医学界新聞

看護のアジェンダ

連載 井部俊子

2021.12.13 週刊医学界新聞(看護号):第3449号より

 長野保健医療大学看護学部看護学科は学部開設3年目となり,3年生が初めての「領域別実習」を経験することになる。2021年11月現在,新型コロナウイルス感染者数は減少していることから,予定していた臨地実習を実施するための準備を進めている。

 臨地実習の目的・目標をはじめとする「実習要項」が学生に配布される。本学では,臨地実習の目標は以下の5項目である。

1)看護の対象となる人々を理解し,専門的な立場で援助関係を築くことができる。
2)基礎的な知識や技術を統合し,健康レベルに応じて科学的根拠に基づき看護過程を適用して看護を展開できる。
3)チームの一員として看護の役割を認識し,他職種との協働・連携の重要性を認識できる。
4)常に問題意識を持ち,解決のために主体的に取り組む態度を養うことができる。
5)看護の実践を通して倫理観を高め,適切な判断と価値観を明確にしていくことができる。

 これらの5項目は,展開される全ての領域の実習の軸となる。つまり基礎看護学実習,小児看護学実習,母性看護学実習,精神看護学実習,在宅看護論実習,統合実習,公衆衛生看護学実習の各領域は,この5つの目標に基づいてブレイクダウンされて具体的な実習内容となり,実習評価へと導かれる。このような組み立てができるのは新設校のメリットであろう。

 先日の基礎看護学領域の教員会議で話題になったのが「困りごと」である。看護展開論実習では,前述した目標の項目2)について次のように示される。

①受け持ち患者の生活・健康に関する情報を収集することができる。
②受け持ち患者の困りごとを記述することができる。
③受け持ち患者の困りごとの意味を解釈することができる。
④受け持ち患者の困りごとの解決策を患者と共に計画することができる。
⑤受け持ち患者の反応を観察することができる。
⑥受け持ち患者への関わりを評価することができる。

 つまり,ここでは「患者の困りごと」が鍵となる。

 「何か困りごとはありませんか」「お困りごとは何ですか」という問いは日常会話に用いられるので,患者の困りごとの同定は容易であろうと当初は考えていた。しかしコトはそんなに簡単ではなかった。学生が患者に問いを投げ掛けても,学生がすぐに記録に書けるように,「私の困りごとはズキズキする痛みです」などとは答えてもらえない。「家に残してきたペットの世話ができないことが心配です」と言われようものなら,学生は困惑してしまう。さらに,「患者の困りごとはそのまま看護問題とはならないのではないか」という発言もあって,しばらく「患者の困りごと」論争が続くことになった。

 看護が患者に寄り添うことに価値を置くのであれば,患者の困りごとに注目するのは妥当なアプローチであると私は考えている。患者の困りごとは,患者の主観的な問題表現である。一方,看護問題は「看護学」というフレームの中で看護師が対処する問題として陳述される。ヘンダーソンは「14の基本的看護の基本要素」を示し,ロイは「4つの適応様式」を示し,オレムは「3領域のセルフケア要件」を示した。

 患者の困りごとを看護問題に転換するには,頭の中の翻訳装置が必要となる。まず患者の困りごとを真摯に取り上げて,この困りごとを解決するために取り組まなければならない事柄を探り,それらを看護的(もしくは医学的)記述に変換する。こうして,看護問題の解決が即ち患者の困りごとの解決に資することとなる,という理屈がひとまず私の仮説である。

 『Gift――物語るケア』(井部俊子編,日本看護協会出版会,2019年)に収載した記述のなかに「自宅に残している金魚が心配で,心配で」という語りがある。「がん末期の徹さんは,入院中も1人暮らしの自宅で飼っているたくさんの金魚の様子を案じていた。看護師たちは,金魚に会えるよう在宅療養の準備を整える。退院後,枕元に置かれた『大切な家族』を愛おしそうに見つめつつ数日を暮らして,亡くなった」のである。さらに,「金魚たちも弱っていたので,徹さんの後を追うように息絶えました」と訪問看護師は語る。

 本稿を書きながら,受け持ち患者の困りごとを中心としたアプローチの記録様式を考えてみた()。看護の初学者として最初に取り組む臨地実習の場で,「患者の困りごと」にアプローチする体験を成功させたいものである。

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 受け持ち患者の困りごとを中心としたアプローチの記録様式

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