを改訂し7, 8),HFrEFに対するGDMTのHFmrEF,HFpEFへの推奨度が記載されています(表37, 8)。SGLT2阻害薬はHFmrEF, HFpEFでも心不全入院の抑制効果が確認され,その有効性が確立されてきました。一方で,日本糖尿病学会からは,高齢者や老年症候群がある糖尿病患者に対するSGLT2阻害薬の慎重投与が推奨されており9),高齢や低栄養の患者が多い日本10)では,今後の議論が注目されます。

3450_0403.jpg
表3 HFrEFに対するGDMTのHFmrEF,HFpEFへの推奨度(文献7,8をもとに作成)

 ARNI, MRA, ACE阻害薬/ARBなどはRCTのサブ解析からHFmrEFでの予後改善が示唆されました7, 8)が,十分なエビデンスの確立には至っていません。高血圧やCKDを合併する場合に使用することが多いですが,高カリウム血症や腎機能増悪に注意する必要があります。β遮断薬も確たるエビデンスはなく,心房細動合併の際にレートコントロールが必要である場合などには使用の検討が必要でしょう。重要な点として,LVEF改善後にGDMTを中止されたHFrecEFでは,LVEFの低下,心不全イベントの発症率が有意に高かったことが報告されています11)。LVEFが改善しても,GDMTを安易に中止しないようにしましょう。


1)J Card Fail. 2021[PMID:34600838]
2)J Card Fail. 2019[PMID:31129270]
3)Eur J Heart Fail. 2017[PMID:28370829]
4)Circ J. 2020[PMID:32830187]
5)JAMA Netw Open. 2020[PMID:32379331]
6)Circ J. 2021[PMID:34305070]
7)Circulation. 2022[PMID:35363499]
8)Eur Heart J. 2021[PMID:34447992]
9)日本糖尿病協会.糖尿病治療におけるSGLT2阻害薬の適正使用に関する Recommendation. 2022.
10)Int J Cardiol. 2023[PMID:36257476]
11)Lancet. 2019[PMID:30429050]

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook