医学界新聞

名画で鍛える診療のエッセンス

連載 森永 康平

2021.01.11 週刊医学界新聞(レジデント号):第3403号より

 第2回では「みる時間を増やす」,第3回では「事実と解釈を区別する」ことによって,視覚情報から引き出す気付きの増やし方や吟味の仕方を紹介しました。今回は次の Step として,自分が持っている情報を相手にうまく伝えるための方法を考えてみましょう。

 人は細部の情報に目が奪われると,背景や舞台などの大枠が抜け落ちた不十分な情報伝達に陥りがちになります。その情報を知らない人に短時間で的確に伝えるには,「大枠から細部へと一連の流れで伝える」コツが有用です。絵画では,①作品の画法(油彩画/水彩画なのか,写実的/抽象的/印象派的なのか),②描かれた場の設定(時代,国,天気はどうか),③大まかな構図(どこで,誰が,何をしている絵なのか),④それぞれの人物の細かい描写,という順序で話すだけでも,相手の理解の助けになるのです。

 カラヴァッジョの「いかさま師」()を見てみましょう。この絵について情報のない相手に伝える際,右の少年に注目して「少年が背中にハートの5のカードを隠し持っている絵だ」と言っても,当たり前のように前提としている情報を持っていない相手は全体像をイメージできません。そこで「大枠から細部へと一連の流れで伝える」コツに則って以下のように伝えてみましょう。

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 いかさま師(カラヴァッジョ)

 「油彩画の写実的な絵画。服装から考えると舞台は中世ヨーロッパだろうか。室内のような場所で3人の男女がトランプに興じている。絵の左奥側には婦人とカードを後ろから覗き込む口ひげのある紳士,テーブルの角を挟んで右手には羽つきの帽子をかぶった少年がいる。テーブルにはコイン状のものが積み重なっており,賭けトランプかもしれない。少年は背中にハートの5のカードを隠し持っている」……いかがでしょう。絵を知らない人でも,描かれた状況を想像しやすいのではないでしょうか。流れをほんの少し意識するだけで,明確かつ効率よく伝えられるようになります。また何かを見る際に最初から「相手に伝えること」を意識していれば,物事の全体像を見逃さずに済むとも言えます。

 これは臨床現場でのコミュニケーションでも非常に有用なテクニックです。例えば脳梗塞を疑う患者さんを専門科医に相談する状況を考えてみましょう。「患者はタバコを1日60本吸っていて飲酒歴はない,血縁者にも脳梗塞の発症者はいない70歳の男性で……」と細部の説明から始めても相手にはうまく伝わりません。「特に既往のない70歳の男性。普段はADLが保たれていて一人で生活できている。昨日までは全く症状がなかったが今朝起床時から呂律が回らず,左半身に力が入らないために受診した」と大枠から説明すれば,相手は患者の全体像をとらえやすくなります。

 医療業界に限らずわが国では伝統的に「あうんの呼吸」「以心伝心」が重視されてきました。これにはシンプルな内容であれば会話を効率よく省略できるメリットもありますが,時代は変わってきています。社会情勢や制度に続いて人々の持つ背景も複雑化し,多職種・他専門家との連携がますます欠かせないものになっています。そして互いの理解をそろえ,連携を円滑にするには,言葉を用いた情報交換が不可欠なのです。私たち医療者にこそ,齟齬なく情報と意図を伝える技術が必要なのではないでしょうか。

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