医原性サルコペニアと看護師による予防と治療(森みさ子)
連載
2018.04.23
今日から始めるリハ栄養
入院したときよりも機能やADLが低下して退院する患者さんはいませんか? その原因は,活動量や栄養のバランスが崩れたことによる「サルコペニア」かもしれません。基本的な看護の一部である「リハビリテーション栄養」をリレー形式で解説します。[第3回]医原性サルコペニアと看護師による予防と治療
今回の執筆者
森みさ子(聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 急性・重症患者看護専門看護師/NST専任看護師)
(前回よりつづく)
サルコペニアと医原性サルコペニア
サルコペニアとは「筋量と筋力の進行性かつ全身性の減少に特徴づけられる症候群で,身体機能障害,QOL低下,死のリスクを伴うもの」と定義されます1)。症候は身体機能低下,筋力低下,筋量減少の3つで,原因は原発性として加齢,二次性として活動,栄養,疾患の合計4つがあります2)。
今回は,不適切な医療介入による低栄養,低活動によって引き起こされる「医原性サルコペニア」に対して,看護師が行う予防と治療について解説します。
なぜ医原性サルコペニアはつくられる?
わが国では入院患者の71.0%が65歳以上の高齢者であり,入院リハ高齢者の49~67%に低栄養,40~46.5%にサルコペニアを認めます3)。つまり,入院患者は加齢という避けられない因子に加えて,低栄養という二次性の因子が重なるためサルコペニアの発症リスクが高い状態にあると考えられます。
この他の要因としては,
・処置や手術がない患者に手厚いケアを提供しづらい診療報酬制度の仕組み
・ベッド以外に過ごす場所が少ないという病院環境
・病気だから休んでいたほうが良いという誤った認識
など,患者・家族に至るまでさまざまですが,最大の要因は医療スタッフの知識不足と,それによる問題意識の不足なのではないでしょうか。
例えば,
・不要な安静や絶食の指示を出す医師
・その指示を盲目的に実行する看護師
・食事量減少を伝えられない管理栄養士
・栄養素が不足する輸液と伝えられない薬剤師
・体重減少が続いているのに強度の高いリハを遂行するリハスタッフ
など,入院環境下の不適切な栄養管理とリハによって医原性サルコペニアが作られてしまうのです。
それぞれの職種に責任はあるといえますが,看護師は24時間365日患者のそばにいるという特性から,その責任は一番重いと私は感じています。
医原性サルコペニアをつくらない看護とは?
あらゆる領域における全ての対象者に対して,栄養状態を改善するための循環,交換,排泄,知覚と認知などを包括的に整え,活動と休息のバランスをとりながら運動機能を促進すること(第2回・荒木暁子先生)が重要です。そのためには,看護過程と同様に5つのステップからなるリハ栄養ケアプロセスを展開することが有用です。
❶リハ栄養アセスメント・診断推論:全人的評価
ICF(第1回・若林秀隆先生)や看護のアセスメントの枠組みに沿って全人的評価を実施します。心身機能だけでなく社会とのつながりや,患者・家族それぞれの願いも含めて全人的に評価しましょう。
栄養障害・サルコペニア・栄養素摂取の評価・推論
入院当日からできるサルコペニアのリスク評価のポイントをまとめました(表1)。「体重減少」と「食事摂取量の減少」は,低栄養の独立したリスク因子です。また,「下腿周囲長の測定」は侵襲を与えずに測定できる指標ですので,入院時身体計測項目の一つとして検討する価値があります。
表1 サルコペニアのリスク評価のポイント(『サルコペニアを防ぐ! 看護師によるリハビリテーション栄養』(医学書院)より作表)(クリックで拡大) |
❷リハ栄養診断:栄養障害・栄養素摂取の過不足・サルコペニアを診断
栄養摂取量の過不足を判定するためには,栄養摂取の過不足を評価する必要があります。体重1 kg当たり,熱量30 kcal,水分量30 mL,タンパク質量1 g(腎機能正常な場合)が目安となります。
❸リハ栄養ゴール設定:仮説思考でリハや栄養管理のSMARTなゴール設定
❹リハ栄養介入:「リハからみた栄養管理」や「栄養からみたリハ」の計画・実施
❺リハ栄養モニタリング:リハ栄養の視点で栄養状態やICF,QOLの評価
看護活動のアセスメントの枠組みには「活動」「栄養」に関する項目が含まれています4)。ですから医原性サルコペニアを予防する特別な看護はありません。しかし,リハ看護と栄養療法の視点を持って知識を補う必要はあるでしょう。❸~❺について,私が経験したケースでご紹介します。
<事例>食事がほとんど食べられず寝たきり状態の男性患者。その方は「疲れてだるく,動けない」と話し,リハビリが進まないという問題に対して,リハスタッフからNST依頼がありました。 ●身長170 cm,現体重60 kg,BMI 20.7(1か月前は体重65 kg)
|
この方のエネルギー必要量と摂取量の関係は次の通りです。
【必要量(簡易式)】
エネルギー量 2000 kcal/日(=30 kcal/kg×60 kg+エネルギー蓄積量200 kcal)
水分量 1800 mL/日(=30 mL/kg×60 kg)
タンパク質量 60 g/日(=1 g/kg×60 kg)
【摂取量(ソルデム® 3A 500mL(86kcal)×3本)】
エネルギー量 258 kcal/日(=86 kcal×3)
水分量 1500 mL/日(=500 mL×3)
タンパク質量 0 g/日(=0 g×3)
エネルギー摂取量は258 kcalで必要量は2000 kcalですから,充足率は12.9%しかありませんでした。体重減少,下腿周囲長基準値以下,活動性の低下などを鑑みると,医原性サルコペニアに陥っており,この状態でレジスタンストレーニングをしても低栄養を助長するだけと判断しました。そこで,患者・家族と相談して「1か月以内に①食事により必要量を充足する,②身の回りのことを自力で行えるようになって退院する」というゴールを設定し,NSTによる栄養評価,輸液・食事の調整と,摂取量に見合ったリハを行いました。病棟では,「日中1回はトイレまで歩いて行く」,「車椅子移動前に端座位になる」,「オープンクエスチョンで話し掛ける」などの強度の低い運動(表2)を取り入れて活動量や会話量を増やすことで,徐々に活気を取り戻し,退院後にお孫さんの結婚式に参列することができました。
表2 医原性サルコペニアを予防・改善する看護介入(森氏作成)(クリックで拡大) |
栄養量の過不足のアセスメント,運動強度のモニタリング,多職種連携を促進することなどを看護の一部ととらえ,リハと栄養に意図的に介入することが医原性サルコペニアの予防や改善の鍵となるでしょう。患者の願いを支えるために,リハ栄養の視点を持って,看護専門職として全人的なケアを実践しましょう。
今日からこれを始める!●医原性サルコペニアは,不適切な医療介入による低栄養,低活動が要因で引き起こされることを理解しましょう。
|
(つづく)
参考文献
1)Age Ageing. 2010[PMID:20392703]
2)J Am Med Dir Assoc. 2014[PMID:24461239]
3)J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2014[PMID:25223471]
4)森みさ子.病棟看護師の栄養管理における役割,日静脈経腸栄会誌,2015;30(6):1246-53.
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