医学界新聞

レジデントのための心不全マネジメント

連載 佐地真育

2023.02.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3505号より

 フランスで初めて経カテーテル大動脈弁置換術(Transcatheter Aortic Valve Replacement:TAVR)1)が行われてから昨年で20年の節目を迎えました。弁膜症に対する経カテーテル治療の発展は目覚ましく,デバイスの改良や手技の成熟とともに,その適応は年々広がっています。僧帽弁および三尖弁閉鎖不全症に対する経カテーテル治療デバイスも改良され2),一部の患者さんでは外科手術を上回る良好な治療成績が報告されています。弁膜症を伴った心不全患者の治療を考える上で経カテーテル治療は,もはや欠かすことができない存在です。本稿では,主要な弁膜症である大動脈弁狭窄症,僧帽弁閉鎖不全症,三尖弁閉鎖不全症を有する心不全患者を専門医に紹介するタイミング,各カテーテル治療の適応を考える際のポイントを踏まえつつ,治療決定において重要とされる共同意思決定 (Shared Decision Making:SDM)についてもお伝えしたいと思います。

◆大動脈弁狭窄症

 加齢とともに大動脈弁狭窄症の有病率は高まり,65~74歳で1.4%,75歳以上で4.6%と報告されています3)。聴診がきっかけで診断されることがまれではなく,聴診を含めた身体所見から,その存在を疑うことが重要です。患者さんが息切れ,胸痛,失神といった症状を訴える場合は,2~4週間以内に心エコー検査を行い,弁膜症の有無・重症度を評価します。酸素飽和度の低下,身体所見や胸部X線写真で心不全を呈する場合は速やかな対応が必要です。大動脈弁狭窄症が進行すると,数週間の経過で日常生活動作や認知機能の低下を呈することもあります。初診等の限られた時間でこれらの機能低下の推移を評価し,侵襲的検査や治療の是非を判断することは難しいために,迷った際には専門医への相談を検討してみてください。治療によって劇的に改善する可能性があります。

 人工心肺を要する開胸による外科手術と比較して低侵襲であるTAVRの発展により,高齢者でも非薬物治療を受けられることが多くなりました。20年の歴史の中で,デバイスの進歩により成績は大幅に改善しています。海外に遅れること数年,本邦でもTAVR数が外科手術数に追いついてきました4)。以前は治療に関する情報が少なかったことに加え,年齢などのさまざまな制限がありましたが,現在のガイドライン5)では年齢制限は撤廃され,各症例の治療適応はハートチームでの総合的な判断に任される形となっています。なお心不全という観点では,心機能低下を伴う中等症大動脈弁狭窄症は,重症大動脈弁狭窄症と同様に予後が悪いことが知られており,TAVRの有効性を証明するための臨床試験が現在行われています。

◆僧帽弁閉鎖不全症

 低心機能の場合,重症の僧帽弁閉鎖不全症であっても心雑音が聴取されにくく6),大動脈弁狭窄症に比べると専門施設へ紹介する適切なタイミングの判断が難しい弁膜症と言えます。日常臨床では,高度僧帽弁閉鎖不全症を伴う心不全と診断され緊急入院となっても,安静,酸素吸入だけで,見かけ上の重症度が改善するケースをよく経験します。そのような経過では,心エコー検査前に歩行やハンドグリップなどによる負荷をかけ,逆流量が重症領域になるかによって,治療適応を判断することが重要です。特に,左室心筋に牽引された正常な僧帽弁前尖と後尖が接合不全を起こすことにより出現する二次性(機能性)僧帽弁閉鎖不全症は,弁自体の変性が原因の一次性(器質性)よりもダイナミックに重症度が変化することに注意が必要です。したがって直近の心エコー所見で逆流量が軽症と評価されていても,息切れの残存や最近の心不全入院歴がある場合は,僧帽弁閉鎖不全症の重症度にかかわらず専門医へ紹介してみてください。紹介した段階で侵襲的治療の適応がなくても,数年後に病態が進行し,侵襲的な治療を要することは専門施設ではよく経験します。

 二次性僧帽弁閉鎖不全症は,左室駆出率が低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction:HFrEF)と深い関連があるとされ,近年その治療適応は大きく変わってきました。米国のガイドライン7)では,COAPT試験2)の結果を踏まえ,僧帽弁閉鎖不全症を合併したHFrEFの治療戦略として,「心不全に対する薬物療法の適切な実施に加え,虚血性心疾患や心臓再同期療法の適応評価・治療を行っても残存する二次性僧帽弁閉鎖不全症に対しては,外科手術よりもMitraClip®を用いた僧帽弁形成術を先行して検討すること」を推奨しています。MitraClip®を用いた経カテーテル僧帽弁形成術は,24Fr(約8 mm)のカテーテルを用いた静脈アプローチであり,血管損傷,出血,脳梗塞などの合併症は極めて少ないです。治療には造影剤を一切使用しないため,カテーテル治療の中でも非常に侵襲度が低いとされており,通常は治療翌日の退院も可能になっています。

◆三尖弁閉鎖不全症

 これまで話題にした2種類の弁膜症に比べて三尖弁閉鎖不全症は,重症でも無症状であることが少なくありません。ここ20年ほど侵襲的治療の発展がなかったことから,三尖弁は「忘れられた弁」とも呼ばれてきました。また確立された診療エビデンスも少なく,専門施設へ紹介する適切なタイミングの判断が最も難しい弁膜症と言えます。しかしながら周術期の高い死亡率に加え,経過観察とした場合の高い死亡率も報告され8, 9),三尖弁閉鎖不全症に対する低侵襲治療のニーズが高まっています。したがって三尖弁閉鎖不全を持った患者さんを診察した際は,専門施設に一度紹介し,現在の病期,考え得る治療オプション,それに対する患者さんやご家族の希望を少しでも明確にしていくことは,SDMを行う過程で重要なポイントになると考えられます。

 三尖弁閉鎖不全症の多くは二次性であり,三尖弁自体の変性よりも心房細動による弁輪拡大,もしくは肺高血圧に伴う右室拡大による右室の三尖弁の牽引に起因した前尖,後尖,中隔尖の接合不全が関与しているものが多くあります10)。併存症を伴う二次性三尖弁閉鎖不全症は高齢者に多い一方で,高齢者は活動性が低いため,心不全の重症度や増悪を評価することがしばしば困難です。外来の度に型どおりの診療を繰り返すのではなく,患者さんの日常生活を頭の中で容易に描くことができるように,問診の際は,いつも違った角度から詳細に聴取し,身体所見の変化がないかを丁寧に確認することが重要です。

 欧米から僧帽弁専用のデバイスMitraClip®を用いた経カテーテル三尖弁形成術の報告がされた後,2017年に三尖弁専用デバイスが開発されました(写真)。本デバイスはMitraClip®と同様,経大腿静脈アプローチ,経食道エコーガイド下で行う低侵襲治療であり,安全性が高く11),本邦での保険償還が待たれています。

3505_0501.jpg
写真 三尖弁専用修復(Edge-to-Edge)デバイス

 カテーテル治療や従来の開心手術の適応検討は,基礎心疾患(虚血心,心筋症等)との同時治療の必要性,併存疾患・日常生活動作の低下・虚弱(フレイル)に伴う外科手術のリスク,そして患者の希望を勘案し,判断する必要があります。そのためインターベンション医,心臓イメージング専門医, 心臓外科医,心不全医,麻酔科医, 看護師等を含む心不全ハートチームによる十分な議論を重ねることが重要です。また,患者や家族は治療の選択肢が広がることで希望する治療が変わることもあります。専門施設で幅広い治療選択肢(侵襲的治療から緩和ケアまでを含む)を提案し,カテーテル治療のリスク/ベネフィットを十分に話し合う中で,治療目標を明確にしていくことも求められるでしょう。

 医学的最善のエビデンスと患者の想いを双方向に共有・統合し,治療を一緒に考え意思決定を支援する(SDM)ことが大切です。そもそも心不全患者に対するカテーテル治療は心不全治療の一部に過ぎません。患者に生涯を通じてシームレスな心不全治療を提供するための議論も必要となるはずです。


1)Circulation. 2002[PMID:12473543]
2)N Engl J Med. 2018[PMID:30280640]
3)Lancet. 2006[PMID:16980116]
4)日本循環器学会.2021年度循環器疾患診療実態調査報告書.2021.
5)日本循環器学会,他.2020年改訂版 弁膜症治療のガイドライン.2020.
6)Saji M,et al.Ischemic Mitral Regurgitation:The Role of Transcatheter Edge-to-Edge Repair Using the MitraClip. JCAD. 2022;28(2):24-31.
7)J Am Coll Cardiol. 2021[PMID:33342586]
8)J Am Coll Cardiol. 2004[PMID:15013122]
9)Int Heart J. 2021[PMID:34853221]
10)Lancet. 2016[PMID:27048553]
11)Lancet. 2019[PMID:31708188]

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook