医学界新聞

連載

2018.07.23


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第163回〉
考察『本当の看護を求めて』

井部俊子
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 本連載に関連した講演依頼が山口県看護協会から届いた。次のような文面であった。「週刊医学界新聞に連載されている『看護のアジェンダ』の第149回『本当の看護を求めて』を拝読し,5点の指摘内容に共感いたしました。(中略)看護の対象者と看護を提供する看護職の双方を守っていくために,現在の課題を整理し,どのように取り組んでいくのか,その方法についてご教示いただければと思います」。

 私は勇んでこの依頼を引き受けることにした。そして講演のタイトルを「看護のアジェンダ第149回『本当の看護を求めて』を考察する」と決めた。そういえば私はコラムで問題提起だけをしてそのまま放り出している,と気付いたからである。

臨床看護の「プロブレムリスト」および「対策の考察」

 『本当の看護を求めて』(本紙第3225号)では,私自身が看護に対して「暗澹たる気持ちになっている」と述べ,さらに続けて「劣悪なケアで住民が脅かされているだけでなく,看護師自身も状況に飲み込まれそうになっている」と書いた。そして,いくつかの具体的な事例を挙げた。例えば,“問題のある”認知症高齢者の見立てが違っていたこと,入院中に実施される不適切な排泄ケア,あてにならない退院時要約(サマリー),若手看護師が告発する身体抑制の実態などである。

 続けて「こうした状況は何を意味しているのであろうか」と問題提起した上で,私は5点を指摘した。いわば,“臨床看護のプロブレム”である。本稿ではそれらをプロブレムリストとして整理し,対策の方向性を「考察」したい。

プロブレム1:さまざまな要因で臨床ナースのウデが落ちている
→臨床ナースのウデを上げるため,以下を提案する。

①顧客は誰か。われわれは誰のために,何のために存在するのか。原点を確認しよう。
②定型化されたものを疑う。パスに従うだけでいいのか。
③「入院時に退院計画を」から「(入院前の)外来で退院計画を」にしよう(これは厚労省の施策となったので,すぐにでも実施可能である)。
『入院時のチェック』(本紙第3172号)を“業務”から“ケア”に転換させよう。

プロブレム2:インシデント発生を防ぐための効率性と安全性の過度な追求
→「効率性と安全性の過度な追求」をしていないか,立ち止まって考えよう。

①われわれの判断や行為が,患者の尊厳や安楽を奪っていないかを考えよう。
②家族を巻き込んでケアをすることを考えよう。家族をケアの「対象」ではなく,「ケア提供者の一員」とすると,われわれはもっと楽になると思う。

プロブレム3:権威にあらがえない若手看護師の悲哀
→一人ひとりが専門家としての意思決定にもっと確信を持とう。

①若手看護師も,若手でない看護師も,学習したことを活かそう。今まで参加した数多くの“研修”や頁をめくった“文献”,そして何よりも実践から体得した“経験”があるではないか。
②アサーティブに意見を述べよう。アサーティブなコミュニケーションの極意は,「私はこう思う」というI(アイ)メッセージである。主語はあくまで「私は」であり,「あなたは」ではない。
③理不尽な“指令”に反論しよう。たとえ指令が,上司や怖い先輩から発せられたとしても,自身の倫理観に反する事柄には反論する義務がある。「私は反対です。なぜならば……」と言う。ここから創造的な議論が始まる。

プロブレム4:関心が(稼働率や収益といった)経営にシフトしがちな看護管理者の志向
→看護管理者のミッションは何かを立ち止まって考えよう。

①看護管理者の使命は,提供する看護サービスの質を保証することである。
②そのための「知のプロデューサー」になること。
③看護師長は,自分の病棟の患者がどのような体験をしているかを知っておくこと。そのためには「歩き回り」や「対話」が必須である。
④看護部長は,看護師長やスタッフの,そして患者のホンネを聴く機会を設け,社会の変化をとらえるアンテナを高くしておくこと。
⑤看護部は,看護師たちを引き付ける14の要因(マグネティズム)を認識し,組織づくりの方向性を固めておく。

プロブレム5:臨床における適切なフィードバックの欠落。
→訪問看護師は患者のホンネを聴いている。訪問看護師や他職種からのフィードバックを受けてお互いから学ぼう。

①入院は入院,訪問は訪問と,お互いの領域を侵さないようにしているのはもうやめよう。耳がイタイことを喜んで聴くことにしよう。
②病院のカンファレンスに訪問看護師が参加し,訪問看護ステーションのカンファレンスに病院看護師が参加しよう。
③病院看護師は,自分の担当した患者のその後の生活を知るために訪問看護師に同行しよう。
④そのためのしくみ作りをしよう(最も肝心なことは,ケアを提供した相手に評価を求めることである)。

 「ベッドサイドに立つ人たちというのは,電車内で急病人が出たら,迷いなく手を差し伸べられる。駆けつけて必死に働く。人として高級で,格が違うと感嘆しました。(中略)全然けち臭くないんです。圧倒的な贈与の世界に生きている。贈与というと一方的に与えているように聞こえますが,逆にたくさんの何かをもらっているという感覚も,同時に持っている。謙虚なんです。そういう人間の大きさに,やられました」(朝日新聞2018年4月28日付「フロントランナー」編集者・白石正明さん ケアの可能性広げるキラーパス)という,われわれへのエールに応えよう。

つづく

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