医学界新聞

2020.11.02



Medical Library 書評・新刊案内


《シリーズ ケアをひらく》
食べることと出すこと

頭木 弘樹 著

《評者》初川 久美子(東京都公立学校スクールカウンセラー/臨床心理士・公認心理師)

「想像する」と,その限界と

 ものすごい本と出合ってしまった。この本を読んで私が最初に思ったのはこれだった。

 著者の頭木弘樹さんは20歳の時に潰瘍性大腸炎という難病に襲われ,「食べることと出すこと」が普通にできなくなってしまう。しかし,できなくなったのはそれだけではなかった。病気の発症時からコロナ禍の現在に至るまで,頭木さんが経験し,感じ,考えたこと。それがさまざまな文学作品の引用や軽妙な語り口によって,とてもおもしろく,受け取りやすい形に結実している。

「経験しないとわからない」という壁

 この本には,読了した人と話し合ってみたい味わい深いテーマがいくつもある。ここでは「経験しないとわからない」という壁について考えてみる。

 私は臨床心理士である。クライエントの話を聴くことが全ての始まりとなる。カウンセラーはクライエントとまったく同じ経験をしたということはもちろんない。カウンセラーがクライエントの話を共感的に聴き,受容できるのは,自らが経験をしているからではなく,いわゆる専門性と呼ばれる技術の研鑽や知見の蓄積の結果,そういう営みが成立している。だから,同じ経験をしていなくても援助ができるのだ。

 しかし,この本を読んで,そこが揺らいだ。

 「経験しないとわからない」という壁を前に閉じてしまうと,経験していない人との間に断絶が生じる。だから頭木さんは自らの経験を極めて丁寧に言語化して,それを経験していない人がどうにかその壁を越え,経験した人へ思いをはせるための糸口をさまざまに語っている。

 はじめはこの病気そのものについての経験から。しかしそこでとどまらない。次に患者という視点から見える周りの人の在り方について。さらには,自身や周囲の人を含め,世界全体の見え方について。こうして経験によって見えてきた新たな気付きを語っている。病を抱えることで,こうも世界の見え方が変わり,気付くところ,感じるところが変わるものなのか。

◆圧倒され,揺らいでしまう……

 このことはもちろん心理職として頭では当然理解していたことである。しかし,気持ちという次元を超え,世界の見え方までも,こんなにもこれまでとは違う文脈が生まれてくるのだということに単純に圧倒された。

 私は,ここまでの奥行きをもってクライエントに思いをはせることができていたのだろうか。そこに何か事情があるのでは,とわずかな「ためらい」があるだけでよいと頭木さんは語る。それも心理職の得意技であるが,自分の「ためらい」度合いはここまで深いものだったろうか。思わず揺らいでしまう。

◆想像が及ばないこともある

 また,折々に引用される文学作品等の一節を読むと,この病気を発症した頭木青年が文学にのめりこみ,その中で描かれる絶望に救いを得ていたこと,そして,「困難があったけど見事に復活して勝つ」というよくある物語ではない物語を探していた姿が思い浮かぶ。これまた心理職として感じ入るところがある。

 もし私が担当カウンセラーとして出会っていたら,私にいったい何ができたであろうか。

 想像する,思いをはせる。でも「想像が及ばないこともある」――。

 最後に頭木さんはそう語る。思いをはせるのは心理職にとって呼吸みたいなものだが,どれだけ想像をしても「想像が及ばないこともある」。頭木さんがそう語ることの重さ・深さが,逆に私にとっては救済の意味合いを持って感じられる。精進しよう,そう思わされる。

 これは単に潰瘍性大腸炎の話だけではない。対人援助に携わる方々に,ぜひお読みいただきたい。

A5・頁328 定価:本体2,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04288-8


回復期リハビリテーション病棟マニュアル

角田 亘 編
北原 崇真,佐藤 慎,岩戸 健一郎,中嶋 杏子 編集協力

《評者》生野 公貴(西大和リハビリテーション病院リハビリテーション部技師長)

五里霧中をさまよった過去の自分にお薦めしたい1冊

 回復期リハビリテーション病棟(CRW:本書に倣ってこう略す)は2000年に新設され,私が臨床でCRWに携わったのは2004年のことである。当初はまだ右も左もわからない中,先行導入されている数々の病院に見学に行っては,当院でどのようなCRWを築き上げていけばよいかと暗中模索,いや,ほぼ五里霧中の状態であった。そのような時に,もしこのようなマニュアルがすでに発刊されていれば当時の私の机にそっと置いてあげたい。この本を読んだ一番の感想はそれである。

 本書はCRWにかかわる膨大な知識やノウハウについて,どのCRWに勤める医療者が見ても一定のコンセンサスが得られるベーシックな内容から,実際のCRWを長年経験した方でないとわからないような一歩も二歩も踏み込んだ内容までわかりやすく記載されている。特に,第4章2の後半部分の「復職支援」や「自動車運転再開のための訓練」の項目には大変驚いた。おそらく,自動車運転までフォローしているCRWは全国的にもまだまだ少ないと思われるが,すでに詳細な診療フローチャートが完成されており,かつ多くの症例の経験から得られたであろう要点が細かく記載されているところから,普段のリハビリテーション診療の質の高さがうかがえる。また,編者であり著者でもある角田亘先生のリハビリテーション医としての誇りが随所に感じられ,“理想のCRWとはこうあるべき”といった力強い記載が読んでいて心地よい部分である。記載内容と同じような取り組みができていればお墨付きを得た気分になり,今日までの努力は無駄でなかったと安堵している。

 この本は,回復期リハビリテーション病棟に初めて勤めることになる全ての医療従事者にお薦めする。どの職種の方が読んでも理解しやすい内容になっており,CRWにかかわる全職種が共通言語として必ず読むべき「トリセツ」である。中には,今読んでも襟を正させられる内容が多々あり,現在CRWに携わっている経験者や管理者も一度は手にして読んでいただきたい。

 一方,強いて注文をするとすれば,「回復期リハビリテーション病棟のリハビリテーション訓練」の章では根拠となるエビデンスの提示(ガイドラインやシステマティックレビュー)があれば,より説得力が増したかもしれない。それは,私が理学療法士であるがゆえに目に付いたのかもしれないが,実際のところCRWは日本独自のシステムであり,CRWでのエビデンス情報はまだまだ限られているのが実情である。そのため,私自身このマニュアルに引用されるような取り組みを自身の所属する病院で実施していきたいと思う。そうはいうものの,未熟者の私にとってはまだまだ先の話になりそうなので,取り急ぎ新人スタッフに本書を研修テキストとして1人1冊配布することが直近の私の仕事になるだろう。

B6変型・頁424 定価:本体3,400円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04247-5


《シリーズ ケアをひらく》
やってくる

郡司ペギオ 幸夫 著

《評者》細馬 宏通(早大文学学術院教授・人間行動学)

「やってくる」ものたちと付き合う勇気とユーモア

◆降りかかる奇妙な現象

 夜中に突然,謎めいた人の声のようなものが聞こえたらどうするか。多くの人は「気のせい」だと済ませるだろう。それでも繰り返し聞こえたら。さすがにその部屋は不気味なので,さっさと引っ越す,というのが常識的な考えだろう。

 人一倍緩やかな感覚を持つ著者は,さまざまな奇妙な現象に会う。大学時代に借りた部屋で,夜中にはっきりとした低い美声が「ムールラー,ロームラー」と歌う声を聞く。通りで友人を見つけて話し続けたあげく,実は相手が赤の他人だったことに気付く。自身のパソコンが自分のものでないかのような感覚に陥り,思わず誰かに電話してしまう。

 通常なら,このような日常における感覚のずれを恐れ,できるだけそこから離れ,なかったことにしようとするところだろう。ところが,著者は全く逆の態度をとる。一度借りた部屋に住み続けるように,自分の得た感覚をうち捨てずに徹底的に掘り下げ,それを「天然知能」と名付ける。本書のおもしろさはまず,この蛮勇とも言うべき態度にある。

◆リアリティとはこういうことか!

 感覚と認識が一致するからこそわたしたちは生きていけるのであり,認識に矛盾する奇妙な感覚に惹かれていったなら,日常の土台が崩れ落ちてしまうのではないか。このような常識に挑むように,著者は自身の感覚に付き合っていく。

 取り上げられるいくつもの現象は,わたしたちの空間や時間,因果関係の捉え方をそれぞれ異なる形で顕わにしていくのだが,感覚と認識のずれ方に,独特のユーモアが漂っている。これが本書の第2のおもしろさだ。

 著者はこれらの例を通して,わたしたちの「リアリティ」のあり方を問い直していく。「リアリティ」といっても,本書で考察されるのは,単に既知の出来事とそっくりのものに会ったときに立ち上がる絵合わせのようなものではない。自分の知らないものが外から「やってくる」。それをハッと捉える感覚と認識とが矛盾を引き起こす。その矛盾に自身が揺らされ,当たり前だと思っていた世界が不意にありありと立ち上がってくる,それが本書で扱われる「リアリティ」である。

 最初は著者の語り出す例に吹き出したり違和感を覚えたりする読者も,読み進めるうちに,実はその違和こそが「やってくる」感覚であり,自身の考えの硬さが解きほぐされていくのに気付くことだろう。

◆なんとチャーミングな

 第3のおもしろさは,著者自身によって描かれたイラストである。この本に記されているさまざまな「やってくる」ものたちを,著者はトラックパッド上の一本指で描いている。イラストは,著者の緩やかな感覚をそのまま表すように,常識的な認識を支えるディテールを欠きながら,なぜかそれとわかるぎりぎりの造形を保っている。

 わたしの目は,ヒット曲を踊るプリンスのイラストに釘付けになってしまった。著者の書く文章にはいつもどこかチャーミングなところがあるけれど,本書ではその魅力が爆発している。

A5・頁312 定価:本体2,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04273-4


細胞診セルフアセスメント 第2版

坂本 穆彦,古田 則行 編

《評者》矢納 研二(鈴鹿中央総合病院産婦人科部長/日本臨床細胞学会編集委員会委員長)

問題集としても解説書としてもお薦めの一冊

 細胞診標本中の細胞は,細胞個々の特徴から,その細胞の組織診断を推定し,良悪性も判断する必要があります。そのため,検鏡する初めから,組織標本とは異なるスタンスで顕微鏡に向かう必要があります。いうならば,細胞診は,その標本の中だけのフィールドで,添えられた臨床情報と,自身の経験に裏付けられたスキルで,「よく似た」細胞所見の中から,そのわずかな差異を見いだし,判定を行う真剣勝負と言えるかもしれません。

 このスキルを身につけるために1990年に出版されたのが,『細胞診を学ぶ人のために』(医学書院)でした。初版は,三重大第二病理学教室教授(出版時)の矢谷隆一先生と,現在の第6版までかかわっておられる坂本穆彦先生の共著で編集されました。矢谷先生は,私が三重大在職中に,直接顕微鏡を間に置いて細胞診の指導をしていただいた恩師ですし,坂本先生も,私ががん研病院在職中,東大でさまざまなご指導,ご鞭撻をいただいた大恩人です。お二人とも,ご高名な病理医であられるとともに,指導医としても第一人者です。その特性が色濃く反映された本書は,多くの愛読者を獲得し,今でも『学ぶ君』との愛称で,細胞診に携わる方々に愛用され続けています。

 その後,姉妹書として『細胞診セルフアセスメント』が1998年10月に出版されました。この本は,問題集形式とされており,自己研鑽にはとても有用です。また,掲載されている写真は,いずれも病態の特徴を示す特徴的な画像ばかりですし,問題の選択肢は,この所見から鑑別されるべき他の疾患名が列挙されています。解答には解説が添えられており,この一冊で自己学習が完結できる内容でした。今回の改訂に当たり,写真と設問は全て新しいものに置き換えられています。また,体裁も刷新され,画像は見開き左側,解説は,「臨床事項」「ポイント」「組織所見」「鑑別診断」という項目が設けられ,見開き右側に記載されるようになりました。これによって,解説書として,よりいっそう使い勝手が良くなりました。さらに,問題集としては,難易度が★マークによって,3段階に区分されています。「細胞診学科問題」も全面改訂されています。これから資格試験を受験される方々にとっては,ぜひ実際の試験の前に,ご覧いただくことをお勧めします。

 今回の改訂では,おのおのの臓器における最新の規約に基づいた組織診断名が記載されています。また,近年,日本でも導入されつつある液状化検体細胞診標本の画像も収録されました。既に資格試験を終えられた細胞検査士にとっても,『細胞診を学ぶ人のために』とともに,生涯学習のために備えておくべき名著であると確信しています。

B5・頁320 定価:本体7,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04196-6

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