医学界新聞

連載

2012.03.19

看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第87回〉
レッテルをはがす

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 昨年12月末,「突然のメールにて失礼いたします」という書き出しで,卒業して2年が過ぎようとしている臨床ナースからメールが届いた。それによると,「大学院で看護管理を学びたい。研究課題にしたいと考えていることは新人看護師教育であり,多重課題に焦点を当てて考えていきたい」ということであった。

退職の勧め

 1月に入って,彼女と会った。

 あなたはもっとゆっくり仕事ができるところに行って仕事をするといい,と上司から言われている。落ち着いてそう話し出した。現場は多重課題が多く,それに対処するため「看護」が丁寧でなくなっている。だから,働きやすさに焦点を当てて,新人が課題を克服できるようにしたいと,少し興奮ぎみに語った。

 私は,研究課題が彼女自身の課題なのだと思った。どのようなことが多重課題なのかを具体的に話してもらった。自分の受け持ち患者の輸血を準備している際に,胸痛を訴える患者がいて心電図を取るようにリーダーに指示された。しかもほかに,トイレ介助を頼まれている患者がいる。こんなときはどうしたらいいのかわからなくなる。

 誰かに手伝ってもらいたいと言えないのかと私が尋ねると,2年目になるとそれができるようになったが,1年目は「お願い」ができなかった。「お願い」ができるようになるまで時間がかかったと答える。

 彼女は,顔を上げ,姿勢を正して,きちんと状況を説明することができた。見込みがあると私は思った。しかし,彼女はすでに上司から,ひとつのことに時間がかかると指摘され退職の勧めを受けていた。このことを話すとき,彼女の表情は少し苦しそうだった。

心機一転の春

 その後しばらく,私は現在の勤務状況を聞いた。16時間夜勤をしているが,休憩は夕食時に腰かけるくらいであること,翌日分の内服薬のセットに時間がかかること,持参薬の仕分けをしなければいけないこと,さらに,病棟のナースたちの異動や退職者のことも説明してくれた。

 私は,こう尋ねた。「あなたは病棟はもうまっぴらごめんと思っているの,それともやり残したことがあると思っているの」と。すると,彼女の表情は一瞬輝いた。「まだ,やっていきたい」というふうに。

 彼女は,すでに自分に貼られている「仕事ができないナース」というレッテルにもがいているようであった。私は,修士課程への進学はこの先いつでもできるから,3年目のナースとして臨床ですべきことをやった後でもよいと話した。そして,上司と会って退職の意向を撤回し,相談したらよいと勧めた。「そうします」と決然と答えた彼女の表情がよかった。

 その後,彼女から何回かメールが届いた。結局,来年度から部署を変えて勤務を継続することになったということであった。「心機一転。頑張っていきたいと思います。井部先生になんとお礼を申し上げてよいかわかりません」というメールの文章がはずんでいるようにみえた。

 私はこう返信した。「人生,山あり谷あり,ですから,行き詰まったらまた来てください」と。「ありがとうございます!」というエクスクラメーションマークが付いたメールの返信は,彼女の喜びを表していた。

 彼女はきっと「仕事ができないナース」というレッテルをはがし,「あのころは私も自信がなかったのよ」と語ることのできる"先輩"になるであろう。

 年度末はこうしたさまざまな波紋の中で,それぞれの新年度を迎える。

つづく

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