医学界新聞

連載

2012.02.20

看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第86回〉
代理決定支援における「新しい仕事」

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 週刊医学界新聞第2951号(2012年1月16日)の「老衰終末期における代理決定」(連載「老年医学のエッセンス その13」)は,患者の意思決定支援における新たな方向性を示す注目すべき論考である。

 筆者の大蔵暢氏は,老衰プロセスの高度衰弱期において,患者とその家族に老衰自然死を検討してもらうために行っている臨床家としての取り組みを,文献を参照しながら紹介している。概略はこうである。「高齢患者の虚弱化が進んで,その可動性が車椅子移動やベッド上に限られるようになり,複数のADL障害が出現する高度虚弱期に入ったら」という時期を設定し,「本人や家族,その他のケアにかかわる人と,今後の医療やケアについての相談を開始する」のであるが,その際の要点を筆者は四つ挙げている。

患者・家族とともに老衰自然死を検討するための要点

 まず,「早期から話し合いを行う」ことである。「早期から話し合いを開始すれば,大きな見解の相違も時間をかけて小さくしていくことができる」のであって,誤嚥性肺炎を繰り返すような“追い詰められた状況下”で,家族に胃ろう造設か否かの決断を迫るのは適切ではないと指摘している。「人工栄養をしなければ見殺し」といった雰囲気に押されて,造設を決断せざるを得ないケースが多いという。

 二つめは,「代理決定ではなく意思代弁を促す」ということである。高度虚弱期の高齢者は認知機能低下を伴う場合が多く,近親者が代理決定人の役割を要求されるが,「最も重要なことは,代理決定権を持つ近親者に,自身の希望ではなく,高齢患者の意思を代弁してもらうように促すことである」と指摘する。つまり,次のような会話をすることである。「ご主人の胃ろう造設について,奥さんはどうしたいですか」という聞き方ではなく,「ご主人がもし話せたら,何とおっしゃるでしょうか」と問いかける。

 三つめは,「明確な医学的アドバイスを与える」ということである。代理決定は他人の生死にかかわる決断のため精神的ストレスは大きく,長きにわたって「本当にこれでよかったのか」と思い悩む日々が続く。したがって,医師が,「○○さんの現状や事前の意思,ケアのゴールを考慮すると,胃ろう造設をお勧めしません」と明確なアドバイスを行うことで,代理決定人の行う苦渋の決断への罪悪感や責任感を軽減できるのではないかと述べている。筆者は,老衰自然死を決断する責任を肩代りすることも,超高齢社会の医師に与えられた新しい仕事のひとつであるという。私はこの提案に賛同するとともに,そうした「新しい仕事」に看護職や介護職も参画すべきであると思う。

 四つめは,「平穏な最期を約束する」ことである。近親者の「最期に苦しむ姿を見たくない」という願いに応えるために,在宅(施設)での看取りの同意を求める際には,平穏な最期を約束することで,近親者も老衰自然死を受け入れやすくなる。「その後,医療チームは緩和医療の知識と技術を総動員して実際に平穏な最期を提供すべきなのは言うまでもない」と強調している。

 さらに,欧米の臨床倫理ではすでに確立した代理決定の基準がある一方で,こうした考え方はインフォームド・コンセントの流れに逆行するパターナリズムの復活ではないかという批判があるとした上で,「この複雑かつ重要な決断プロセスに最も経験のある医師が深くかかわることによって,意思を表出できない患者の希望や利益を守り,近親者の代理決定の負担を軽減」し,「医療スタッフの終末ケアへの自信を高めることにつながるはずである」と締めくくっている。

決断プロセスへのケア提供者の参画

 私は,「この複雑かつ重要な決断プロセス」に医師だけがかかわるのではなく,患者の日常ケアを行い家族との交流を保つケア提供者が果たす役割は大きいと思う。

 折しも,伝統的で主従的な医療者-患者関係ではなく,双方向的な情報交換により,情報を共有して意思決定を行う協働的意思決定(shared decision making)を促すガイドブックが最近出版された(中山和弘,岩本貴編集『患者中心の意思決定支援』中央法規,2012年)。そこでも,「高齢者の胃ろう造設に関する意思決定支援ガイド」が紹介されている。

 先日読んだ学術誌の巻頭言では,最近の高齢者の遺体は昔と違って「皮膚が黒ずんでいたり水ぶくれして」いたり,「安置してある寝具がビッショリ濡れて」いたりする例があり,「あたかも溺死したかのような印象を受ける」という葬儀社の人の話が紹介されていた(大塚宣夫.長生きの先にあるもの.医療と社会.2011;21(3):)。これは,経口摂取ができなくなったあとの水分や栄養分の注入に問題があるのではないかと指摘している。

 ケア提供者は,「○○はお勧めしません」というアドバイスをする「新しい仕事」を引き受けたい。

つづく

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