看護のアジェンダ
[第215回] 本をつくる・売る
連載 井部俊子
2022.11.28 週刊医学界新聞(看護号):第3495号より
「出版業界においては,2021年度の紙媒体出版物(書籍・雑誌合計)の推定販売金額は1兆2080億円(前年比157億円減)です。その内訳は,書籍が6804億円(前年比143億円増),雑誌は5276億円(前年比300億円減)であり,書籍市場がプラスとなるのは2006年以来15年ぶりとなりました(出典は出版指標年報2022年版,全国出版協会・出版科学研究所)」。しかし,「新型コロナウィルス感染拡大に伴う行動制限が緩和され,経済活動の正常化が進んだが(中略)ウクライナ情勢等を背景とした原材料価格の高騰や金融不安等により,今後の先行きは不透明な状況にあります」。
上記が,「株式会社日本看護協会出版会 第50期定時株主総会招集通知」の冒頭部分である。
株主総会の次第は定型化している。報告事項には①当事業年度の事業報告,②会社の現況に関する事項が含まれる。続いて,決議事項として,「第1号議案 当事業年度の計算書類承認の件」「第2号議案 剰余金処分の件」「第3号議案 取締役選任の件」が付議される。私は代表取締役社長として議長を務めた。
株式会社日本看護協会出版会の株主に提示した「対処すべき課題」の出版事業では,「看護界に寄与する書籍・雑誌およびコンテンツの開発と普及」を実現するために,市場性を主軸に据えた企画立案と刊行計画に基づく書籍・雑誌の発行,さらに変化する市場環境を見越した営業活動を行い,オンライン研修の計画的な実施や電子出版・販売の推進が主要な取り組みとして提示された。
日本看護協会出版会と日本看護協会は同一組織であると勘違いされる向きがあるが,前者は「株式会社」,後者は「公益社団法人」であり,別組織である。
出版社の企画会議と編集者の役割
書籍・雑誌を計画的・定期的に刊行するにはいくつかの過程を経る。中でも重要なステップは企画会議である。毎月1回,開催される企画会議において,担当編集者は「企画書」に基づいて,書名,著者・編者,企画概要,納品,類書売上,仕様,予価,販売計画などを説明し,同僚からのコメントに答える。「なぜこの企画をしたのか」「どのような意義があるのか」「内容構成は妥当か」などといったクリティカルな質問に対し,編集者は真摯に対応しなければならない。このプロセスを経て承認され,初めて具体的な編集作業に入り,予定の期日までに刊行することとなる。
刊行された書籍(いわゆる新刊)の寿命は短い。教科書等に用いられる採用品は別にして,新刊が売り上げを急速に伸ばすのは発行後半年程度である。ベストセラーとして何年も売れ続ける書籍はごくわずかである。こうした状況をみていると,私は出版業は生鮮食品を扱う八百屋に似ていると思う。常に新鮮で良い商品を作り,市場に送り込まなければならない。しかも買ってもらうためにターゲットとしている読者層に,新刊情報を的確かつ迅速に届けなければならず,販売促進部門との連携は生命線である。
私は,この企画会議を楽しみにしている。長く看護界に身を置いてきた私にとって,企画書をもとにした若い編集者とのやりとりは,自分自身のキャリアを総括してぎゅっとエキスをしぼり出すような感覚を持つ。「この企画は“イケル”」と思う時はうきうきする。
書名へのこだわり
私のこだわりは「書名」である。書名は,人の注意を引くものでなければならないが,誠実であることも重要と考える。魅力的な書名で読者を引き込み,内容で読者を納得させなければならない。したがって,企画会議における私のこだわりは「書名はどうか」ということである。
雑誌では,特集や各記事のタイトルをどう表現するかにこだわる。例えば,『チームを成長させるカンファレンスの35のレッスン』を担当編集者がプレゼンする。私はこう言う。「チームを成長させるかどうか,わからないではないですか」と。『今,求められるメンタルヘルス対策とは』について,私はこう言う。「“今”とはいつか。“求められる”とは誰が何を求めているのですか」と。『患者の“どう生きたいか”を支える外来での在宅療養支援』について,私はこう言う。「外来で“どう生きたいか”を支えることができるのですか。そもそも在宅療養支援とは何を意味しているのですか」と。『看護補助者とのよりよい協働に向けて』では,「“よりよい”とは何を意味するのですか」と問う。
先日の会議で,“新刊”時代を脱しても売れ続けている本があるという報告が在庫管理担当者からあった。私のハートが反応した瞬間である。「それは何という本ですか」と私は即座に尋ねた。彼はよく把握していた。「『ケアする人の対話スキルABCD』(堀越勝著)です」という。この本は第1版1刷が2015年3月20日に発行されて以降,2022年7月31日に第6刷が発行されている。7年間に6回の増刷があったことになる。
私はほほうと思った。書名が良いのである。まず,「ケアする人」という表現は職種を限定しておらず,世の中に数多くいる“ケアをする人”がわがことだと思うので市場性が大きい。しかも「対話スキル」は専門用語を用いていないのでわかりやすく親しみがある。そして「ABCD」である。私は当初,「ABCは入門という意味でよく用いられるが,ABCDのDをなぜ付けたのか」という率直な疑問を持った。読者が「うん?」と立ち止まり関心を持つことで購入に結びつく可能性が大きい(私がそのひとりである)。
ABCDと名付けたのには訳があった。Assessment,Be with the Patient,Clinical Questioning,Direction&Decision,である。表紙をめくると,「ケアにおける対話には,目的があり,順序があります」「ABCDの流れを型として覚え,各ステップでつかえるスキルを練習問題で磨きましょう」とやさしく誘う。やはり書名が肝である。
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