医学界新聞

こころが動く医療コミュニケーション

連載 中島 俊

2021.10.18 週刊医学界新聞(通常号):第3441号より

 この連載では,これまで患者さんのやる気を引き出すかかわり方(連載第6回)や意思決定を支援する際のかかわり方(連載第7回)など,さまざまなコミュニケーション・スタイルを紹介してきました。それぞれのコミュニケーション・スタイルには,ベースとなるマニュアルがあります。では,医療者はどの程度それに準拠しながら診療を行うべきなのでしょうか? 本稿では対人支援や心理療法に関する研究を紹介しながら,医療コミュニケーションや心理療法などの対人的なかかわりにおけるマニュアルの位置付けや活用方法を考えます。

 従来,対人的なかかわりは,医療者や心理職のパーソナリティや考えが強く反映された,その人特有のスキルとして考えられてきました。そのため再現性が低く,対人的なかかわりにおけるエビデンスの検討・構築が難しい点が問題となってきたのです。臨床心理学の分野では,心理療法のマニュアル化がめざされるようになり,マニュアルに基づく心理療法の無作為化比較試験が行われてエビデンスが積み重ねられるようになりました。この動きは“小さな革命”とも呼ばれます1)

 対人的なかかわりをマニュアル化することは,エビデンスの構築や医療の質の統一,対人支援者のトレーニングなどに効果的と考えられています2, 3)。しかしマニュアルはあくまで指針であり,それだけではかかわりとして不十分です。以下では,先述した「患者さんのやる気を引き出すかかわり方」を例に考えてみましょう。

 連載第6回で述べたように,患者さんのやる気を引き出して行動変容を促すためには,「OARS」,つまり開かれた質問(O:Open question),是認(A:Affirmation),聞き返し(R:Reflection),要約(S:Summary)の4つを適切に用いることが基本的な指針として考えられます。しかしこれらの指針をマニュアル通りに適用するだけでは,のようなミスコミュニケーションを引き起こす懸念があります。図では問診票の内容や鼻炎のつらさなど,Aさんからすれば言うまでもない内容にもOARSに基づいた「開かれた質問(O)」と「聞き返し(R)」が行われており,医療者と衝突が起こりかねません。この場合は「今日はどうされましたか?」と尋ねる代わりに,問診票に書いてある内容を確認したり,次のかかわりでは「これまでどんなお薬を飲んだことがありますか?」と課題解決的にかかわったりするほうが,円滑にコミュニケーションを進められるでしょう。

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 ミスコミュニケーションを引き起こすA さんと医療者との会話

 もちろんマニュアルが重要な指針であることは論を俟ちませんが,それを目の前の患者さんにどう臨機応変に適用するかは,医療者や心理職の力量に左右されると言えます。

 続いて,マニュアルという基本的指針を踏まえた上で行う「テーラーメイドなかかわり」をご紹介します。

 マニュアルに定められた範囲内で,また場合によってはマニュアルの範囲外で目の前の患者さんにフォーカスしたテーラーメイドなかかわりを行うことは,患者さんの症状の複雑性や価値観,ニーズを踏まえたかかわりというパーソンセンタードの観点から重要です。とはいえ,マニュアルによってどこまで柔軟に運用すべきかは幅があります()。“適用が厳密に決められたものからフレキシブルなものまで”,マニュアルそのものがさまざまな性質を持つのです4)。そのため,当該面接の場に適したマニュアルであるかどうかは十分に検討し選択する必要があるでしょう。

 例えば,心理面接におけるマニュアルに基づいたかかわりとテーラーメイドなかかわりは,理論的枠組みの違いによるものであり,相反するものではありません。またテーラーメイドなかかわりが優れているとも限りません。パニック障害を対象とした心理療法に関する研究では,テーラーメイドなかかわりよりもマニュアルに基づくかかわりで症状が改善されやすいと報告されています5)。さらにテーラーメイドなかかわりは,医療者がそれまで積んできた臨床経験に受ける影響が大きいと考えられる6)点にも留意しましょう。

 実際の臨床でマニュアルに基づくかかわりを行う心理職の割合は多くありません。メンタルヘルスケアに携わる心理職では,51.4%はある程度マニュアルを活用していましたが,日常的に活用しているのは7.8%に留まります7)。また厳密なマニュアルに基づく介入を“融通の利かない介入”と考える心理職もいます。心理職を対象とした研究では,ある程度の柔軟さを持つマニュアルを使用する際に,心理職の満足度が高くなると報告されています8)

 医療者や心理職がマニュアルやガイドラインから逸脱してテーラーメイドなかかわりを行う際には,“患者さんに合わせる”の名の下に患者さんに不利益を与えないよう,倫理的観点を意識する必要があります。さらに言えば,作成の段階からある程度の柔軟性を備えたマニュアルを作成する必要があるでしょう。医療者や心理職にはこれをうまく活用したかかわりが求められるのです。

 マニュアルに基づくかかわりであれテーラーメイドなかかわりであれ,患者さんの特徴に応じたコミュニケーションは不可欠です。また十分なトレーニングを経たパーソンセンタードなかかわりでは,マニュアルに基づくよりもマニュアルなしで行うほうが患者さんの予後が良いという結果も報告されています9)。十分なトレーニングを受けた医療者にとって何よりも大切なのは,「患者の側に立つ」という視点と言えるのかもしれません。

🖉 かかわりのマニュアル化は,エビデンス構築などに効果的である。
🖉 マニュアルベースのテーラーメイドなかかわりも有用である。
🖉 患者さんを中心に据えることがよりよい医療につながる。

:適用が厳密に決められたマニュアルとして,うつ病や不安症の心理療法に用いられる,統一プロトコルによる認知行動療法10)が挙げられる。フレキシブルなマニュアルとして,子どもの不安やうつを始めとする問題に用いられる,モジュールアプローチによる心理社会的介入11)が挙げられる。

1)Luborsky L, et al. The use of psychotherapy treatment manuals:A small revolution in psychotherapy research style. Clinical Psychology Review. 1984;4(1):5-14.
2)Behav Res Ther. 1996[PMID:8871362]
3)Wilson G. Manual-based treatment:Evolution and evaluation. In:Teresa A, et al editors. Psychological Clinical Science. Taylor&Francis Group;2007. pp105-32.
4)J Consult Clin Psychol. 1988[PMID:3057005]
5)Schulte D, et al. Tailor-made versus standardized therapy of phobic patients. Advances in Behaviour Research and Therapy. 1992;14(2):67-92.
6)Behav Cogn Psychother. 2010[PMID:20056026]
7)Behav Res Ther. 2013[PMID:23973815]
8)J Consult Clin Psychol. 2015[PMID:25984802]
9)Annu Rev Clin Psychol. 2005[PMID:17716083]
10)デイビッド H・バーロウ,他.伊藤正哉,他(訳).不安とうつの統一プロトコル――診断を越えた認知行動療法セラピストガイド.診断と治療社;2012.
11)Bruce F, et al. MATCH-ADTC:Modular Approach to Therapy for Children with Anxiety, Depression, Trauma, or Conduct Problems. PracticeWise;2009.