医学界新聞

ケースで学ぶマルチモビディティ

重要なポイントの変化に気付く

連載 大浦 誠

2021.04.12 週刊医学界新聞(レジデント号):第3416号より

52歳女性。50歳の夫と25歳の長男夫婦と4人暮らし。家族で飲食店を営んでいる。40歳より高血圧症,肥満症,アルコール性脂肪肝,脂質異常症,慢性腎臓病,骨粗鬆症,不眠症を指摘されて一般内科に通院中。45歳の健康診断でHelicobacter pylori感染胃炎を指摘され除菌治療を受けている。嗜好歴は喫煙歴なく,日本酒は0.5合/日であった。ADL・IADLは自立している。朝食と夕食の準備・洗濯・掃除を担当し,長男の妻との関係も良好である。寝る前に夜食を食べて日本酒を少し飲むのが楽しみであった。最近,1日数回の顔や胸のほてりを自覚し,睡眠の妨げになることから更年期障害を心配している。

【処方薬】一般内科でエナラプリル,ベニジピン,ロスバスタチン,レバミピド,カルシトリオール。

*本連載第8回「骨格/関節/消化器パターン」のCASEを10年巻き戻したものです。「マルモのプロブレムリスト」は第8回をご参照ください。

 今回のテーマは女性の更年期障害のマルモです。閉経後では,加齢に伴うサルコペニアやフレイルや骨粗鬆症により骨折の発生率が増加し,持病も増えることはイメージしやすいのではないでしょうか。すなわち婦人科疾患と整形外科疾患の組み合わせとも言えます。マルモは一見すると関係のない複数の疾患が存在する状態ですので,どのような疾患が併発することが多いのかを知っておくと,事前に注意するポイントが見えてきます。

 なお,今回の症例はあくまで生物学的な意味での女性の更年期障害を指しますが,男性でもテストステロンの低下により精神状態が不安定になったり,異常な発汗やほてり,めまいや性欲減退などの症状が現れる加齢男性性腺機能低下症候群(late-onset hypogonadism:LOH症候群)があります1)。一般的な更年期障害の情報は成書をご覧いただき,本稿では更年期障害の女性を見た時に考えるマルモについて紹介します。

 マルモと更年期障害の関連を調べたブラジルの横断研究では,45~60歳の女性の53%がマルモであり,49.6%が性機能障害を認めましたが,マルモと性機能障害の関連は見られませんでした2)。40~59歳の女性を対象にしたチリのコホート研究では,約28年間の追跡で49.7%にマルモがあり,肥満のほうが閉経よりもマルモのリスク因子(OR:2.48)になっていることが知られています3)。同研究では資格を必要としない仕事に就いていることもマルモと関係している(OR:2.18)としており,健康の社会的決定要因(SDH)との関係もあるかもしれません。中年女性を対象にした研究では,慢性疾患が1つもない人は7.3%しかおらず,1つ増えるごとに身体機能が4.0%悪化しているという報告もあります4)

 一方で両側卵巣摘出術が女性のマルモのリスクになるのではないかという研究があり,18もの慢性疾患との相関関係が示唆されています5)。オーストラリアのコホート研究では,早期閉経(40歳以下)の女性は50~51歳で閉経を経験した女性と比較して60歳までにマルモになる確率が約2倍(OR:1.98)で,60歳代でマルモになる確率が3倍(OR:3.03)でした6)。加齢以外にも更年期障害がマルモに関与している可能性もあるのならば,早期閉経の女性に対して将来マルモになる可能性を考え,包括的なスクリーニングと評価を検討する必要があるかもしれません。

 更年期症状を呈する乳がんの術後内分泌療法中の患者の中でも自己効力感の低く性的問題(膣の乾燥,性交時疼痛)が強い場合,パートナーがいない女性はパートナーのいる女性よりも心理社会的QOLが低いことも知られています7)。もし可能であれば更年期障害の方に対してパートナーの有無を聞いてみることも検討してみましょう。

 これらのことから,更年期障害のマルモと言っても,単に加齢や肥満やフレイルと関連しているだけなのか,早期閉経やホルモンバランスの変化がマルモとの独立した関連因子なのかは,まだ結論が出ていません。

 本CASEはほてりという,更年期障害の症状で最も一般的(80%)な症状のみでしたが,その治療のために医師の診察を求めるのは20%~30%と言われています8)。45歳以上の健康な女性であれば診断を下すのにFSHの測定は必要なく,他の要因(薬剤・カルチノイド症候群,褐色細胞腫,悪性腫瘍など)がない12か月の無月経という病歴で診断されます。40歳未満の場合は早期卵巣不全などが考えられますし,45歳未満でも多嚢胞性卵巣症候群や視床下部性無月経などの月経周期機能障害の他の原因を調べるためにhCGやPRL,TSHを確認することもあります。

 治療に関するUpToDateの記載には,更年期障害に対して通常の活動を妨げないほてりは薬物療法を必要とせず,環境の調整やトリガーとなる食事やストレスの回避,肥満であれば減量するなどの生活のアドバイスや認知行動療法,ビタミンE,ブラックコホシュなどのハーブや鍼治療などの補完代替療法,重症であればホルモン療法やSSRI/SNRIなどが推奨されています9)

 患者さんは,人生において抱える慢性疾患が少しずつ増えていきます。本CASEのように52歳では更年期障害の悩みがありましたが,10年経つと消化管出血や変形性膝関節症などが中心になるわけです(本連載第8回参照)。

 これはマルモのアプローチの本質的なところなのですが,患者さんはこれまでどのように病気とかかわってきたのか,そして今後どんな病気が増えていくのかを意識することが,マルモを理解するということです。例えば,更年期障害をどうやって乗り切ったのかという情報は,マルモのバランスモデル(本連載第2回参照)のレジリエンスを確認することに通じます。「障害があってもなんとかうまくやってきた」という物語を理解すると,今後何か大きな病気になったときにどうやって乗り越えるだろうかという予想ができて,バランスモデルで足りないものを補うことができるのです。

 一方で,この患者さんは10年後にどのようなマルモになっているでしょうか? 家族の人数は増えているでしょうか? 家庭における役割はあるのでしょうか? 疾患はマルモパターンで推測できるのでしょうか? 本連載第8回をご覧いただければその答えは書いてあるのですが,では20年後はどうなっていると思いますか? 未来を見通すことができれば,どの疾患を中心に管理すればよいか,あるいはバランスモデルをどうすればよいのかが見えてくると思います。

 更年期障害の症状は軽症であるものの,どう考えているのか尋ねると「もともと睡眠障害があるので睡眠に支障があると困る」ということであった。それにどう対処しているのか尋ねると,「寝る前に少しお酒を飲む」という行動になっているようであった。

 バランスモデルを頭に浮かべると,飲食店の手伝いと家事の役割を続けることも重要であるため,家族によるサポートは現時点では不要で,飲酒行動を別のものに変えて減量し,成功体験を積み重ねることでレジリエンスを高められないかと考えた。

【足し算】睡眠衛生指導,食事指導,無呼吸モニター装着。

【引き算】家族によるサポートの強化は現時点では不要。

【掛け算】お酒が睡眠にも悪影響である可能性や,肥満解消による仕事の身体的負担や更年期障害のほてりの改善,睡眠時無呼吸があれば睡眠にも影響し得ることを説明。

【割り算】肥満,飲酒行動,睡眠障害,更年期障害,仕事の疲労の問題を,夜間の飲酒と夜食にプロブレム整理した。

 家族で営む飲食店での賄いを食べないようにし,夜の飲酒も減らして安眠が得られるか試してみることになった。結果的に体重が減り,ほてりの改善と安眠も得られるようになり,仕事の疲れも軽減され家族を支えているという自信につながった。

・更年期障害が独立したマルモのリスク因子なのかは結論が出ていない。
・早期閉経はマルモに影響を与えるかもしれない。
・現在だけでなく過去と未来のマルモも意識しよう。


1)日本泌尿器科学会/日本Men's Health医学会「LOH症候群診療ガイドライン」検討ワーキング委員会.LOH症候群――加齢男性性腺機能低下症候群診療の手引き.じほう;2007.
2)Menopause. 2016[PMID:26506501]
3)Maturitas. 2020[PMID:32498936]
4)J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2020[PMID:31732730]
5)J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2017[PMID:28329133]
6)Hum Reprod. 2020[PMID:31955198]
7)Menopause. 2019[PMID:30994574]
8)UpToDate. Clinical manifestations and diagnosis of menopause.
9)UpToDate. Menopausal hot flashes.

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