動画・音声教材が変える学びのアプローチ
対談・座談会 松山 泰,鋪野 紀好,石井 大太
2025.09.09 医学界新聞:第3577号より

デジタル技術の急速な進化と普及に伴い,医療におけるICT/AIツールはより一般的で手の届きやすい存在となりました。卒前・卒後教育においても,これまで学習の根幹を担ってきたテキストや画像などの静的なツールに加え,動画・音声といったデジタルコンテンツを積極的に活用しようとする流れが進んでいます。本座談会では,デジタルコンテンツが学習者の学びにどのような変化をもたらしているのか,また,医学教育の未来を見据えて,デジタル教材を活用し,身体診察に不可欠な観察力などのスキルをいかに育むかについて議論しました。
身体所見の「正解」を知る
鋪野 松山先生の所属される自治医科大学では,2010年より医学部4年生を対象とした進級判定試験に動画・音声付きの問題を導入されていると伺いしました。学生が事前に動画教材で学び,それを現場で確認し,知識の定着度を測るために試験に臨むという,自己調整型の学習サイクルを体現している印象を持ちました。導入を検討していた頃の様子を教えていただけますか。
松山 当時は臨床実習を終えた後に学生の能力や知識の定着を評価する明確な方法がなかったために,基本的な内容が身についているのか懐疑的な部分がありました。そこで,医療面接や身体診察の動画を見てもらい,得られた所見をカルテ様式の解答欄に記述する試験を採用したのです。もちろん記述式の評価は妥当性や信頼性の確保が課題になりますが,現在では一定の精度を担保した試験を実現しています。
重要なのは,学生が動画から情報を読み取り,それを言語化するプロセスを学ぶこと。これは臨床医としての第一歩と言え,そうした意識づけにこの試験が大きく寄与していると感じています。試験導入によって,「現場で異常所見を見ておかないと試験に通らない」という意識が学生に芽生え,臨床実習へ臨む姿勢が変わりました。これらの取り組みの延長線上に生まれたのが,このたび上梓した『動画・音声付臨床問題教材作成ガイド』(医学書院)です。
鋪野 臨床現場での学習は,テキスト化しにくい非言語的な情報をどう認知し,学習するかという点で,言語化された情報である教科書での学習とは大きな隔たりがありますよね。
石井 その通りだと思います。『動画・音声付臨床問題教材作成ガイド』の第1章にも,医師の五感を通じた観察による,能動的な情報認知と言語化の重要性が説かれており共感しました。臨床実習の学生を見ていても,観察する力がまだ十分に育っていない印象があります。非言語的な情報の読み取り方をどう学ばせるかという点は,私自身も試行錯誤しているところです。
松山 最近では生成AIの発展によって,文字情報をもとに即座に回答が得られる時代になりました。現行の文字情報だけで構成された試験問題や教材は,デジタル端末を診療室に持ち込める時代においては相対的に実用性が下がってきています。その一方で,臨床の現場では医師が目で見て得た情報をもとに判断を下す場面は今後もなくなることはありません。それだけに観察力や言語化能力がより重要になるはずですし,今後医師としてさらに問われる能力になるでしょう。
また,臨床で見た情報を適切に言語化できれば,指導医とのコミュニケーションも図りやすくなり,臨床推論を学ぶための入口になるのです。そうした言語化をサポートする教材として,石井先生が編まれた『フィジカル大全』(医学書院)は有用な書籍だと考えています。
石井 ありがとうございます。私自身,学生時代や研修医時代に,身体診察を学ぶ際にとても困った経験がありました。書籍や動画コンテンツはたくさんあるものの,正しい診察の方法や所見の判別,特に陽性所見や陰性所見が実際はどのようなものか,視覚や聴覚を用いて判断しなければいけない感覚的な情報を理解することは難しいです。聴診音のように動的に確認する必要があるものは,「正解」が何なのかが本当にわかりづらかったです。
鋪野 現場でその「正解」を求めても,学ぶ機会に恵まれないこともあるという課題は,多くの学習者が抱える共通の悩みかもしれませんね。
石井 私の師匠である須藤博先生(大船中央病院)は,身体所見を正しく学ぶための条件として,①その所見があること,②その場所に自分がいること,③その所見を教えてくれる人がいること,の3つを挙げています。しかし,施設によってはその「正解」を一緒に確認できる環境が整っていません。ですので,動画教材や音声教材で「正解」をまずは知る。その上で実臨床においてその所見を探しに行く。そんな学び方ができる教材が必要だと強く感じていました。そうした思いを形にしたのが『フィジカル大全』です。多くの先生方に執筆をお願いし,動画や音声をふんだんに盛り込みました。
鋪野 ご自身の学習者としての原体験が出発点にあったのですね。
石井 おっしゃる通りです。この教材が多くの学習者にとって臨床現場での所見に気づくきっかけとなればと思います。
学習者に伝わる所見を「カタチ」に残す
鋪野 私自身も患者さんの身体所見を撮影し,所見の変化の確認に加えて自己学習や教育に活用していますが,教材となる動画・音声を地道に集めていくのは本当に大変だと感じています。その点に関して工夫をされていることがあれば,ぜひ教えてください。
松山 私はハンディのビデオカメラを白衣のポケットに忍ばせ,必要な時にはすぐに録音・録画ができるようにしています。
石井 所見は一期一会ですからね。機会を逃すと,二度と出会えないこともあるため,すぐに取り出せる位置に用意しておくのは重要です。私もベッドサイドでの回診や初診の患者さんを診るときにポケットに忍ばせているものがあります。それが卒後1年目に自作した録音用聴診器(写真1)です。録音用聴診器は当時から製品として発売されていたのですが,高価で手が出せなかったために,iPhoneのライトニング端子に直接接続できる小型マイクを利用して録音するスタイルにたどりつきました。自分で症例を振り返ることができるため,非常に使える方法だと思っています。

録音用マイクのライトニング端子をiPhoneに接続することで録音可能。二股チューブで録音用マイク・チェストピース・耳管をつなぎ,聴診と録音が同時にできる仕組みになっている。
松山 医師の耳へ伝わる音に極めて近い音ですね。ぜひとも私たちの教材作成のアイデアとして,採用させていただきたいです。
鋪野 ところで,松山先生がビデオカメラを,石井先生が聴診器をポケットから取り出す瞬間はどんなモチベーションで動いているのでしょう?
松山 テキストに書かれたものを学んだ後に,診察の中で所見を見つけると,「きた!」と感じます。ただ,まずはそういった所見があると認識できる能力が備わっていないとダメですよね。
石井 「この所見に出会えた!」という純粋な感動で私も動いています。聴診器の音を後から聞き返して「これはきれいな音だ!」と自己満足している部分もあるかもしれません。
鋪野 自分で復習するためだけでなく,学生や研修医にも伝えて学んでもらいたいという情熱もありますよね。
松山 他者に伝えたい気持ちはすごくありますね。
鋪野 私の臨床の師匠である生坂政臣先生(千葉大学名誉教授)は,「どこにフォーカスして,何を伝えたいか」を明確にした上で身体所見を撮らなければダメだといつもおっしゃっていました。すなわち,意図を持っていなければ他者に伝えられるような有益な所見を撮ることはできない。私はそう教わってきたので,その気持ちを胸に,診療時に患者さんを撮影させていただいています。
松山 私も生坂先生を深く尊敬していて,先生が身体診察の中で所見を拾い上げていくシーンを目にすることがかなうならば,その動きをまねして自分の臨床スキルに取り入れたいと思っていました。診察手技が適切に行われている様子を視覚的に確認できるのは,本当に貴重です。
鋪野 実際,生坂先生の診察に同行して撮影させてもらった動画は,繰り返し見て復習しました。「自分の方法と何が違うのか」と,振り返る材料としてとても有用でしたね。患者さんから得られる所見だけでなく,ベテランの医師が身体診察を行っている様子も教材になり得ますね。
丁寧な同意取得が教材作成の鍵を握る
鋪野 別の視点になりますが,動画・音声の記録においてはやはり患者情報の取り扱いに慎重な配慮が求められます。録音・録画に際して気を付けているポイントがあれば教えてください。
松山 録音・録画ができる場合は大きく2つあります。一つは,消化器内視鏡や心エコーなど,診療の延長線上として動的な映像が日常的に記録されるケースです。このような診療記録は,教材として用いることについて包括同意を得るという形で対応しています。それ以外のケース,つまり診療の範囲を超えて新たに撮影を行う場合は,やはり非常に神経を使います。当然ですが,同意の取得が必須です。同意書のフォーマットを電子カルテからすぐにプリントアウトできるシステムを学内に整備しました。また,顔を隠すなど個人情報にかかわる部分を完全に排除した上で撮影し,その場で撮影した動画を患者さんにも見せます。実際の映像を見せながら説明することで,患者さんも不快な思いをされることなく協力してくださいますね。
石井 私はこれまで浦添総合病院や聖マリアンナ医科大学病院など,いくつかの施設で診療を経験してきました。いずれの施設でも,撮影・録音内容や使用範囲に関する説明を含めた同意取得のテンプレートを電子カルテ内に作り,それに基づいた同意を得て,撮影をしています。こうした取り組みを始めた当初は経過をフォローするための記録でしたが,教材として使用するようになってからは,患者さんが来院されたタイミングや,必要があれば電話で連絡を取り,使用方法を伝えて許諾を得るようにしています。
松山 鋪野先生は何か工夫されているのでしょうか。
鋪野 同意をいただく際には,使用目的を明示するように心がけています。例えば「医師向けの勉強会で,限られた範囲内で使用する教材として撮らせてください」といった形です。
松山 なるほど。一方で,同意取得が難しいケースもあると思います。そうした場合を考慮して,本学では実際の患者さんの動画を基に,模擬患者さんに所見を再現してもらう方法も試みています。再現が難しい場合もあるものの,自然な形で身体所見を再現でき,教育素材として成立する例もありました。それに加えて,もう一つの代替案として注目しているのが,生成AIによる動画の作成です。患者さんの個人情報を用いることなく動的な情報を教材とする新たなアプローチになるかもしれません。
デジタル教材と経験のハイブリッドによる効果的な学びへ
鋪野 今回誕生した2冊の書籍の内容も踏まえて,読者に届けたいメッセージをお願いできればと思います。
石井 『フィジカル大全』は,ベッドサイドに向かい診療するに当たっての“とっかかり”となる存在になることを期待しています(写真2)。目の前にいる患者さんから,ベッドサイドで直接学ばせていただくこと。それが身体診察のスキルを向上させる大原則だと思っています。「身体診察が苦手でベッドサイドに行けなかった」という方が,「この本を見てみたら,なんとなく自分でもできそうだ」と思える。そんな風に,苦手意識を乗り越えるための“きっかけ”として使ってもらえたらうれしいです。本当の学びは,患者さんのそばでこそ得られるものです。

病棟回診にて,専攻医・研修医とともに聴診音を確認している場面。その後,ディスカッションの場を設けている。
鋪野 確かに,何が重要な所見かわからないままベッドサイドに行くと,気づかずに診療を終えてしまうことも多そうですよね。この本を通じて特徴的な所見を把握した上で,実際の現場で学ばせてもらう。そんな流れが理想かもしれません。
松山 同感です。身体診察という観点で言えば,多くの医学部の臨床実習が附属病院を中心に行われていることもあり,どうしても先端の機器によって診断が完結してしまい,身体診察を学ぶ機会が少なくなっているのが現状です。しかし医学部を卒業し地域に出れば,診断機材が十分にそろっている施設のほうがまれで,身体診察の力が問われることになります。もちろん診断にかかるコストの面でも自身の五感を生かした診療は重要です。学生や研修医の皆さんには,目の前で何が起きているのかを“言語化”する力を育てていってほしいですね。
鋪野 言語化は高いハードルにも思えますが,重要なスキルです。かつては文字情報,つまり書籍が学びの中心でしたが,どうしても伝わりきらない部分がある。だからこそ,動画・音声を通じて学び直すという行為には,意味があると思います。学びのスタイルが変化していることを今回の座談会を通じて改めて実感しました。デジタル教材と臨床現場での経験を組み合わせたハイブリッドな学びこそが,これからの医師の教育を支えていくと思います。
(了)

松山 泰(まつやま・やすし)氏 自治医科大学医学教育センター 教授
2001年自治医大卒。12年伊東市民病院臨床研修センター副センター長,18年岐阜大医学教育開発研究センター客員教授などを経て,22年より現職。15年蘭マーストリヒト大医学教育学修士課程修了,20年同博士課程を修了する。厚労科研事業「ICTを利用した医師国家試験の評価方法の開発と検証のための研究」において医師国家試験のCBT化に向けた動画音声付臨床問題の開発に携わる。編書に『動画・音声付臨床問題教材作成ガイド』(医学書院)。

鋪野 紀好(しきの・きよし)氏 千葉大学大学院医学研究院地域医療教育学 特任教授
2008年千葉大医学部卒。千葉市立青葉病院臨床研修医,千葉大病院総合診療科シニアレジデント, 同医員を経て22年より同大大学院医学研究院地域医療教育学特任准教授。20年には米マサチューセッツ総合病院医療者教育学修士課程を修了する。25年より現職。基本的臨床能力評価試験(GM-ITE)にて動画問題の作成に携わる。『動画・音声付臨床問題教材作成ガイド』『フィジカル大全ー読んで,見て,聴いて,身体診察を完全マスター』(いずれも医学書院)の執筆に携わる。

石井 大太(いしい・だいた)氏 聖マリアンナ医科大学総合診療内科
2019年聖マリアンナ医大卒。大船中央病院にて初期研修の後,浦添総合病院病院総合内科にて後期研修を修了。24年より現職。同大の専門教育科目である診断学シリーズで講義を担当し,動画コンテンツを活用した身体診察の教育に携わる。編書に『フィジカル大全ー読んで,見て,聴いて,身体診察を完全マスター』(医学書院)。
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