多職種で支える誤嚥性肺炎のリハビリテーション
[第8回] 薬剤管理
連載 小瀬英司
2022.11.21 週刊医学界新聞(通常号):第3494号より
こんな患者さん見たことありませんか?
大腿骨近位部骨折のために入院してきた患者。入院時から臥床しており,入院前にはみられなかった食事時のムセが認められるようになった。服用薬剤を調べるとポリファーマシー状態であり,睡眠薬や抗精神病薬などを服用していた。嚥下内視鏡を行ったところ咽頭収縮力が弱く,液体の誤嚥を認め,誤嚥性肺炎と診断された。
ポリファーマシーは,現在も明確な定義は設定されておらず,研究においてもそれぞれ異なる設定をされているのが現状です。死亡率,緊急入院,転倒,認知機能,身体機能やフレイルなどの臨床アウトカムとの関連性が報告されており1),嚥下障害とも関連することが知られています2)。
薬剤の種類に明確なカットオフはありませんが,一般的な目安として5~6種類以上の薬剤の併用が挙げられます1)。一方で,患者の疾患によっては適切な処方であっても5~6種類以上の処方の併用が必要なこともあるために,単純に処方数で判断できるものではなく,潜在的に不適切な薬剤(Potentially Inappropriate Medications:PIMs)が含まれていないかの評価が必要となってきます。
厚生労働省が公表する「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)」3)においてポリファーマシーは,ただ単に服用する薬剤数が多い状態を示すのではなく,それに関連した薬物有害事象のリスクの増加や,服薬アドヒアランスの低下,服薬の間違いなどの問題につながる状態であるとされています。つまり,そのような問題につながる処方を減らすことが重要であり,単に処方数を減らすことが目的とならないように注意が必要です。
本当にその薬剤は必要ですか?
◆高齢者は多疾患併存状態
複数の併存疾患に対して診療ガイドライン通りの診療を適用すると,必然的に薬剤数が増加します。各々の診療ガイドラインは基本的に疾患併存を想定せずに作成されているため,全身の生理機能が低下し,多剤併用となっている高齢者では,想定されていないような有害事象が発現することもあります。多疾患併存(multimorbidity)状態の患者には特に注意をしましょう。
◆処方カスケード
処方カスケードとは,薬剤による副作用に対して薬剤で対応することで,さらに処方が増加する現象のことを指します。例えば,高血圧に対してアンジオテンシン変換酵素阻害薬が投与されたとします。薬剤の副作用である空咳に対してリン酸コデインが処方され,そのまた副作用である便秘に対して下剤が処方され……など,薬剤有害事象である可能性を適切に評価できなければ,症状が出現するたびに処方薬が増えていってしまうのです。よく臨床で見かける処方カスケードのパターンを表14)に示したので,薬剤の見直しに活用してみてください。
嚥下障害との関連性
ポリファーマシーに包含されるPIMsのうち,とりわけ抗コリン薬には注意が必要です。抗コリン薬の副作用として口渇,転倒,せん妄,認知機能障害などが知られていますが,中でも口渇は咳嗽反射が低下した高齢者にとっては,誤嚥性肺炎発症のリスクとなり得るからです。抗コリン薬では,服用薬剤の総コリン負荷(total anticholinergic load)が重要とされます。各薬剤を抗コリン活性の強さにより点数化した指標であるAnticholinergic Risk Scale(ARS)5)は,薬剤末梢性および中枢性の抗コリン作用(転倒,口渇,ドライアイ,目眩,錯乱,および便秘)が測定可能な評価尺度です(註)。
ARSを用いて抗コリン活性を評価し,入院中における嚥下機能と誤嚥性肺炎の発症との関連性について検討した報告によれば,入院中にARSが増加すると退院時の嚥下機能が低下することが報告されています6)。また,入院中におけるARSの増加が2点では,誤嚥性肺炎の発症リスクがおよそ1.9倍,3点以上の増加では,およそ3.3倍有意に高くなることが示されました(表2)7)。したがって,誤嚥性肺炎を呈した薬剤管理ではARSのような抗コリンスケールを用いて抗コリン活性を評価し,誤嚥性肺炎の発症の予防に努める必要があります。
嚥下障害の原因と言えば,教科書的には脳卒中やパーキンソン病などの神経変性疾患が挙げられますが,高齢者医療の現場では,薬剤が原因となって生じている薬剤性嚥下障害も意外と多いと思われます。嚥下障害は,嚥下リハビリテーションの実施により,概ね改善し,快方に向かうことが多いものの,嚥下能力が改善しない例も散見されます。その際には,患者の基礎疾患や全身状態の他,薬剤,特に抗コリン薬の影響の考慮が必要でしょう。薬剤性嚥下障害は,原因となる薬剤を中止すれば,その全てではないにせよ改善する場合があります。臨床現場では「薬剤性嚥下障害」の認知度はそれほど高くはないと思われますので,この機会に誤嚥性肺炎の原因の1つとして覚えておいてください。
今回のポイント
●薬剤性の嚥下障害に注意をしましょう。
●ポリファーマシーの中でも抗コリン薬は,嚥下機能を低下させ,誤嚥性肺炎のリスクを高める可能性があります。
●抗コリン薬による作用の強弱は,Anticholinergic Risk Scaleを参考にして,適切な薬剤管理につなげていきましょう。
註:詳細な薬剤のリストは,文献5のTable4を参照。
参考文献・URL
1)Eur Geriatr Med. 2021[PMID:33694123]
2)野原幹司.終末期の嚥下障害に抗う――薬剤の視点からのアプローチ.MED REHABIL. 2015;186:45-50.
3)厚労省.高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編).2018.
4)大浦誠.ケースで学ぶマルチモビディティ――[第17回]ポリファーマシーのパターン:処方カスケードを意識する.週刊医学界新聞3432号.2021.
5)Arch Intern Med. 2008[PMID:18332297]
6)Nutrients. 2022[PMID:35631262]
7)Geriatr Gerontol Int. 2018[PMID:29856113]
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