医学界新聞

レジデントのための心不全マネジメント

連載 庄司聡

2022.12.05 週刊医学界新聞(レジデント号):第3496号より

 第5回(本紙第3493号)で取り上げられたように,EF(左室駆出率)が低下した心不全 (いわゆるHFrEFと呼ばれるEF 40%以下の状態)の患者に,従来の心不全の予後改善薬〔ACE阻害薬・β遮断薬・MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)〕を導入することは非常に重要です。近年それらの薬剤に上乗せして,さらに予後(死亡・心不全入院)改善をもたらすARNIとSGLT2阻害薬という2つの薬剤が登場し1~3),心不全の世界では大きなパラダイムシフトが起こっています。そう遠くない未来に,非循環器内科医の先生方にも適切な使い分けに関する知識が必要となる時代が到来するでしょう。そこで本稿では,ARNI,SGLT2阻害薬を中心に,現在議論になっている点をまとめます。

ARNI:ARB(バルサルタン)とネプリライシン阻害薬からなる新たな治療薬です。ネプリライシンはBNPを分解する酵素の一種で,ネプリライシン阻害薬はBNPの分解抑制による心保護を期待し開発されました。2014年,HFrEF患者を対象としたPARADIGM-HF試験で,30年以上もHFrEFの標準治療薬であり続けたACE阻害薬(エナラプリル)よりも,ARNIが心血管イベントを抑制することが証明されました1)。日本は同試験に参加していなかったこともあり,PARALLEL-HF試験という独自のランダム化比較試験4)で検証。登録患者数が少なかったために明らかな効果の証明には至りませんでしたが,安全性は確認されました。2020年6月,海外と比較して数年間のタイムラグは生じたものの,ARNIは本邦の心不全患者に対する使用が承認され,循環器内科専門医を中心にHFrEF患者への導入が進んでいます。実際の使用に当たっては,ACE阻害薬とARNIの併用は禁忌であることに注意が必要で,ARNI開始36時間前にはACE阻害薬を中止するよう添付文書に記されています。

SGLT2阻害薬:2015年,EMPAREG-OUTCOME試験において,糖尿病患者に対し心血管イベントを抑制(心血管イベント抑制効果が証明された糖尿病薬はメトホルミン以来)したことで,にわかに脚光を浴びました5)。心血管イベントの内訳をみると,特に心不全入院を有意に抑制するため,心不全治療薬になるのではと期待され,HFrEF患者を対象としたランダム化比較試験が行われました。2019年11月にDAPA-HF試験,2020年9月にEMPEROR-REDUCED試験の結果が発表され,プラセボと比較して,いずれもSGLT2阻害薬の心血管イベント(特に心不全再入院)抑制効果が示されていま2,3)。日本では2020年11月に,慢性心不全に対して適用拡大され,HFrEF患者に対する導入が進んでいます。余談ですが,近年SGLT2阻害薬のHFpEF(EFが保たれた心不全)患者への有効性も証明され,EFの値にかかわらずSGLT2阻害薬を導入するメリットが示唆されました6, 7)

 このような歴史的背景を踏まえ,ARNI , β遮断薬, MRA, SGLT2阻害薬の4剤は,最新の診療ガイドラインにおいてClass 1の治療として同列に扱われるに至っています8)。また,これからのHFrEF治療の中心になるという趣旨で,4剤を米国のコミックで有名なスーパーヒーローたちになぞらえ,“Fantastic 4”とキャッチーに表現することも多くなりました(9)

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 HFrEFを取り巻くさまざまな治療オプション(文献9をもとに作成)
MR:僧帽弁閉鎖不全症,TSAT:トランスフェリン飽和度,VAD:補助人工心臓.

 実際にARNIやSGLT2阻害薬を目の前の患者さんに投与する際に気になるのは,やはり「高齢者やフレイルが強い患者に投与してよいのか」という点だと思われます。特にSGLT2阻害薬は理論上,脂肪や筋肉を異化方向に働かせ,サルコペニアを助長する懸念がある薬剤と言われています。この観点はランダム化比較試験(EMPEROR-REDUCED試験,DAPA-HF試験)のサブ解析で検証がされており,高齢者やフレイル患者にも一貫して心血管イベント抑制方向に働くことが明らかとなっています10~12)。もちろん,このようなランダム化比較試験には含まれないような超高齢者・極度の痩せ型患者さんへの投与には慎重な姿勢が求められますが,基本的には高齢者やフレイルの患者さんでも,これらの薬剤を考慮する姿勢が重要と考えられます。

 現在白熱した議論が展開されているのは,この4剤を「どの順番で」「どれくらいの期間をかけて」導入していくか,という話題です。ARNIやSGLT2阻害薬のランドマークとなっているランダム化比較試験は,基本的に「従来の心不全の予後改善薬(ACE阻害薬・β遮断薬・MRA)を忍容性のある最大投与量まで増量する」ことが前提となっているため,まずACE阻害薬,次にβ遮断薬を最大量まで,それでも症状が改善しない場合はMRA,最後にARNIやSGLT2阻害薬を投与する,というのが通常,かつ安全性の高い(エビデンスが十分ある)投与方法と考えられます(Conventional Sequencing)。ただ,各薬剤が独立して予後改善に力を発揮することが明らかとなった現在,可及的速やかに(多くは治療開始から30日以内)導入したほうが早期からの心血管リスクの軽減につながるのではとの考え方(Proposed New Sequencing)が注目を浴びており13),ここ1,2年の循環器系の学会でも盛んに議論されています。このあたりはまだエビデンスが十分ではありませんが,「MRAとSGLT2阻害薬を最初に導入する方法がより予後を改善するかもしれない」とのシミュレーション論文も出てきており14),今後のエビデンスの蓄積が待たれるところです。

 ここまで臨床試験に基づいた医学的なエビデンスについてお伝えしてきましたが,薬剤処方の最終的な決定の際には,その他の要素も重要になります。例えば,全ての患者さんの治療目的は寿命を延伸させることだけでしょうか? 中には長生きするよりも症状の改善を優先してほしい患者さんもいるはずです。また,超高齢の方への高額な新規薬剤導入の費用対効果が適切か悩む方もいるでしょう。前者に関しては,ARNIやSGLT2阻害薬はQOLも改善すると報告され,症状改善目的に使用することも可能です15~17)。後者は,各国の保険制度に応じた費用対効果分析のシミュレーション研究も多数行われ,全般的には費用対効果が高いのではないかと現時点では結論づけられています18, 19)。本邦でも独自の費用対効果解析が待たれるところです。

 ただ,こうした報告はあるものの,最終的には患者さんやご家族の意向等も踏まえ,「Shared Decision Makingで新規薬剤を含めた治療方針を決定していく」という医師としての基本スタンスが重要ではないかと思います。その中で,第5回(本紙3493号)で取り上げられたように,投与する目的やコストも勘案して,従来の心不全の予後改善薬(ACE阻害薬・β遮断薬・MRA)をまず導入する,という選択肢も十分あり得るのではないでしょうか20, 21)


1)N Engl J Med. 2014[PMID:25176015]
2)N Engl J Med. 2019[PMID:31535829]
3)N Engl J Med. 2020[PMID:32865377]
4)Circ J. 2018[PMID:30047502]
5)N Engl J Med. 2015[PMID:26378978]
6)N Engl J Med. 2021[PMID:34449189]
7)N Engl J Med. 2022[PMID:36027570]
8)Eur Heart J. 2021[PMID:34447992]
9)Eur Heart J. 2021[PMID:33447845]
10)Circulation. 2020[PMID:31736328]
11)Ann Intern Med. 2022[PMID:35467935]
12)Eur J Heart Fail. 2022[PMID:36194680]
13)Circulation. 2021[PMID:33378214]
14)Eur Heart J. 2022[PMID:35467706]
15)JACC Heart Fail. 2019[PMID:31521679]
16)Circulation. 2020[PMID:31736335]
17)Nat Med. 2022[PMID:35228753]
18)JAMA Cardiol. 2021[PMID:34037681]
19)Eur J Heart Fail. 2020[PMID:32749733]
20)ESC Heart Fail. 2021[PMID:33201597]
21)Int J Cardiol. 2022[PMID:35421518]

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