MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
書評
2021.07.05 週刊医学界新聞(通常号):第3427号より
《評者》 北澤 茂 阪大大学院教授・脳生理学
「連合野」を得意分野にしたい全ての人に
私は生理学の教師をしているのだが,「連合野」には苦手意識があることを告白する。「感覚野」や「運動野」に比べて「連合野」の何と教えにくいことか。『医学大辞典』(医学書院)によれば連合野とは「第一次感覚野と第一次運動野を除く大脳皮質領域」であるという。つまり「教えやすい領域を除いた残り」が連合野なのだ。しかし,本書のおかげで,「連合野」が私の得意分野に生まれ変わるかもしれない。
まず,序章が素晴らしい。「連合」という言葉に込められた思想の歴史が,19世紀後半のマイネルト(マイネルト基底核のマイネルト!)にさかのぼって活写されている。序章を読んで目を見張ったのは,マイネルト,フレクシッヒ,デジュリン,ゲシュヴィンドという連合野の巨人たちが皆「線維」に注目していた,という事実である。マイネルトの自著の表紙に掲げられた大脳内側面には剖出された連合線維が描かれていた。フレクシッヒは線維の髄鞘形成の順序に着目して脳地図をつくった。デジュリンは自身の脳解剖アトラスに白質内の神経路を精緻に描き込んだ。ゲシュヴィンドはフレクシッヒの「連合」概念を引用して連合線維の切断によって生じる臨床症候を「離断症候群」として理論化した。
本書は「前頭連合野」「頭頂連合野」「側頭連合野」の3パートで編成されている。いずれのパートも「神経解剖学」から始まる。そこに詳細な「連合線維」が描かれているのは「連合」の歴史を踏まえれば当然のことである。局在する機能を営む連合野の領域の一つひとつが,連合線維が形づくる大脳皮質ネットワークのハブ(要衝)なのだ。
「神経解剖学」に続く各論の特徴の第一は機能別編成になっていることである。前頭連合野は「認知」「運動」「言語」「情動・動機づけ」の4機能。頭頂連合野は「身体知覚」「空間知覚」「運動視」の3機能。側頭連合野は「視覚情報処理」と「聴覚情報処理」の2機能である。焦点が絞られていてわかりやすい。そして2つ目の,おそらく最大の特徴は,それぞれの機能が「基礎編」と「症候編」のペアになっていることである。神経科学者が解説する基礎編と,臨床の専門家が解説する症候編が,互いに引用し合うことで有機的に結び付いている。そのため,両者を一読するだけで連合機能がふに落ちていく。副題の「神経科学×神経心理学で理解する大脳機能局在」に偽りがないことを私は身をもって体験した。
ハンドブックという言葉の通り,気軽に手に取って,知りたい機能の基礎編と症候編をペアで読むというのが一つの読み方である。基礎と臨床のいずれの専門家でも,極めて得るところが大きいだろう。しかし,私が教える医学部の学生には,序章から終章までの通読を勧めたい。壮大な「連合野」の全体像が,思想的な背景から将来の展望も含めて,若い頭脳の中に構築されること請け合いである。もちろん,医学生に限らない。神経科学を志す全ての学徒に一読を,心からお勧めしたい。
《評者》 平澤 俊明 がん研有明病院上部消化管内科胃担当部長
繰り返し熟読すれば,癌が光って見えてくる!
「スクリーニング内視鏡に絶対的な自信がある」と言い切れる人はどのぐらいいるであろうか。癌を見逃しているのではないかと不安を持ちながら内視鏡検査をしている医師が多いのではないか。
上部消化管の早期癌は背景の炎症に紛れて,診断が難しい病変も多い。そのため,10%を超える上部消化管癌が内視鏡検査で見逃されている。しかも,癌の拾い上げの感度は内視鏡医により大きな差があるのが現状である。つまり,胃癌,食道癌は「見つけないと治せない」が,癌が初期の段階で発見されるかどうかは,内視鏡を握った医師に委ねられている。内視鏡医も日々努力をしているが,上部消化管癌の拾い上げ診断の技術は一朝一夕に身につくものではない。多くの病変を経験することにより早期癌が徐々に発見できるようになってくる。しかし,がんセンターのようなhigh volume centerで勉強する機会を持てる医師は少なく,早期癌の存在診断を勉強する良書もあまりない。
そのような背景から,『百症例式 早期胃癌・早期食道癌 内視鏡拾い上げ徹底トレーニング』(著:吉永繁高)が,医学書院から刊行された。まさに,上部消化管癌の拾い上げに特化した,今求められている書籍といえる。吉永先生は長年,国立がん研究センター中央病院で上部消化管癌の診断と治療に携わり,私もよく一緒に仕事をさせていただいている。研究会での鋭い読影には定評があり,学会や研究会では引っ張りだこの超売れっ子内視鏡医である。その吉永先生の単著であり,これが面白くないはずがない。
I章は,食道癌,胃癌の発見についての総論である。若い先生を長年指導してきた吉永先生は,拾い上げ診断のコツ,ピットホールが何かを十分把握している。拾い上げ診断は,経験的で言語化が難しい領域でもある。それを見事に,わかりやすくまとめている。
II,III章は実践トレーニング――吉永先生の渾身の100本ノックだ。6枚の内視鏡画像から胃癌,食道癌を見つけるクイズ形式で,スラスラとページが進む。「百症例式」という名前の通り,早期胃癌80症例,早期食道癌20症例で,ボリューム満点だ。吉永先生が厳選した良質な症例は,難しい症例も多いが,いずれも拾い上げ診断を勉強する上で重要な症例である。また,解説も非常に明快で読みやすい。この100本ノックを繰り返し受けることにより,理屈ではなく,感覚として胃炎の中に隠れている胃癌に違和感を持つようになるだろう。
内視鏡を握る全ての医師に本書を手に取って熟読して欲しい。明日からの内視鏡で,癌が光って見えてくる!
《評者》 福田 正人 群馬大大学院教授・神経精神医学
トラウマ臨床の具体的な工夫が豊富に盛り込まれた一冊
「『200ページ以上の症例集部分は退屈するのでは』,そうした予想はすぐに裏切られた。『あぁ,やはりこう考えていいんだ』,読みながら繰り返しそう思い,『どのくらいの精神科医が同じように考えるだろうか』,読み終えた今,そう考えている」。
こう書いたのは,6年前の『大人の発達障害を診るということ』(医学書院,2015)の書評であった。今,同じことを,トラウマについて感じている。「トラウマをそこまで拾い上げて診るのだ」と感じた箇所がいくつもあった。それは,「日々の臨床は,発達障害やトラウマを考えずには行えないのではないかというのが実感である」という,編者らの思いに基づいている。
異色なのは,挙げられている症例である。症例集の30例と,編者3人の解説で紹介された23例には,トラウマの実在がはっきりしない症例がある。トラウマの詳細が明確でなかったり,ささやかなトラウマだったりすることがある。治療がうまくいかなかった場合や,すぐに中断となってしまった経過がある。症例集として思い浮かべる,典型例の成功体験とは程遠い。しかしそれこそが,トラウマの臨床の大切な部分である。その具体的な支援や語り口からは,執筆者16人それぞれの経験や人柄が窺われる。
編者の姿勢は,はっきりしている。「多くの精神疾患の背景に,トラウマの要素が隠れており,それに気づかないと治療に難渋しやすく,それに気づくと,治療や支援が見えてくる」「患者の生活や人生に目を向けて話を聞く中で,それに気づき,苦労をねぎらい,適切な説明を行いつつ,時間をかけて回復を支援する治療が求められている」「この基本を専用技法よりも重視した本はまだ見たことがない」,そうした本を編もうとする試みの成果が本書である。
支援の経験から汲み上げられた具体的な工夫が,編者の解説の小見出しとして挙げられている。トラウマへの気づきについては,「何か恐いことがあったのではないかと考えてみる」「トラウマの形について尋ねる」「トラウマ体験を話すか話さないかは患者の決めることである」。支援の基本については,「『保存的』『支持的』アプローチを基本とする」「穏やかな,平和な雰囲気が大切となる」「治療や支援によるトラウマをできる限り作らない」。患者の振る舞いについては,「相談するということや,支援を受け入れるということが難しい」「診察医・医療機関を繰り返し変更することがある」。支援の視点については,「トラウマの延焼を防ぐ」「意味付けの修正」「生活を支援する」「作業療法が安心と安全を再び体験するきっかけになることがある」。
素朴な筆触の野菜の実が,表紙に描かれている。「植物は成長の途上に風雨に打たれ傷んだりしながらも,やがて実りのときを迎える。そのとき,実の傷はなかなかに味わい深い」,そういうトラウマについての思いを表しているという。
ひとつだけ残念なのは,一般向けの書籍『ぼくらの中の「トラウマ」』(ちくまプリマー新書,2020)が遠慮がちにしか紹介されていないことである。受診にまでには至らないトラウマについて書かれたこの新書は,本症例集の考え方の基本を丁寧に述べたものである。タイトルの「ぼくらの」という言葉には,トラウマが多くの人に認められるという意味とともに,過酷な体験の社会における共有という意味が込められている。
どんな分野でも,本当に大切なことは,基本や常識や「当たり前」に忠実なことである。それがトラウマについても変わりないことを,思い出させてくれる本である。
《評者》 仲田 和正 西伊豆健育会病院院長
実臨床で陥りやすい悪手を知り,好手を学べる一冊
今回この本の冒頭の「脳梗塞mimicsを見逃さない!」(p.14)を読んであまりの面白さに引きずられて全て読了してしまいました。通常,GCSのEとVは「E1V1」「E1V2」のように同じくらいの数値のはずであり,Eが良いのにVがガクンと悪かったらそれは失語だというのです。EとVが同じくらいの数字だというのには今まで気が付きませんでした。また「脳梗塞患者の収縮期血圧は140 mmHg以上が多く,低かったら違和感を持ち大動脈解離(右内頸動脈が障害されやすいので左麻痺になる)の可能性を考えよ」というのも真にクリニカルパールです。
その他にも,「急性膵炎」の項(p.160)で紹介されている「高山の圧痛点」(剣状突起とへそを結ぶ中点から左側にある点を正中へ押したときの圧痛)や「Mallet-Guy徴候」(右側臥位にして膵臓以外の臓器を右側腹部に移動させ,心窩部から左上腹部を触診して圧痛を見る)についても全く知りませんでした。「急性腎障害」の項(p.190)では,尿管結石が尿管膀胱移行部にあるとき,カラードップラーを膀胱越しに当てると「twinkle sign」が見られることが紹介されています。これは,ザラザラした物質の場合,石の後方が虹色に輝くというものです。今まで尿管結石では水腎症しか確認しておらず,結石にカラードップラーを当てるなんて思いつきませんでした。また,カラードップラーでは尿が尿管から膀胱に出てくるジェットを確認できます。
今回,数多くの学びがありせっせと私の虎の巻に書き写しました。これで一つ賢くなったと余韻に浸っております。なぜ,本書にこんなに引き付けられたのだろうと考えてみました。まずその切り口にあります。一つの疾患を網羅的,教科書的に解説するのでなく,実臨床でありがちな陥りやすい悪手の例を挙げ,そして好手を解説しています。自分が今まで行ってきた悪手を振り返り,悔い改めることができました。
著者の多くが,救急診療や総合診療に従事されている先生方で,実臨床に悩みもがきながら会得されたコツを披露してくださっています。いろいろな人に話を聞いてみるものだとつくづく思いました。また独断に陥ることなくさまざまなRCT(Randomized Controlled Trial)からその根拠が示されています。
デカルトが「大勢の著者の共著でできた本は,単独著者の本よりもたいてい劣る」と言いましたが,この本は共著が成功した好例です。
《評者》 中川 義久 滋賀医大教授・循環器内科学
このドリルで学べば,君も「知里チルドレン」だ!
ドリル(drill)学習は,一定の法則性がある型を繰り返しこなすことで,知識の効率的な定着を促す効果がある訓練法とされます。算数ドリルや漢字ドリルなど,皆さんもなじみがあることでしょう。
『国循・天理よろづ印 心エコー読影ドリル【Web動画付】』は,単なる心エコークイズや問題集ではありません。基本的な症例から複雑な病態まで,繰り返し学ぶことで心エコーの読影力が飛躍的に向上するドリルです。心エコーは静止画ではなくWebで動画にアクセス可能です。右心カテーテル検査結果などの圧データも多く呈示されているので,心エコーに加えて,血行動態と心不全への知識も整理して身につけることが可能です。
この素晴らしい書籍を執筆・編集したのが「泉知里先生」です。彼女は,奈良県の天理よろづ相談所病院で医師として初期研修から開始し,心エコーを中心として活躍する循環器内科医として成長しました。この病院は当初から心エコーで有名な基幹施設であったわけではありません。泉先生が,一例一例を大切に積み上げ,心エコーのデータを蓄積し,継続的に情報発信することによってポジションを築き上げたのです。そして,国立循環器病研究センターに着任し,この分野を牽引する立場で大活躍するに至っています。
これは,泉先生の個人的な能力とエネルギーだけでなく,多くの協力する人材によって構築されたことを私はよく知っています。私は,現在の滋賀医大に勤務する以前に,天理で泉先生と10年間以上の期間,一緒に仕事をさせていただいたからです。循環器内科の若手医師や臨床検査技師と共に,全ての心エコー症例の動画を見ながら議論し,報告書を作成する「診断会」を積み重ねる様子を頼もしく拝見していました。この心エコー診断会は強制参加ではなく,内容のレベルの高さと,彼女の人を引きつける魅力によって維持されていました。この診断会で泉先生の薫陶と愛情を受けて育った人材が,「知里チルドレン」です。本書の多くは「知里チルドレン」によって執筆されています。この『国循・天理よろづ印 心エコー読影ドリル【Web動画付】』で学ぶことは,泉先生の主宰する心エコー診断会に参加することを意味します。この書籍の行間から,彼女の醸し出す人間力を感じることでしょう。そうです。あなたも「知里チルドレン」に仲間入りです。
本書は,心エコーを初歩から学びたいという若手医師や技師に適していることはもちろんです。さらに,一定レベルを超える知識を持つ者にも,知識をブラッシュアップし,確実なものとするために有用です。本書では,各症例に「難易度」が記載されています。さらに「逆引き疾患目次」や「Learning Pointまとめ」といった工夫も素晴らしいです。きっと「知里チルドレン」の誰かの発案と拝察します。読者の中から,次世代の「知里チルドレン」が登場することを楽しみにして,本書を推薦させていただきます。
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