医学界新聞


進歩するがん治療をどう支えるか

寄稿 梶浦 新也

2025.09.09 医学界新聞:第3577号より

 2019年に保険適用されたがん遺伝子パネル検査は,約5割のケースに治療提示をするに至っています。しかし実際に治療を受けられる方は検査実施者の1割とされ1),背景にはさまざまな問題があると言われています。

 具体的には,検査実施から結果を得る約1か月の間に体調が悪化し治療を受けられないケース,提示された薬剤が保険適用外であり金銭面で断念せざるを得ないケース,大都市圏のがんセンターで治験が実施されているものの距離的な問題で参加ができないケースなどが挙げられます。治療アクセスの問題については愛知県立がんセンターでリモート治験が開始されるなど解決手段が登場しており,当院もリモート治験に参加し著効例を経験したことから,今後の治験の在り方として期待をしています。

 しかしながら先ほどお伝えしたように,依然としてがん遺伝子パネル検査実施例における治療到達率は低いままであり,この数値を改善するための方策が多方面から模索されています。

 関連して意識しておかなければならないのは緩和ケアの話題です。がん遺伝子パネル検査の結果待ちの期間は,患者は化学療法が効果を発揮することに期待をしているため,在宅での緩和ケアなどの環境整備が進みにくい面があり,緩和ケアの提供側から不満が挙がることがあります。この問題に対し私は,緩和ケア外来で実施される内容を,患者ががんゲノム外来を訪れた際に紹介できれば解決するだろうと考え,診療を行ってきました。

 もちろん一般的な施設においてがんゲノム外来医と緩和ケア外来医は別であり,そこに至るまでの医師としてのキャリアも大きく異なることが多いため,両者の役割を担うことを一般化するのは難しいかもしれません。しかし,積極的な治療と早期からの緩和ケアの提供を並行して行うことで患者に与えられるメリットは計り知れません。がんゲノム外来から緩和ケア外来に患者をつなぐ取り組みは今後ますます重要になるために,ぜひ各施設で検討をしていただければうれしいです。

 当院にはがんゲノム外来と緩和ケア外来を併任する看護師も在籍しており,両外来の橋渡し役を担ってくれています。このような看護師の人員配置であれば,多くの施設で再現可能かもしれません。

 化学療法中の患者の多くは,自身のがんが治癒可能であると誤解しています。Weeksらによれば,治癒不能な肺がん患者の69%,大腸がん患者の81%が治癒可能だと認識していたと報告されています2)。またこの報告では,医師との関係が良好な方ほど治癒すると勘違いしているとも指摘され,正確な病状理解を求めると,医師―患者関係が悪化するリスクもあるようです。実臨床でもこの報告のとおりで,治らないことを患者に伝えるのは容易ではなく,治らないことの理解を求めようとすると,医師としての信頼を失ってしまい,通院が自己中断されることもあります。このような経験から,悪い知らせを伝えにくいと考えるがん治療医は多く,緩和ケア外来を紹介する場合もあるでしょう。しかしながら,化学療法中に緩和ケア外来を紹介されることに対して抵抗を示す方がいるのも事実です。

 その点がんゲノム外来であれば,化学療法中でも抵抗感なく受診される患者が多く,がんゲノム外来で緩和ケア外来の役割が果たせれば,悪い知らせを伝える場としても機能する可能性があり,「治らない」という現実を初めて理解したという患者が当院でも実際に多くいらっしゃいます。また,厳しい病状を説明するときには,医師への信頼が揺らぎ通院の自己中断につながることのないよう,看護師とともに行うことも大切なポイントです。がん患者の看護に従事した経験を有する看護師とともに病状説明を行えばがん患者指導管理料イが算定できるケースもあり,多職種でがん患者にかかわっていくことが求められています。

 当院がこうした取り組みを進めているのも,早期からの緩和ケアが予後を延長した3)との報告が2010年になされたためであり,早くに緩和ケアを始めることの重要性が広がってきています。同報告では,緩和ケア早期介入群のほうが化学療法期間は短く,終末期に化学療法を行わなかったことが予後延長に寄与したと考察されています。適切なタイミングでの化学療法の中止が予後延長に寄与したと私は理解していますが,実診療において適切なタイミングでの化学療法の中止はなかなかに難しいものです。緩和ケア外来を受診したから化学療法をすぐに中止できるというような簡単なものでもありません。方策として考えられるのが二人主治医制の導入です。看取りまで診てくれる医師ががん治療医とともに併診すると,適切なタイミングで化学療法を中止できている場合が多いです。当院の緩和ケア外来では,ある一定以下の体調となったら,化学療法中であっても看取りまで診てもらえる往診クリニックを紹介し併診することを推奨,適切なタイミングでの化学療法の中止をめざしています。

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 緩和ケアにおける具体的な介入の一つとして重視されるのは,体重減少への介入です。がん患者の体重減少には食欲不振だけでなく悪液質も関係するとされ,がん患者の予後の悪化と関連があるとされています4)。悪液質は有病率が高いにもかかわらずがん治療医の認識は乏しく,消化器がんと肺がんにおいてアナモレリンという直接的な治療薬が承認されたものの,依然として治療介入率は低い状況です5)。当院から昨年,アナモレリンを化学療法中に開始することで治療の継続につながるということを報告しましたが6),当院でも化学療法中に処方されていないことが多く,緩和ケアチームや緩和ケア外来からのアプローチも求められるでしょう。アナモレリンが使えないがん種においては,オランザピン7)や,私見ですが六君子湯が代替薬になると考えています。

 がん患者への緩和ケアとしてもう一つ押さえておくべきなのは貧血への対策です。がん患者の45.9%が鉄欠乏で33.0%が貧血と報告されています8)。症状に直結する異常であることから,がん治療医による診療だけでなく,緩和ケアチームや緩和ケア外来を含めた院内全体での対策が求められます。大規模に調査した国内のデータはないものの,当院で行った調査によれば,絶対的鉄欠乏より機能性鉄欠乏の症例のほうが多いこと,機能性鉄欠乏でも高用量静注鉄剤の効果があったことが明らかとなりました。当院では欧米のガイドラインに倣い,ヘモグロビン値11 g/dL未満となった場合,フェリチン<30 ng/mLでCRP<5 mg/mLであれば経口鉄剤,フェリチン高値でも500 ng/mL未満でTSATが20%未満であれば機能性鉄欠乏として高用量静注鉄剤を投与という診療フローを用いることにしています9)

 がんゲノム医療や免疫チェックポイント阻害薬の普及により,がんの治療期間が近年長期化しています。それにつれ,「いつもの患者さん」という認識が生まれやすく,患者の苦痛が適切に評価されない傾向も見受けられるようになってきました。また,診療業務の忙しさから患者の苦痛を十分に評価できていない可能性もあるでしょう。しかし,がん患者の苦痛を正しく評価し,適切な緩和ケアを提供することは至上命題です。がん拠点病院の施設用件としてがん患者の苦痛をスクリーニングすることが求められているのも,その裏付けと言えます。当院の緩和ケア活動としては,国際的に評価されている患者自己記載式の問診ツールであるIPOS(Integrated Palliative care Outcome Scale)を導入し,苦痛をスクリーニングした結果を主治医に共有するようにしており,現在,IPOSをアプリ化する臨床研究を,「くすりのシリコンバレーTOYAMA」創造コンソーシアムの助成で行っています。

 新たな治療法の普及によりがん患者の予後は延長したものの,がん治療はより複雑化し,患者が直面する苦痛も多様化し,がん治療医が対応するべき課題も増えています。こうした現状において緩和ケアは,早期から積極的がん治療と並行して提供され,患者を地域へつなぐ役割も期待されます。がん治療の多様化を支える基盤として,がん治療医のみに依存することのない,緩和ケアの体制整備が今後ますます重要となるでしょう。


1)Mol Cancer. 2016. [PMID:27852271]
2)N Engl J Med. 2012[PMID:23094723]
3)N Engl J Med. 2010[PMID:20818875]
4)Br J Cancer. 2004[PMID:15138470]
5)Nutrition. 2019[PMID:31029048]
6)J Palliat Med. 2024[PMID:38949886]
7)J Clin Oncol. 2023[PMID:36977285]
8)Ann Oncol. 2013[PMID:23567147]
9)Ann Oncol. 2018[PMID:29471514]

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富山大学附属病院腫瘍内科・緩和ケア科 講師

1999年富山医薬大(当時)卒。同大病院や富山県内の関連病院,国立がん研究センター東病院での研修を経て,2008年より富山大病院第三内科医員。13年同大大学院医学薬学研究部臨床腫瘍学講座特命助教,14年同大病院集学的がん診療センター緩和ケア部門長,18年同臨床腫瘍部診療講師・副部長などを経て,24年より現職。

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