医学界新聞

こころが動く医療コミュニケーション

連載 中島 俊

2021.05.24 週刊医学界新聞(通常号):第3421号より

 科学的知見などを活用する医療であるEvidence-Based Medicine(EBM)では,患者さん中心の視点を欠かすことができません1)。こうした医療を実現するために近年注目を集めるのが,治療方針決定に関して患者さんと医療者が共に参加する共同意思決定(Shared Decision Making:SDM)です。SDMを伴わないEBMは医療者による患者さんへの押し付けになると言えるかもしれません。

 SDMの実践に当たり,私たち医療者と患者さんでは治療選択の考え方にはギャップがあること2),それを埋めるためにはコミュニケーションが必要であることを理解しておく必要があります。近年の研究では,より良いSDMの実践が患者さんの治療満足度を向上させることが明らかになっています3)。また2009年頃からSDMに関する研究が増加傾向にあるなど4),その重要性が認識されつつあります。

 SDMの必須構成要素として,①少なくとも医療者と患者さんが関与すること,②両者が情報を共有すること,③両者が希望の治療について合意を形成する段階を踏むこと,④実施する治療についての合意に至ること,の4点が挙げられています5)。SDMでは,これらに加えて意思決定のプロセスを重視します。は1)チーム・トーク,2)オプション・トーク,3)ディシジョン・トークという3つのステップで話し合いの内容を明確化したThree-talkモデルです6)。医療者はこのモデルに基づいて,患者さんの意思決定がより良いものになるように検討し続ける姿勢が望まれます。

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 Three-talkモデル(文献6をもとに作成)
3つのトークは円状に循環している。これは意思決定に関する3つのトークが単一的なものではなく,それぞれ影響を与え合っていることを表している。

 医療者が治療方針を決定する際の代表的なアプローチであるパターナリズム,インフォームド・コンセント,SDMの特徴をそれぞれ5)に示しました。SDMでは医療者と患者さんは価値観を共有した上で協働して治療方針を決定できることがわかります。

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 治療方針決定の3つのアプローチとその特徴(文献5をもとに作成)

 それでは日本における実施状況はどうなっているでしょうか? 例えば炎症性腸疾患の患者さんに対して実施された日本の調査では,56%の患者さんがSDMを非常に重要だと感じていました7)。しかしながら,都内10区2市の診療所内科医に対する郵送調査によると, 2014年時点でSDMが実施されている割合は14.6%にとどまることが報告されています8)

 SDMの普及を妨げる要因の1つに,「時間が掛かる」という誤解が挙げられます。一方,患者さんとのかかわりの中でステップに適した会話を用いることで,2分程度の時間でもSDMを実践できる可能性が示唆されています9)。以下で具体例を見てみましょう。

 Epsteinらによる論文では,患者さんの物事のとらえ方や好みを理解する際には,「今の話を聞いてどう感じましたか?」と開かれた質問を行うことを紹介しています9)。また医療者と患者さんの間でパートナーシップを結ぶ際には,「どの治療法を選ぶか迷っているかもしれませんが,できる限りあなたが納得した治療法を選択できるようサポートしたいと思います」などの意思表明の言葉かけを行うことを紹介しています9)

 提示した治療法に対して確実性の高いエビデンスが認められていない場合にはその旨を伝えた上で情報を提供することも推奨しています9)。具体的には「まだ明確ではありませんが,最近の研究ではこのように示されています」のように,最新の情報を知りたい患者さんの気持ちに寄り添って不確かなエビデンスの状況も含めた現時点での情報を提供することが重要です。

 各治療のリスク・ベネフィットに加えて「医療者の考え」を伝えることも,患者さんが意思決定する際の重要な情報源となります10)。そのため治療方針については「医療者として〇〇が気掛かりですが,あなたの△△については現時点では□□が良いと思っています」と示すことも大切です。

 そして最後は理解度と同意を確認するための質問として,「これまでお話ししてきた点についてどうお考えですか?」などの開かれた質問で,患者さんの受け止め方を確認します。

 さらに別の研究では,SDMを円滑にする会話として,以下のような例を示しています11)

①選択肢と結果を分けて,まず治療の選択肢の内容を明確に伝える
例)あなたの症状だと2つの治療の選択肢があります。1つはX,もう1つはYです。最初に説明したXの良い点と悪い点は……。

②患者さんの価値観について話し合いながらサポートする
例)選択する際に,他にどんなことを考慮する必要がありますか? あなたが大切と考える,他の側面はどうでしょうか?

③患者さんの決定をサポートする
例)今一緒に決めることもできますが,少し考える時間を設けたり,他の人と相談したり,家族と一緒に決めたりしたいと思うかもしれません。別の機会に相談することもできます。あなたにとって何が一番良いでしょうか?

 これらの会話例を参考にすることで,SDMを実践するハードルは下がるのではないでしょうか。

 成人患者さんの肺炎球菌のワクチン接種率に対するSDMの影響を調べた研究12)では,SDMプロセスをa)患者さんの活性化,b)双方向の情報交換,c)双方向での選択肢の検討という3つの側面から評価しています。その結果,実践者によって効果が異なることが示されました。具体的にはa)は医師より看護師が行う場合やテキストで支援を行う場合に高まること,b)は医師より看護師が行う場合に高まること,c)は看護師より医師が行う場合に高まることが報告されています。

 また日本の研究では,患者と医師が1対1で意思決定を共同するよりも,看護師が入り3人一組で実践する方が,医師・患者ともに評価が高くなることが示されています13)

 現時点では誰がどのように患者さんとSDMを実践するかについて,まだ研究数は少なく議論の余地はあります。とはいえ医師が患者さんと直接対話をするだけでなく,リーフレットを活用してテキストベースで支援したり,看護師など他職種がかかわったりすることも欠かせない視点でしょう。

 さらに患者さんが抑うつ状態にある場合には,SDMに悪影響を及ぼすことが報告されており14),研究のホットトピックとしてもSDMとうつの関連は注目されています4)。意思決定の際には患者さんのメンタルヘルスにも気を配る必要があります。

 医療者は患者さんが判断に迷う場合にただ待つのではなく,その背景にも目を向けて共に考えるべきでしょう。

🖉 SDMを伴わないEBMは患者さんへの押し付けになると言える。
🖉 医療者は患者さんの意思決定がよりよいものになるよう,検討し続ける姿勢が望まれる。
🖉 患者さんの意思決定には看護師など他職種の関与も重要である。


1)JAMA. 2014[PMID:25268434]
2)BMJ. 2001[PMID:11719412]
3)BMC Med Inform Decis Mak. 2021[PMID:33494744]
4)Front Public Health. 2019[PMID:31921749]
5)Soc Sci Med. 1999[PMID:10452420]
6)BMJ. 2017[PMID:29109079]
7)Adv Ther. 2017[PMID:27807816]
8)久我咲子,他.Shared decision makingを実践する医師の特徴―都内10区2市の診療所内科医に対する郵送調査.日プライマリケア連会誌.2016;39(4):209-13.
9)JAMA. 2004[PMID:15150208]
10)Health Expect. 2005[PMID:15860050]
11)Patient Educ Couns. 2015[PMID:26215573]
12)Int J Environ Res Public Health. 2020[PMID:33297552]
13)PLoS One. 2021[PMID:33566830]
14)Rheumatol Ther. 2019[PMID:31049848]

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