事例で学ぶくすりの落とし穴
[第6回] 薬剤の胎児に与えるリスク
連載 萩原 櫻子,池田 龍二
2020.12.14
事例で学ぶ
くすりの落とし穴
与薬の実践者である看護師は「患者さんを守る最後の砦」です。臨床現場で安全かつ有効な薬物治療を行うために必要な与薬の知識を,一緒に考えていきましょう。
[第6回]薬剤の胎児に与えるリスク
今回の執筆者
萩原 櫻子,池田 龍二(宮崎大学医学部附属病院薬剤部)
監修 柳田 俊彦
(前回よりつづく)
妊娠・授乳期の薬物療法では,胎児・乳児への影響を考慮する必要があります。母親自身も胎児・乳児への影響を考えると不安や心配が絶えないものです。今回は2つの事例を通して,妊娠と薬について一緒に考えてみましょう。
事例2 妊娠5週のBさん。2~3週間前に妊娠に気が付かず市販の頭痛薬と胃薬を内服した。胎児への影響がないかを心配している。
押さえておきたい基礎知識
病気もなく薬剤の使用もない健常妊婦においても,先天異常(奇形)の自然発生率は約3%,流産の自然発生率は約15%存在すると言われています1)。これらの値はベースラインリスクと呼ばれ,薬剤による胎児への影響を考える際には,薬剤の使用がこのリスクを上回るか否かで評価・検討を行う必要があります。
では,薬剤の使用は先天異常(奇形)や流産にどのくらいの影響を与えるのでしょうか。先天異常(奇形)を引き起こす原因は,内因因子(染色体異常,遺伝子異常等)と外因因子(母体疾患,薬剤,化学物質,放射線等)の大きく2つに分けられます。内因因子によるものが10~25%,外因因子によるものが5~10%,残りの65~75%の先天異常は原因がわかっていません2)。その中で薬剤による先天異常は,発生率全体の1%程度と言われています。ただし全ての薬剤に催奇形性があるわけではありません。ほとんどの薬剤にはベースラインリスクを何倍にも高めるようなリスクはなく,注意すべき薬剤はごく一部です。
また,薬剤の胎児に与えるリスクは薬剤自体の毒性のほかに,妊娠中のどの時期に使用したかによっても変わります。妊娠週数と胎芽・胎児の器官発生時期を図3)に示します。妊娠中の薬剤使用による胎児への影響は,催奇形性と胎児毒性に分けて考える必要があります。妊娠3週までは,「All or None」(全か無か)の時期と呼ばれ,この時期に胎児に影響を及ぼす可能性のある薬剤を使用し,有害な影響があった場合には,受精卵が着床しない,もしくは流産となります。逆に流産にならなかった場合には,薬剤の影響が残ることはないと考えられています。妊娠4~15週までは妊娠初期と呼ばれ,重要な臓器が形成される時期です。そのため,催奇形性に対して最も過敏な時期になります。妊娠16週~分娩までは,薬剤による催奇形性の心配は少なくなりますが,胎児毒性が問題となる時期です。ぜひ覚えておいてください。
図 胎生時期の器官形成と薬物の影響(文献3より)(クリックで拡大)
こんなところに落とし穴
母親の薬剤の使用が胎児にどの程度影響を及ぼすかという判断は容易ではありません。添付文書に記載される妊婦への投薬の可否は,動物実験の結果をもって判断されますが,動物実験での結果がヒトにそのまま当てはまるわけではないからです。そのため,偶発的な妊娠時の内服症例や継続内服の必要があった症例のデータを集め,疫学的に解析を行うことで催奇形性等のリスク判断がなされています。
その一方で,ヒトにおいて明らかな催奇形性や胎児毒性が認められている薬剤もあります。表に示すような薬剤は,基本的に妊娠中の使用は禁忌です。例えばワルファリンは,軟骨の発育不全による奇形と中枢神経系への影響が知られています。軟骨の発育不全は,妊娠初期での薬剤使用との関連が,中枢神経系の異常は妊娠中期以降との関連が考えられています。このため妊娠中に血液凝固のコントロールを行う場合には,ワルファリンの継続使用ではなく,ヘパリン類が選択されます(註1)。 ...
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