診断・治療の標準化(前田一石)
連載
2019.12.02
臨床研究の実践知
臨床現場で得た洞察や直感をどう検証すればよいか。臨床研究の実践知を,生物統計家と共に実例ベースで紹介します。JORTCの活動概要や臨床研究検討会議の開催予定などは,JORTCのウェブサイト,Facebookを参照してください。
[第9回]診断・治療の標準化
前田 一石(JORTC外来研究員/千里中央病院 緩和ケア科)
(前回よりつづく)
緩和ケアの薬物療法に関する臨床研究の多くは,苦痛症状を対象として実施されます。しかし,症状の原因が単一ではないことや,重症度の違いもあり,薬物療法の効果が期待できる均一な集団の同定が難しい場合が少なくありません。また,症状は経時的に変化していくため,自然経過・治療介入による症状の変化への対応を研究計画に盛り込んでおく必要があります。今回は,診断について痛みの研究1),治療についてはせん妄の研究2)の2つを実例として,診断・治療を標準化する方法を学んでみたいと思います。
痛みの診断をどう標準化する?ケタミン研究を例に
1つ目の,豪州で行われた痛みの研究は,がんに関連する痛みに対して,ケタミンの有効性を検証したプラセボ対照試験です。ケタミンは標準的なオピオイド・鎮痛補助薬による治療に追加する形で投与され,用量調整を行いながら,計5日間投与されました。
研究の対象は,がん自体もしくはがん治療による痛みで,ステロイド・鎮痛補助薬の使用にもかかわらず,一日の平均の痛み(Brief Pain Inventory:average pain)が10点中,3点以上の者です。本研究では痛みをさらに細かく分類するため,LANSS(Leeds Assessment of Neuropathic Symptoms and Signs)pain scaleという24点満点の尺度で,その疼痛が神経障害性疼痛であるかどうか確認しています。
がんに関連する痛みの中で,ケタミンの効果が期待されるのは,神経障害性疼痛の要素の強いものと考えられます。LANSS 12点以上で,対象とする痛みが神経障害性疼痛であると考えられるものについては,オピオイドに加え,神経障害性疼痛の標準治療である抗うつ薬(デュロキセチン,アミトリプチリンなど),抗てんかん薬(ガバペンチン,プレガバリンなど)のいずれかを48時間以上投与されていることを適格基準としています。LANSS 12点未満で,対象の痛みが,侵害受容性疼痛が主と考えられるものについては,オピオイドに加えて,NSAIDs,アセトアミノフェン,コルチコステロイドのいずれかが投与されていることが適格基準とされました。
緩和ケアの実臨床で全例に神経生理学的検査を実施することは現実的ではないため,がんによる疼痛の患者を広く対象とした上で神経障害性疼痛の要素が強いものを,妥当性の確認された尺度(LANSS)で同定し層別化しようと試みたものと思われます。
過去2週間以内に疼痛のある部位に放射線治療を受けた者の他,今後1か月以内に化学療法・ホルモン治療を受ける者,試験期間中の手術・神経ブロックなど,疼痛に影響を及ぼす治療を予定されている者は除外基準としています。また試験開始48時間前からオピオイドの増量は不可,試験期間中に鎮痛補助薬増量の予定のある者も除外とされています。
痛みの診断は難しく,薬物治療の効果が見込める均一な集団を同定することは困難ですが,本研究は上記の工夫で診断基準の標準化を行っていました。
せん妄研究の例から治療の標準化を学ぶ
さて次に,同じ豪州から報告されたせん妄のRCTから,治療の標準化について見ていきましょう。
せん妄は日内変動があることが特徴であり,せん妄の原因となる病態・症状の出方も症例によってバリエーションが大きいため,治療を標準化するのは難しいように感じられます。
本研究のせん妄の診断は,「DSM-IV」およびせん妄の重症度評価尺度「MDAS(Memorial Delirium Assessment Scale)」7点以上で行われました。このうち,NuDESC(Nursing Delirium Screening Scale,表)のitem 2~4(不適切な行動=不穏行動,不適切なコミュニケーション=つじつまの合わない会話,錯覚・幻覚)のいずれかの症状がある者を,抗精神病薬2剤のいずれか(ハロペリドール,リスペリドン)またはプラセボの3群に割り付けて,用量調整を行いながら72時間にわたり治療を継続するというデザインでした。
表 Nursing Delirium Screening Scale(NuDESC)日本語版 |
具体的には,図に示すように治療開始時に初回投与量0.5 mgとローディング・ドーズとして0.5 mgの,合わせて1 mgの抗精神病薬が投与されます。その後,症状の評価は8時間ごと,投薬は12時間ごとに行われますが,投薬の直前の評価でNuDESCの3つの症状のいずれかが残存(3アイテムの合計点が1点以上)していれば,1段階増量した薬剤を投与する形で,治療が行われました(ハロペリドールもしくはリスペリドンの最大投与量は1日最大4 mgまでと定められました)。
図 せん妄研究の評価・投薬スケジュール(文献2の補足資料より作成) |
1回量は0.5→0.75→1.0→……と増量し,1日最大4 mgまで。図は65歳未満の患者用のもので,65歳以上の場合は1回量をそれぞれ半分として投与する。 |
試験治療中にコントロールできないせん妄症状(NuDESCの「不適切な行動」または「錯覚・幻覚」のスコアが2点)が見られた場合には,ミダゾラム2.5 mgの皮下注が実施されます。効果がない場合は2時間おいて同量または倍量のミダゾラムの投与を行い,それでも効果がない場合はcrisis doseとしてミダゾラム5 mgを皮下注で直ちに投与することと規定されていました。
また,治療中に抗精神病薬の副作用(喉頭痙攣,有痛性筋痙攣)が生じた場合は,試験治療を中止し,必要に応じてbenzotropine(本邦未発売のムスカリン受容体拮抗薬,錐体外路障害への対応)を投与することとなっています。
それ以外の有害事象,全身状態の悪化,上記による対応が困難な場合は担当医の判断で適切な治療を実施することと規定されていました。
以上のように,病態がヘテロであり,一日の中でも大きく症状が変動するせん妄の治療ですが,適切な評価と治療,そして治療が無効であった場合のレスキューまで計画されており,うまく治療が標準化されているものだと感心した次第です。
今回は痛み・せん妄の研究を実例として診断・治療の標準化について説明しました。緩和ケアの領域では症状を扱うことが多く,がんにおける組織学的診断のようなゴールドスタンダードが確立していないため,少しでも科学的妥当性・再現性を高めるには十分な検討が必要です。本稿の内容が,同じような研究を行う皆さんのお役に立てれば幸いです。
今回のポイント
・介入研究の実施に当たっては,できる限り均一な集団を同定し,変化する症状に合わせて適切な治療が提供されるよう,診断・治療を標準化しておくことが重要である。 ・試験治療が無効または有害事象が生じた場合に備えて,レスキューを準備しておくことも忘れないようにする。 |
(つづく)
参考文献
1)Hardy J, et al. J Clin Oncol. 2012[PMID:22965960]
2)Agar MR, et al. JAMA Intern Med. 2017[PMID:27918778]
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