看護におけるコンフリクト・マネジメント
対立を乗り越え,より良い組織を築く
対談・座談会 鈴木 有香,松浦 正子
2025.09.09 医学界新聞:第3577号より
臨床現場にはさまざまな職種の医療職に加えて患者・家族といった背景の異なるステークホルダーが存在しており,また近年,働き方・国籍などの多様化が進んでいます。そのため人と人との衝突,コンフリクトをマネジメントするスキルが,看護管理者にはいっそう求められるようになっています。本紙では,長く管理者として臨床で働きながら,多様性とコンフリクトをキーワードに研究・発信を続けてきた松浦氏,コンフリクト・マネジメント,ダイバーシティ&インクルージョンを専門とし,大学での教育・社会人研修に従事する鈴木氏の対談を企画。コンフリクトの効果的なマネジメント方法を考えました。
松浦 私は長年臨床に携わり,1996年から5年間看護師長を務めていた際,対立や揉め事,つまりはコンフリクトの処理に追われる日々でした。その中で,コンフリクトが適切にマネジメントされれば組織に良い影響をもたらすことを知り,大学院に進学して看護師長のコンフリクト・マネジメントに関する研究を行いました1)。その後,副看護部長,副病院長兼看護部長などを経て,現在は看護管理者を対象としたコンフリクト・マネジメント研修を担当しています。
鈴木 私は現在,日本で大学教員をしていますが,もとは米国の大学で日本語を教えていました。その中で,日々起こる対立は言語の障壁に原因があるのではなく,文化の違いにより生じている問題であることに気づき,学び直しに訪れたニューヨークのコロンビア大学でコンフリクト・マネジメントに出合いました。1990年代当時の日本では「コンフリクト」という語自体が浸透していませんでしたが,来たるグローバル化を考えると日本社会にとっても不可欠の考え方だと直感しました。帰国後,さまざまな業界でコンフリクト・マネジメントやメディエーション(註)の訓練に携わり,今は日本の文脈に合わせた教育プログラムや教材開発に関心を持っています。
松浦 議論の前提として,コンフリクトがどのようなものであるかについて,鈴木先生より簡単にご解説いただけますか。
鈴木 コンフリクト(conflict)とは一般的に,個人間,集団間,組織間で目標,価値観,利害などが食い違うことによって生じる対立や衝突を指します。日本語では「紛争」「葛藤」「衝突」などと訳されることもあります。一見ネガティブなものととらえられがちですが,適切にマネジメントすることで組織の成長や個人の学習につながる創造的な機会となる可能性を秘めています。
松浦 現在の看護臨床では多職種連携が不可欠であり,患者さんの生命や健康にかかわる重要な意思決定が日々行われるため,コンフリクトが生じやすい環境にあります。しかし,こうした一般化がどこまで適切かはわかりませんが,日本の組織においては対立を表に出すことを避ける傾向があるように感じています。この対談では,そうした日本の背景も踏まえながら,看護領域におけるコンフリクトの効果的なマネジメント方法について考えていければ幸いです。
まずはコンフリクトの存在を認めるところから
松浦 鈴木先生が米国から帰国された際,今後の日本にコンフリクト・マネジメントが不可欠になると考えたきっかけは何かあったのでしょうか。
鈴木 日米の違いを感じたことが契機です。米国では,対立がわかりやすい形ではっきりと表出するんですね。対立がそこにあることを認識した上で,その対処を考える。帰国した日本で驚いたのは,対立が存在することを見ようとしない,見えないふりをする,存在を認めないといった人々の姿勢でした。実際に,コンフリクトに関するコロンビア大学の教科書をアレンジした企画を持ち込んだ複数の出版社から「コンフリクトなんてうちの会社にはありませんよ」と言われました。「コンフリクトの存在を認めること自体が恥」という,1990年代当時の日本社会の傾向を象徴するエピソードです。グローバル化に伴い文化的背景の異なる人々のコンフリクトが増えることが予想されますから,日本においても対立を認め,可視化することが必要だと強く思いました。
松浦 ちょうど,私が看護師長としてコンフリクトの研究に取り組もうと考えた時期と重なります。私は看護師長時代,対立処理に明け暮れる毎日にやや疲弊していたのですが,そんな折,スティーブン・ロビンス『組織行動のマネジメント――入門から実践へ』で「コンフリクトと交渉」という章に出合い,その重要性を痛感しました。コンフリクトに関する文献を読み進める中で,「看護管理者の仕事の2割はコンフリクト・マネジメントだ」との記述を目にし2),「これは自分の仕事なんだ」と考え,研究対象とするに至りました。
ただ,研究調査を行う中で看護師長に「コンフリクトについて語ってほしい」とお願いすると,「コンフリクトって何?」という反応が返ってくるんです。しかし,「交渉でカチンときた場面について」と具体的に尋ねると,「いっぱいあるわよ」と話してくれました。話を伺うと,コンフリクトがコンフリクトとして言語化されていないだけで,優れた対処行動をとっている看護師長はたくさんいたのです。組織としては「対立などとんでもない」という建て前を堅持する一方で,現実には対立が頻発していてそれに巻き込まれる看護管理者は優れた対処技術を持っていた。そのことを世に知らしめたくて,研究を進めました。
鈴木 企業でも,偏ったジェンダーバランスの中で女性が意見を言えない問題や,パートタイム労働者の増加による正社員との対立など,さまざまな形で存在するコンフリクトが長年隠されてきました。医療領域は,異なる職種間での権力構造が特徴的だと感じます。各業界でコンフリクトの具体的な現れ方は異なるものの本質は共通すると,さまざまな業界で研修・教育に携わる中で実感しています。
ファシリテーションによる擦り合わせ
松浦 現在の病院組織では多職種によるチーム活動が活発です。以前は医師と看護師の間での対立が圧倒的に多かったものの,近年は病棟薬剤師や社会福祉士,理学療法士など,多様な専門職が加わり関係がより複雑です。そのため,部門間のコンフリクトが管理者にとって大きな課題となっています。さらに,職種だけでなく,時短勤務など働き方の多様化が進む中で,価値観の異なる人々が互いの違いに接しており,その中で生じる対立の様相も時代とともに変化しています。
鈴木 チーム医療において興味深いのは,専門職によって見えるものが違う点です。同じ患者さんを見ていても,看護師と医師では注目するポイントが違っていて,それぞれが異なる解釈をしているわけです。これが,価値観の違いとは別に,専門性からくる認識のずれとしてコンフリクトの原因になることがあります。ビジネスにおける会議でも同様に,同じ資料を共有してもその解釈が人によってずれることがよくあります。ファシリテーターや司会者は,まず共通の認識を擦り合わせることから始めなければ,議論が前に進まないことが多いですね。
松浦 おっしゃるとおり,認識のずれが対立点になっていきます。病院では多職種によるチームカンファレンスが頻繁に行われますが,それぞれの職種が持つベースの考え方が異なることから,特に退院調整やペインコントロール,治療方針などを巡って意見が衝突しがちです。
私が問題だと考えるのは,自分たちのやりたいことが目標になってしまい,「何のために」という目的が共有されていないまま,互いが自身の言い分を主...
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

松浦 正子(まつうら・まさこ)氏 大阪信愛学院大学看護学部看護学科 教授
2010年神戸市看護大大学院博士後期課程看護組織開発学修了。博士(看護学)。琉球大病院,神戸大病院看護師長,同院副病院長/看護部長,日赤豊田看護大看護学部看護管理学領域教授などを経て,23年より現職。『看護サービス管理 第5版』(医学書院)など編著書多数。

鈴木 有香(すずき・ゆか)氏 桜美林大学リベラルアーツ学群 准教授
1997年米コロンビア大ティーチャーズカレッジ国際教育開発プログラムにて修士号を取得。早大紛争交渉研究所招聘研究員などを経て,2021年より現職。『人と組織を強くする交渉力』(自由国民社),『コンフリクト・マネジメントの教科書――職場での対立を創造的に解決する』(東洋経済新報社)など,著書・訳書多数。
いま話題の記事
-
対談・座談会 2025.12.09
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
厳しさや大量の課題は本当に必要か?
教育現場の「当たり前」を問い直す対談・座談会 2025.12.09
-
インタビュー 2025.12.09
-
対談・座談会 2025.12.09
最新の記事
-
厳しさや大量の課題は本当に必要か?
教育現場の「当たり前」を問い直す対談・座談会 2025.12.09
-
対談・座談会 2025.12.09
-
対談・座談会 2025.12.09
-
インタビュー 2025.12.09
-
ロボット,AIとARが拓く看護・在宅ケア
安全はテクノロジーに,安心は人に寄稿 2025.12.09
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。