医学界新聞

臨床研究の実践知

連載 前田 一石

2020.01.20



臨床研究の実践知

臨床現場で得た洞察や直感をどう検証すればよいか。臨床研究の実践知を,生物統計家と共に実例ベースで紹介します。JORTCの活動概要や臨床研究検討会議の開催予定などは,JORTCのウェブサイトFacebookを参照してください。

[第10回]意思決定能力が低下した患者での同意取得方法

前田 一石(JORTC外来研究員/千里中央病院 緩和ケア科)


前回よりつづく

 患者に臨床研究に参加してもらう際,患者本人から同意を取得するのが原則であることは言うまでもありません。しかし,緩和ケアの臨床研究ではそれが難しい場面があります。緩和ケアでよく遭遇するのは,せん妄・認知症等で患者の意思決定能力に問題がある,死亡直前などで患者の意識が低下している,家族はストレスが非常に強い状態にあるなど,通常の同意取得が困難ないしは不可能な場面です。

 病態として終末期の集団でなくても同じ結果が得られると考えられる場合は,状態の良い患者や似たような病態の患者を対象とした研究の結果を外挿することでも対応できます。しかし,終末期せん妄や死前喘鳴(亡くなる直前に見られる不快な音を伴う気道分泌)の研究は,終末期の集団で実施しなければ意味ある知見を得られないため,同意を取得して研究に参加してもらえるような対策を考えなければなりません。

 今回は前回(3349号)で紹介した,せん妄研究を実施した豪州のグループも参加した論文1)を基に,脆弱な集団での同意取得の方法について概観し,死前喘鳴の研究2~4)を例に実際にどのような対応がなされているか見てみたいと思います。

同意取得のために意思決定能力をどう評価するか

 終末期の患者を対象とする研究において,研究倫理の観点で議論される主なポイントとして,患者の脆弱性,研究に参加する権利,患者の意思決定能力(decision making capacity)の問題が挙げられます。

 せん妄は認知機能が低下する病態であり,意思決定能力が著しく低下した患者がいる反面,能力が比較的保たれている患者もいるため,個々の症例における意思決定能力を評価する必要があります。意思決定能力を評価するためのさまざまな尺度が知られていますが,重要なのは意思決定に至る理解・推論の過程(process of reasoning)が合理的であるかを評価することとされています。過度に厳格な,認知機能・意思決定能力の評価を行うと,対象から除外される患者の割合が不適切に増え過ぎて,得られた結果の一般化可能性が低下してしまいます。そのため,意思決定能力の評価・判断は注意深く行う必要があります。

 患者からの同意取得ができない状態にある一部の救急治療の場面など,代理意思決定者からの同意取得の遅れが患者の健康に重大な問題をもたらすような状況では,同意の省略・事後同意などが許容されることもあり得ます。しかし,せん妄は比較的急性に生じる症状とは言え,一般にこのカテゴリーには当てはまらないとされており,何らかの同意取得方法を模索するのが妥当であると考えられます1)

 この論文で示された同意取得の方法を表1にまとめました。これらの中から研究疑問・介入のリスクに照らして,妥当な方法を単一もしくは組み合わせて用いることが勧められています。

表1 通常の同意取得が困難な場合の同意取得方法(文献1より抜粋)(クリックで拡大)

 それに加え,認知機能が低下した患者でも理解がしやすいように説明文書を平易にすることや,過度に厳密な認知機能の評価を行わないようにする(それ自体が患者の負担であること,除外される患者が増えて研究の一般化可能性が限定されてしまうため)ことなども勧められています1)

 また,他文献になりますが,クラスターデザインやオプトアウト方式の採用,院内掲示やブックレットを利用したソーシャル・マーケティング手法の活用,被験者リクルート専門の看護師を確保することの他,研究に参加する施設間で問題点・対策を共有することが,被験者リクルートの促進に役立つとする報告もあります5)

先行研究から見る同意取得方法

 では,過去に実施された死前喘鳴の研究2~4)を振り返り,適切な同意取得の方法について考えてみましょう。この領域で行われたランダム化比較試験のデザインと同意取得方法を表2にまとめました。最初に実施されたWildiersらの研究2)は,2001年に研究が開始された段階では,意思決定能力が低下した患者が多いことを考慮して患者・家族からの同意取得を必須としていませんでした。しかし,その後の国際的な議論を踏まえ2003年にプロトコールを改訂し,患者・家族から同意取得できた患者のみを解析対象として,81人の同意取得なしに研究に組み入れられた患者のデータは解析対象から除外されました。

表2 死前喘鳴のランダム化比較試験のデザインと同意取得方法(クリックで拡大)

 Heislerらの研究3)は先の研究も踏まえ,かつプラセボ対照試験であることから,よりフォーマルな同意取得に近い形でadvance consentが選択されました。2008~11年に404人の患者から同意取得ができ,そのうち177人(43.8%)が死前喘鳴を発症し,160人が研究対象となりました。

 最近に行われたMercadanteらの研究4)では,抗コリン薬が気道分泌を減らす作用を有することから,死前喘鳴の発症後に投与するよりも,予防的に投与した方が有効性が高いのではないかという仮説に基づいて行われた研究です。この研究は投与時期をずらした実薬対照試験と考えられるもので,proxy consentが選択されました。

 今回は,通常の同意取得が困難な場合の同意取得方法を検討しました。緩和ケア以外にも,高齢者や救急領域など,意思決定能力が低下した患者を対象とした臨床研究を実施する場合の参考にしていただければと思います。

今回のポイント

・意思決定能力に問題がある集団で研究を行う場合にも,可能な限り本人からの同意取得を試みる。
・本人からの同意取得が難しい場合には,介入の侵襲の大きさ(研究のリスク)を勘案して,本人からadvance consentを取得するか,代理意思決定者からのproxy consentを取得する。

つづく

参考文献
1)J Pain Symptom Manage. 2014 [PMID:24388124]
2)J Pain Symptom Manage. 2009 [PMID:19361952]
3)J Pain Symptom Manage. 2013 [PMID:22795904]
4)J Pain Symptom Manage. 2018 [PMID:30172864]
5)J Oncol Pract. 2013 [PMID:24130254]

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