教えるを学ぶエッセンス
[第6回] 反転授業で「教室」をひっくり返す
連載 杉森公一
2022.09.26 週刊医学界新聞(看護号):第3487号より
今回のポイント
✓ 反転授業で重視されるのは,応用・分析・評価・創造といったプロセスである。
✓ 教師中心の授業から生徒中心の授業に転換(反転)することが求められる。
教師の説明を聴きながら,ノートを取る。全員が前を向いて座っている静かな教室で一生懸命に授業の内容を理解しようとするものの,しばらくするとまぶたが重くなってくる。まるで板書を書き写すロボットのような気分になってきて,ぼんやり窓の外を眺めたくなってくる。教師が熱く語れば語るほど,学生は置いていかれたような気持ちになってしまう。教育現場にて,そのような感覚を持ったことはないだろうか? 今回は教師と学生にとって,授業を意味ある場にする「反転授業(Flipped Classroom)」をご紹介しよう。
反転授業の夜明け
反転授業が見いだされたのは2007年,米コロラド州の高校教師サムズと同僚のバーグマンによる。彼らは教師中心の授業にジレンマを感じており,指導法を模索していた。「大勢に向けて内容を喋るだけなら,教室で対面する必要はない」と後に著書に残している1)。
生徒にもっと時間を使わせて感情に訴えかけたい。生徒が発見を通じて学習すること,教師ではなく生徒の活動が中心になる授業設計をめざしたい。こうした思いから二人が思いついたアイデアは,授業を事前に撮影しておいたビデオに代えることであった。情報伝達という意味でビデオ授業の教育効果は変わらず,それどころかビデオ授業は生徒が時間をコントロールできた。
やがて,彼らは全ての授業をあらかじめ録画して,生徒が「宿題」としてビデオ授業を見るアイデアを思いつき,授業の変数を「学習内容」から「学習時間」に置き換えた。これにより生徒が個別に学修できるようにした(図1)。
重視される領域の反転
反転授業は,授業を収録し配信するオンデマンド授業の一形態とみなされる傾向があるが,決してイコールではない。反転授業が指向するのは授業内における学習活動の活発化と時間の最大化であり,次に挙げる点でアクティブラーニングと強く関連する。
反転授業を取り入れた結果,大学教育においても学習改善の顕著な成果が報告されている。例えば知識の習得に大きな改善がみられたり,成績分布から低得点が消失し,完全習得型の学習が達成されたりするといった点だ2)。eラーニングや学習管理システム(LMS)を導入していない学校であれば,授業の前に関連する動画を紹介し,事前の視聴を指示するのもよいだろう。
反転授業では,従来型の授業とは焦点が異なる点を重視する。教育学のブルームとアンダーソンによる認知領域の学習目標分類(taxonomy)3)に基づけば,応用・分析・評価・創造へとステップを進める過程において,従来型の教育ではその基礎となる記憶と理解をまず徹底し,重きを置いてきた(図2)。一方,反転授業が行われる教室では,学習者は個別学習やプロジェクトに取り組み,実験器具を手に取ってビデオで学んできた記憶・理解を確認し,応用課題に取り組む。そして,教師は教卓の前に立ってはいない。学生を一斉には教えず,一人ひとりを見て必要に応じてかかわろうとし,フォローするために歩いている。壇上の賢人からガイド役としての教師(プロセスの専門家であり,人間である)への役割転換によって,学生は活発に活動することが可能となる。教室のさまざまな場所で,学生が自由な活動をしている風景が広がるのだ。
反転授業では,授業の時間外に記憶・理解を出したことにより学習目標が反転し,授業で促進される応用・分析・評価・創造の過程が強調される(図2)。ここで注記しておきたいのは,授業をオンラインに置き換えることが反転授業の全てではないことだ。しかしビデオ,すなわち動画コンテンツは学生になじみがある強力なメディアであり,授業前に視聴してもらうことで対面の時間を有効に活用できる。
授業に取り入れる際の方法と注意点
それでは反転授業の事前課題として自作のビデオを学生に視聴させたい場合,どのような方法を取ればよいか。事前課題に用いるビデオは,5~10分にとどめる必要がある。学生が集中できる時間が限られるため,10分を超えるならば分割したほうがよい。現在ではスクリーン収録ソフトウェアであるCamtasiaやPowerPointの収録機能を使って,簡単にビデオ作成ができる環境が整ってきた。
収録する際は教師が情熱的に語り,言い間違いがあっても構わず,撮り直しや編集に時間をかける必要はない。巻き戻しや再生停止などの時間のコントロールは学生が行えるので,むしろ早口のほうが好ましいことは視聴率のデータからわかっている4)。重要なのは音質で,できるだけ外付けのマイクを用意したほうがよい。視聴環境はYouTubeの限定公開機能などを使って,スマートフォンやタブレットでも視聴できるのが望ましい。
他方,直接指導を集団学習の場から独習の場へと移し,動的で双方向型の学習環境へ変容させる「反転学習(Flipped Learning)」への拡張が提案されている5)。例えば,筆者が所属する北陸大学のAI・データサイエンス教育プログラム「情報リテラシー」の講義では,授業中に数本の解説ビデオを配信し,ノートPCにより学生自身のペースで授業時間中に教室で視聴する「クラス内反転学習」を導入することで,演習の個別化を行っている。そのメリットは,それぞれのペースで視聴・学習できる点,つまずいている学生が教師のサポートを受けられる点,そしてクラス内で互いに教え合うことができる点だ。
*
「教えたのにもかかわらず学生が学んでいなかったという事実があるならば,その原因を学生にのみに求めて,あいもかわらない講義法を採用し続けるのは問題である」6)と指摘したのは,社会学のブライです。私たちが授業に抱く常識である,教師が中心であることを前提にした授業システムを「反転」する学びの脱中心化が,教室の風景を一変させていくのではないでしょうか。
次回は,対面とオンラインを組み合わせるハイフレックス型授業について解説する。
参考文献
1)J.バーグマン,他.反転授業.オデッセイコミュニケーションズ;2014.
2)森朋子,他(編).アクティブラーニング型授業としての反転授業 理論編.ナカニシヤ出版;2017.
3)梶田叡一.教育評価 第2版補訂2版.有斐閣;2010.
4)Guo PJ, et al. How video production affects student engagement:an empirical study of MOOC videos. In:L@s 14 Conference Committee.L@s 14 Proceedings of First ACM Conference on Learning @ Scale.ACM;2014. pp41-50.
5)J.バーグマン,他.反転学習.オデッセイコミュニケーションズ;2015.
6)D.A.ブライ.大学の講義法.玉川大学出版部;1985.
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