名画で鍛える診療のエッセンス
[第3回] その情報は事実? あなたの解釈?
連載 森永 康平
2020.12.07
「細かな背景や開放的な空と対照的に中央には黒一色の作者が描かれている。これは画家としての将来への不安を表している」――アンリ・ルソーの『風景の中の自画像』(図)にこんな解説があったらどう感じますか? 「そうだよね」と共感した方は要注意,視覚情報を認識する際に事実と解釈が混在しています。実際,「画家としての将来の不安」というのは私の適当な解釈です。
複数の可能性を考えていつでも事実に立ち戻れるようにしておく
紹介状や問診票,観察,身体所見,検査結果など医療現場で扱う情報はさまざま。しかしこれらは玉石混交でそのままでは診療に活用できません。頭の中で吟味し,ニーズに応じた調理が必要です。その最初のふるい分けが事実と解釈の区別なのです。
あらためて図の絵を見てみましょう。「中央には左手にパレット,右手に絵筆を持った口ひげ豊かな男性。タイトルは『風景の中の自画像』だが,これは作者? 鼻の高さからは欧米人に見える。空にはいくらかの雲と気球のようなものが浮かんでいる。人物の左後ろには多彩な国旗がたなびく船や橋,建造物などがある。建造物から伸びる細長いものは煙突? 普通の民家にしてはずいぶん本数が多い。工場という解釈もできるだろうか?」――拾い上げきれない情報も多々ありますが,元の事実とそこから自分の考えた解釈などを区別することで意識的に複数の可能性を考える癖がつきます。思考が暗礁に乗り上げた際にも発端の事実に立ち戻れば,再出発しやすくなるのです。
診療において「100%揺るがない事実」は存在しない
診療でも「事実」と「解釈」を区別して認識することは,取り組む問題を論理的ないし批判的にとらえて解決する土台となります。例えば患者さんが「会社のストレスで痩せた」と話したとします。話の内容は一見事実のように聞こえますが,原因(会社のストレス)と結果(痩せた)の因果関係は患者さんの解釈にすぎません。この解釈を実際の診療に活用できる情報にするには,具体的なストレスの内容や食事摂取の内情,どのくらいの期間で何kgほど減少したか,という追加確認が必要です。場合によってはストレス以外の器質的な疾患を検索する必要もあります。
また,「100%揺るがない事実」は存在せず,「確からしさの濃淡」の見立てが重要です。事実と解釈を区別する認識が習慣化すれば,現在わかっている周辺情報や病歴,診察,検査結果などの「確からしさ」に基づき柔軟に診療のスタイルやペース配分を変えられるようになります。解釈を排した事実に基づいて冷静に診療することができるでしょう。
曖昧さが溢れる臨床現場の難しさと面白さ
逆に言えば解釈のもとになる事実の収集が不足していると,その後の軌道修正は大変です。 「ゴミ箱からはゴミしか出てきません」――これは大人気ドラマ『半沢直樹』第2期に登場したセリフです。診療でもProblem listを掲げる段階で観察や対話での情報収集不足から方向性を見誤ると,その後にいかに高度かつ最新で正確な知識に基づいたアセスメントやプランを立てて実施しようとも,結果的に余計な手間や費用を増やし,患者さんへの侵襲やリスクを伴うことになりかねません。
量が乏しく質も保証できない曖昧な情報で溢れた現場において,何とか事実を拾い集めて解釈を重ね,少しでもよい診療をめざす。それが臨床現場の難しさであり,同時に面白くてたまらない部分だと思います。一見診療とは何の関係のない絵でも,見方によっては事実を解釈して言語化する過程のブラッシュアップにつなげられるのです。
(つづく)
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