連合野ハンドブック 完全版
神経科学×神経心理学で理解する大脳機能局在

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脳の高次機能をつかさどる連合野の研究は、これまで神経科学と臨床神経学の両面から進められてきた。本書は前頭連合野、頭頂連合野、側頭連合野それぞれが担う高次機能を、サルの知見(基礎編)とヒトの知見(症候編)から解説。その土台として重要な神経解剖学についても詳しく解説。脳の解明を目指す基礎科学者にも、高次脳機能障害を診る臨床家にも役立つ、ラボとベッドサイドをつなぐこれまでにない1冊。

編集 河村 満
発行 2021年04月判型:B5頁:320
ISBN 978-4-260-04343-4
定価 9,900円 (本体9,000円+税)

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    2021.06.24

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まえがき

 もう40年も前のことになるが,1980年10月27日に,東京・経団連ホールで第57回日本医学会シンポジウムが開催された。タイトルは「大脳連合野の構造と機能」で,当時ジョンズ・ホプキンス大学生理学主任教授であったマウントキャッスル先生の講演も含まれていた。マウントキャッスル先生以外は日本人で,合計8名の演者が講演し,それぞれの講演内容・講演後の討論・総合討論が1982年の日本医師会雑誌に掲載されている(88巻1号7~104頁)。このシンポジウムは基礎と臨床,両方の立場から連合野に関する総合的な議論がなされたもので,構成は本ハンドブックと類似している。全体の組み立てはマウントキャッスル先生の共同研究者であった故・酒田英夫先生(日本大学名誉教授)が中心になってなされたものである。
 これを読むと,当時の本邦「連合野」研究の状況がよくわかる。マウントキャッスル先生は,このとき以前10~20年間の進歩として,西洋わさびペルオキシダーゼ染色法の開発による,大脳皮質の各領野間の線維結合の発見など新しい脳の解剖学の出現,単一ニューロン活動を無麻酔の動物で記録する神経生理学的進歩,それに加えて神経心理学の爆発的な発展などを挙げている。
 そのときはまだPETや機能的MRIなどの機能画像研究はない。MRIや脳血流画像法も準備中の時期で,演者の1人である当時東京大学神経内科助教授の岩田誠先生(東京女子医科大学名誉教授)の研究対象例の画像所見はX線CTのみである。研究手法は現在に比べて非常に限られている。しかし,各演題討論・総合討論をみると,例えば当時浜松医科大学脳神経外科教授の植村研一先生(浜松医科大学名誉教授),当時大阪大学精神科の故・田邉敬貴先生と岩田誠先生との議論などは,その後の脳研究の方向性を示す充実した内容である。活気にあふれた発言とそれに対する応答という,はつらつとした意見交換の場の熱気が紙面からも伝わってくる。また,当時生物科学総合研究機構長の故・勝木保次先生と東京大学神経内科教授であった故・豊倉康夫先生司会の総合討論内容は,本ハンドブックに記載されている最新の研究成果をこのとき既に指摘する,鋭い先見性を含んだ議論が多い。
 本ハンドブックには,1980年のシンポジウムを基礎にして発展した本邦連合野研究を基礎,臨床の両サイドからレヴューした論文を収載できた。この40年間の脳科学研究の成果はまさに瞠目に値する。しかし,「連合野」概念の樹立には,マイネルトやフレクシッヒ,さらにデジュリンの素朴な観察,丹念な記載,そして研究継続の強い意思があったことを忘れてはならない。それら歴史的事実を私自身の観点から序章に記載した。またこの本の中核部分であるPart 1~3では「連合野」の現在地を基礎と臨床の両サイドから示すことを目指した。さらに終章では,畏友福武敏夫先生(亀田メディカルセンター脳神経内科)に私論として「連合野」の未来を思い描いていただいた。
 さて,本書が生まれたいきさつについて少し触れておくことにしたい。以前に私が医学書院『BRAIN and NERVE』誌の編集主幹を務めていた折,同編集委員の故・泰羅雅登先生(元東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科認知神経生物学分野教授)の発案で「連合野ハンドブック」という増大特集を企画した(2016年68巻11号)。幸い非常に好評であり,いずれ続編として「症候編」も企画したいと編集会議で相談していた。雑誌での企画は,泰羅先生の急逝などで実現しなかったが,その代わりに本ハンドブックが完成した。このモノグラフは,『BRAIN and NERVE』の「連合野ハンドブック」増大特集の「完全版」という位置づけもできるのである。
 最後に,当時の『BRAIN and NERVE』担当編集者の1人で,本モノグラフの担当でもある医学書院小藤崇広氏に深謝したい。

 2021年2月
 編集 河村 満

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序章 連合野とは何か?――「連合野マップ」の提示と「領野の数字」についての考察

Part 1 前頭連合野
 前頭連合野の神経解剖学
 認知機能
  基礎編 既知から未知を見出す脳メカニズム
  症候編 人間らしさを失う
 運動機能
  基礎編 運動を制御するための認知メカニズム
  症候編 動かし方を失う
 言語機能
  基礎編 言語を生み出す脳メカニズム
  症候編 ことばを失う
 情動・動機づけ機能
  基礎編 報酬と社会性の脳メカニズム
  症候編 やる気を失う

Part 2 頭頂連合野
 頭頂連合野の神経解剖学
 身体知覚
  基礎編 身体を感じる脳メカニズム
  症候編 身体がわからない
 空間知覚
  基礎編 外界を捉える脳メカニズム
  症候編 形がわからない
 運動視
  基礎編 動きを捉える脳メカニズム
  症候編 動きがわからない

Part 3 側頭連合野
 側頭連合野の神経解剖学
 視覚情報処理
  基礎編 見てわかる脳メカニズム――反応選択性,知覚への因果的関与,サブ領域構造
  症候編 見えているのにわからない
 聴覚情報処理
  基礎編 聴いてわかる脳メカニズム――霊長類を題材として
  症候編 聞こえているのに聞こえない

終章
 連合野私論――これからの連合野研究に向けて

症例索引
事項索引
人名索引

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“不思議な”症状に遭遇するセラピストに薦めたい一冊
書評者:花田 恵介(医療法人錦秀会阪和記念病院リハビリテーション部)

 神経科学は,PT,OT,ST(セラピスト)が脳機能を理解し,リハビリテーション介入を計画する上で欠かせない。脳損傷後のリハビリテーションにおける革新的な治療機器開発においても,その理論的根拠は神経科学の知見によるところが大きい。しかし,一人ひとりの患者が見せる症状は,統制された実験環境における反応よりもはるかに複雑で,一見では整理しがたいように思う。また,われわれは,「目の前の患者がなぜそのような症状を見せるのか?」を説明したいとき,神経科学の表面的な示唆だけをすくい取って曲解しがちである。本来であれば,患者の症状が真にその知見と合うかどうか,細かく症候を鑑別すべきである。

 他方の神経心理学は,脳損傷患者の神経症状をどう鑑別し,患者の理解につなげるかを教えてくれる,臨床現場に密着した知見である。しかし,神経心理学的な知見のみでは,リハビリテーションを系統的に計画するための材料が不足しているように思う。われわれには,急速に進歩する基礎研究の知見を取り入れ,脳損傷ではそれがどう症状として反映されるかを注意深く観察,記述していくことで,隔たりを埋めていく作業が求められている。

 本書は,その相補関係をまさに表現している。そして,大脳連合野の神経学における過去(歴史),現在,そして未来(課題)が示されている。この2点が,本書の大きな魅力である。まず,本書の編者である河村満先生が,連合野研究の歴史を解説なさっている。私が学生時代,当然のごとく学んだ用語や概念がどういった変遷を経て成立したかを知ることができる。当時ブラックボックスとされてきた脳機能が,現代の技術でより詳しく説明できるようになったが,だからと言って,人間の脳が昔と現代で大きく変わった訳ではない。過去の神経学者は,特殊な機器がなかった代わりに,現象をきめ細やかに記しているし,それは現代にも十分通用する考え方である。「古を以て鏡と為せば,以て興替を知る可し」である。

 本書のメインテーマである「連合野」については,前頭・頭頂・側頭に分けられ,各連合野の解剖と神経科学,神経心理学の現在がセットで論じられている。他の書籍の中には,神経科学と神経心理学の双方の視点が整理されずに書かれているものもあるが,本書は「基礎編」と「症候編」でそれぞれの立ち位置が明確である。基礎編では各領野における研究の変遷から最近の知見が示されている。また症候編では,諸先生方の豊富な自験例が提示されており,読者はそれを読めば,患者の症候をどのように鑑別すれば良いかがわかる。

 終章である「連合野私論」は,福武敏夫先生がご執筆されている。長きにわたり臨床神経学を体現してこられた先生の自験例から,まだ明らかにされていない神経心理症候の可能性が示されている。福武先生がお示しになっている「今後の課題」は,私たちが未来の臨床で明らかにすべき命題だと思う。

 セラピストは,他の医療職よりも同じ患者に長く接する機会が多く,それゆえ患者が見せる“不思議な”症状に遭遇する頻度も高いはずである。この分野に携わるセラピストであれば,ぜひ長く手元に置いておき,折に触れて参照したい。


編者のセンスが光る,連合野を理解するための決定版
書評者:三村 將(慶應大教授・精神・神経科学)

 本書は雑誌『BRAIN and NERVE』の68巻11号(2016年11月号)の同名の増大特集をもとに大幅に改稿,加筆されたものである。この増大特集は主に基礎研究の神経科学領域を扱ったものだが,発刊当初から大変な人気を博し,翌年の69巻4号(2017年4月)の増大特集「ブロードマン領野の現在地」とともに,今日に至るまで同誌の累計売上のトップにランクされている。本書を編集なさった河村満先生は当時この雑誌の編集主幹であった。先生は神経科学,神経心理学のトップランナーであるのみならず,時流に乗ったこの種の企画をご自身で組み立てるのはもちろん,他の編集委員が出した素案を磨き上げ魅力的な企画にするのも本当にお上手だ。「連合野ハンドブック」にしても「ブロードマン領野の現在地」にしても,読者の琴線に触れる絶妙の企画であったと思う。編集委員の一人として私もこのようなベストセラーが誕生する場に居合わせることができたことをとてもうれしく思っている。

 とはいえ,この書籍『連合野ハンドブック 完全版』は『BRAIN and NERVE』の特集企画とは,根底のコンセプトは同じでも,臨床-症候面が加わり,ボリュームも内容や構成もまるきり違っている。前頭連合野,頭頂連合野,側頭連合野という3つの連合野が担う高次脳機能を詳らかにするという意図は雑誌から受け継いでいるが,まずそれぞれの連合野の神経解剖学的解説があり,その後に各セクションが基礎編と症候編に分けられている構成が目を引く。例えば,前頭連合野に関しては,認知機能,運動機能,言語機能,情動・動機づけ機能について,サルの研究に基づく神経科学的知見(基礎編)とヒトの神経心理学的研究に基づく臨床的知見(症候編)が対になって解説されている。河村先生らしいセンスは基礎編のタイトルが全て「脳メカニズム」,症候編のタイトルが「失う」「わからない」で終わっていることにも見て取れる。このように基礎-症候が対比されて記載されているので,読みやすいだけではなく,複雑な事象を理解するのに相補的というより相乗的に役に立つ。言うまでもなく,執筆者は当代随一の研究者たちである。なお,巻末に事項索引,人名索引と並んで症例索引があるのも秀逸である。興味を引かれる症状に出合ったとき,この症例索引からその臨床像へ,そして連合野のメカニズムへと逆算していける。この一冊は脳の解明を目指す基礎科学者と高次脳機能障害を診る臨床家とを橋渡しして,相互交流・相互理解からさらなる研究の発展を生み出していくことだろう。

 私自身は前任の昭和大に勤務していたとき,河村先生には実にさまざまなことを教えていただいた。特に,汐田総合病院で開催されていた神経心理カンファレンスでは,毎回の症例の背景にある脳のメカニズムへの洞察と,関連する古今東西にわたる該博な知識,さらにそれを後進にわかりやすく伝えていく教師としての姿勢にいつも感心させられたものだ。そのようなエッセンスはまさにこの『連合野ハンドブック 完全版』の序章「連合野とは何か?」に余すところなく示されている。その中で河村先生は平山惠造先生の1988年の総説を引用して「silent area(無症候域)」に触れている。この30年で大脳の症候学は大きく進展し,silent areaは影を潜めてきているが,それでも大脳連合野にはまだまだ機能が未解明の領域が残されている。河村先生の盟友である福武敏夫先生の終章「連合野私論」を経て,これからさらに基礎と臨床の研究者の協働により,連合野の機能が解明されていくことを確信している。


「連合野」を得意分野にしたい全ての人に
書評者:北澤 茂(大阪大学大学院 教授・生理学講座)

 私は生理学の教師をしているのだが,「連合野」には苦手意識があることを告白する。「感覚野」や「運動野」に比べて「連合野」の何と教えにくいことか。『医学大辞典』(医学書院)によれば大脳連合野とは「第一次感覚野と第一次運動野を除く大脳皮質領域」であるという。つまり「教えやすい領域を除いた残り」が連合野なのだ。しかし,本書のおかげで,「連合野」が私の得意分野に生まれ変わるかもしれない。

 まず,序章が素晴らしい。「連合」という言葉に込められた思想の歴史が,19世紀後半のマイネルト(マイネルト基底核のマイネルト!)にさかのぼって活写されている。序章を読んで目を見張ったのは,マイネルト,フレクシッヒ,デジュリン,ゲシュヴィンドという連合野の巨人たちが皆「線維」に注目していた,という事実である。マイネルトの自著の表紙に掲げられた大脳内側面には剖出された連合線維が描かれていた。フレクシッヒは線維の髄鞘形成の順序に着目して脳地図をつくった。デジュリンは自身の脳解剖アトラスに白質内の神経路を精緻に描き込んだ。ゲシュヴィンドはフレクシッヒの「連合」概念を引用して連合線維の切断によって生じる臨床症候を「離断症候群」として理論化した。

 本書は「前頭連合野」「頭頂連合野」「側頭連合野」の3パートで編成されている。いずれのパートも「神経解剖学」から始まる。そこに詳細な「連合線維」が描かれているのは「連合」の歴史を踏まえれば当然のことである。局在する機能を営む連合野の領域の一つ一つが,連合線維が形づくる大脳皮質ネットワークのハブ(要衝)なのだ。

 「神経解剖学」に続く各論の特徴の第一は機能別編成になっていることである。前頭連合野は「認知」「運動」「言語」「情動・動機づけ」の4機能。頭頂連合野は「身体知覚」「空間知覚」「運動視」の3機能。側頭連合野は「視覚情報処理」と「聴覚情報処理」の2機能である。焦点が絞られていてわかりやすい。そして二つ目の,おそらく最大の特徴は,それぞれの機能が「基礎編」と「症候編」のペアになっていることである。神経科学者が解説する基礎編と,臨床の専門家が解説する症候編が,互いに引用し合うことで有機的に結び付いている。そのため,両者を一読するだけで連合機能がふに落ちていく。副題の『神経科学×神経心理学で理解する大脳機能局在』に偽りがないことを私は身をもって体験した。

 ハンドブックという言葉の通り,気軽に手に取って,知りたい機能の基礎編と症候編をペアで読むというのが一つの読み方である。基礎と臨床のいずれの専門家でも,極めて得るところが大きいだろう。しかし,私が教える医学部の学生には,序章から終章までの通読を勧めたい。壮大な「連合野」の全体像が,思想的な背景から将来の展望も含めて,若い頭脳の中に構築されること請け合いである。もちろん,医学生に限らない。神経科学を志す全ての学徒に一読を,心からお薦めしたい。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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