医学界新聞

連載

2018.06.25



行動経済学×医療

なぜ私たちの意思決定は不合理なのか?
患者の意思決定や行動変容の支援に困難を感じる医療者は少なくない。
本連載では,問題解決のヒントとして,患者の思考の枠組みを行動経済学の視点から紹介する。

[第11回]コンサルテーションを利用する 医療者の決める力に対する支援

平井 啓(大阪大学大学院人間科学研究科准教授)


前回よりつづく

バイアスに流されずに意思決定するには

医療者 現在行っている治療が,残念ながら効果がなくなってきました。これからは痛みの緩和や生活の維持を目的とした緩和ケアを中心にしたほうがよいと考えていますが,いかがでしょうか。
患者 せっかくここまで頑張ってきたんです。もう少し治療を続けたいです。先生,お願いします。
医療者 そうですか……。どうしてもと言うなら,そうしましょうか。

 この後も積極的治療を継続したが,患者は急変により亡くなった。

 がん治療の現場でしばしば見られるこのような場面は,前回(第3274号)で扱った,患者側の現状維持バイアスとサンクコストバイアス,そして第9回(第3270号)で扱った医療者側の先延ばしの心理が組み合わさった典型的な場面です。

外的コミットメントを高めるコンサルテーション

 第3回(第3245号)で紹介したように,「やめる意思決定」の状況で必要なのは,患者の参照点を「現状維持」から「このままでは患者にとってマイナスの状況になる」という現状に即した参照点に移動させるコミュニケーションです。しかし,第9回で説明した「時間割引」により,目の前のつらいコミュニケーションを先延ばししたいという心理が医療者にあります。この状況での対応方法は,患者と医療者双方の行動経済学的特性をコントロールするために,内的・外的な「コミットメント」を高めることが基本でした。外的なコミットメントを高めるための構造化された方法の一つがコンサルテーションです。

 コンサルテーションとは,困ったことや課題を抱えたコンサルティ(相談者)が,問題解決のためにその課題の専門家であるコンサルタントに相談することです1)。例えば新規事業への投資を考えている企業経営者をコンサルティとして,経営コンサルタントは市場規模や見通しという観点から,意思決定に助言します。

 現在多くの病院で,さまざまな職種やチームがコンサルタントの機能を提供しています1)。その一つが「緩和ケアチーム」です。緩和ケアチームは,担当医や病棟スタッフからの依頼を受けて患者の総合的な評価を行い,包括的な支援を提供する多職種チームです。緩和ケアチームに求められる役割の中に,患者―医療者間コミュニケーションの促進,患者・家族の意思決定への援助,倫理的な問題を含む難しい治療・ケアに対する方針決定の支援があります。これらには,患者だけでなく医療従事者への支援が含まれます。またその活動には,プライマリ・ケアチームからの依頼に基づいて緩和ケアチームがプライマリ・ケアチームに接触し,協同してアセスメントを行い,治療計画を一緒に立て,的確に助言を行うことも含まれています1)

 主治医をはじめとするプライマリ・ケアチームをコンサルティとすると,緩和ケアチームはコンサルタントであり,プライマリ・ケアチームの意思決定を支援する存在です。プライマリ・ケアチームにしばしばあるのが,できる限り自分たちだけで仕事を完結したいという心理です。そのような場合は,よほど困った場面でしかコンサルタントに相談しません。冒頭の事例のような場合で,このままではまずいとプライマリ・ケアチームのメンバーが思ったとしても,緩和ケアチームに相談するほどではないと考えてしまいかねないと思います。

定期的なコンサルテーションを

 2010年に米国のTemelらが発表した「早期からの緩和ケアによって患者の生存期間が延長する可能性がある」ということを示す論文があります2, 3)。転移を伴う非小細胞性肺癌の患者を「標準的ケア+定期的な緩和ケアのコンサルテーション」群と「標準的ケアのみ(必要時には緩和ケアのコンサルテーションが受けられる)」群にランダムに分け,生存期間を比較したところ,「標準的ケア+定期的な緩和ケアのコンサルテーション」群のほうが,生存期間の中央値が有意に長かったと報告されました。この理由の中には,死亡前の無理な治療を行わなかったことで抑うつが予防され,患者のコーピング能力が高まったことや,看護師や緩和ケア医からの意思決定支援を受けられたことが挙げられていました3, 4)

 これは,緩和ケア医からの定期的なコンサルテーション,すなわちチームアプローチや意思決定支援が行われたことで,特に患者に負担を与える死亡前の化学療法を「やめる意思決定」を切り出すコミュニケーションを,患者と行えたからではないでしょうか。このことは定期的なコンサルテーションが重要である可能性を示しているといえます。

 筆者は緩和ケアチームの心理コンサルタントと,大学の経営企画業務における経営コンサルタントの仕事を非常勤でしています。コンサルティに対しては,意思決定を支援するコンサルタントの立場ですが,一方で自分自身の研究や教育,さらにはキャリアに関する重要な意思決定が必要な場面では,必ず第三者(できれば複数の人)に相談するようにしています。

 また,第8回(第3266号)で説明したように,医療者が患者にとって望ましい選択肢を伝える際には「ナッジ」を効かせることが重要です。患者の現在の状態において,それが一般的に行われる方法であると明確に説明し,望ましい選択肢であると医療者が考えていることを明確に伝え,それがデフォルトであると患者に十分に理解できるようにするということです。

 このとき重要なのは,どの治療方針をデフォルトとして設定するかです。その検討の際は,普段から一緒に仕事をしているプライマリ・ケアチームだけだと,意思決定の基盤となる前提が共有されてしまっているため,客観的な妥当性を検証できない場合があります。妥当性の高いデフォルト設定をするためには,コンサルタントにもあらかじめ検討に入ってもらうことが必須です。定期的にコンサルタントに相談するという習慣を持っておくと,難しい場面でもぶれない方針を示すことを可能にすると思います。

 コンサルタントにかかわってもらうようにすることは,外的なコミットメントを高め,患者や家族に対してナッジを効かせたコミュニケーションを可能にするだけでなく,患者への意思決定支援に対するプライマリ・ケアチームの心理的な負担を軽減します。そのため,長期的に見ると医療者自身のストレスマネジメントにつながるものであると考えられます。また,複数のコンサルタントを持つことは,意思決定支援に対する負担軽減だけでなく,多様な視点を持つことで医療者自身のクリエイティビティにも貢献すると思います。普段から自分の専門性と異なるコンサルタントに相談するようにしましょう。

今回のポイント

●コンサルテーションは,外的なコミットメントを高めるために有効な,構造化された方法である。
●コンサルテーションを利用することで,ナッジにおけるデフォルト設定がしやすくなり,難しい場面でもぶれない方針を示すことができる。
●難しい場面や判断に迷うときだけでなく,定期的にコンサルテーションを利用することが望ましい。
●複数のコンサルタントを持つことは,医療者自身のストレスマネジメントとクリエイティビティに貢献する。

つづく

参考文献
1)平井啓.精神・心理的コンサルテーション活動の構造と機能.総合病院精神医学.2016;28(4):310-7.
2)N Engl J Med. 2010[PMID:20818875]
3)宮下光令.注目! がん看護における最新エビデンス 第1回 早期からの緩和ケアは生存期間を延長する可能性がある.オンコロジーナース.2014;7(5):76-7.
4)CA Cancer J Clin. 2013[PMID:23856954]

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