医学界新聞


実践者の拡充と均てん化に向けて

インタビュー 辻 哲也

2011.06.20 週刊医学界新聞(通常号):第2933号より

 がん治療においては,患者の身体障害の軽減を目的とした,より侵襲性の低い治療の開発が進んでいる。それでもなお生じてしまうさまざまな機能障害の予防・軽減,運動能力の維持・改善を目的として導入されたのが「がんのリハビリテーション」(以下,がんリハ)だ。わが国では,2010年度診療報酬改定において「がん患者リハビリテーション料」(以下,がんリハ料)が保険収載されたが,医療者,患者双方に向けた普及・啓発やわが国の臨床に即したエビデンスの創出など,課題も山積している。本紙では,わが国のがんリハを牽引してきた辻氏に現状と今後の展望を伺った。

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――がんリハ料の保険収載は,どのような変化をもたらしたのでしょうか。

 診療報酬改定によって変わったのは,まず疾患横断的な算定が可能になったことです。改定前のリハビリテーション料は疾患別(脳血管疾患,運動器,呼吸器,心大血管疾患)に分かれており,いずれかで算定しなければいけませんでした。ところが,がんの患者さんはがん自体あるいはその治療過程において,運動麻痺,摂食・嚥下障害,浮腫,呼吸障害,骨折,切断などさまざまな身体障害が起こり得るので,算定が難しかったのです。ですから,がんリハ料の新設によって"がん"というくくりで複数の合併症や機能障害に対応できるようになったのは,非常に有意義なことだと思います。

 次に特徴的なのは,すべての病期をカバーできるようになったことです。

――どんな点が変わったのですか。

 がんリハは,1981年にJ. Herbert Dietzが提唱した「予防,回復,維持,緩和」という分類を基に考えられています。ただ,がん医療にかかわるリハスタッフも限られるなかでは,機能障害が起きた患者さんの機能回復を中心にリハが導入され,障害や合併症の予防に関しては十分な対応がなされていませんでした。新設されたがんリハ料では,放射線治療や化学療法,手術などによる後遺症や合併症の予防,軽減のための予防的リハが算定できるようになっているので(),今後さまざまな取り組みが広がっていくと考えられます。

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 がん患者リハビリテーション料における対象疾患と実施されるリハビリの内容

――予防的リハとは,具体的にどのように行われるのでしょうか。

 リハ科が介入するのは,基本的に主治医からの依頼を受けた患者さんです。手術予定の患者さんの場合,まず術後に想定される障害とそれに対するリハについて,社会復帰までの見通しも含め説明することが重要です。患者さんの不安の軽減につながるだけでなく,リハスタッフと面識を持つ機会ともなり,術後スムーズに介入できます。

 また,術後リハのリハーサルも行います。例えば,開胸・開腹手術後は,痛みや麻酔の影響で呼吸が浅くなり,肺機能が一時的に落ちてしまいます。そうすると,肺炎や痰詰まりなどの合併症を起こしやすくなるため,予防のための腹式呼吸やインセンティブ・スパイロメーターを使った呼吸法,痰の出し方などの訓練を行うのです。

――前もって起こり得る事態とその対処法を知っておくことで,患者さんの動機付けにもつながりますね。

 私たちもそのように考えています。術前に介入するもう1つの目的は,患者さんのリスク評価です。既往歴,呼吸機能,麻痺や腰痛・膝痛の有無,理解力や認知力の現状などを評価し,術後,何に重点を置いて介入すべきか,スクリーニングを行うことは非常に重要です。

 手術件数の多い医療機関ではすべての患者さんに介入するのは難しいでしょうし,自施設の状況に応じて,リスクの高い方はリハ科,年齢が若く呼吸機能に問題なく過ごしている方は看護師が介入するなど,基準を設けておくとよいと思います。ただその際,スタッフ全員が同じ指導を行えるようパンフレットを共有化したり,何らかの問題が生じたときにすぐにリハ科にコンサルトできるような体制を整えておくことが必要となります。

――がんリハ料は,入院中の患者さんのみに適用されています。外来受診の患者さんにはどのようにかかわっているのですか。

 入院から手術までの時間が非常に短くなっている今,入院前の外来リハは不可欠ですが,その多くが実質サービスになってしまっています。治療の後遺症が続いている患者さんへの外来対応も必要なので,外来でも算定できるように今後要望を出していきたいと考えています。

 一方で,がんリハ料を算定するためには厚労省の委託事業である「がんのリハビリテーション研修」を修了したリハスタッフでなければならないなど要件があるため,がんリハ料を算定できている医療機関はまだまだ少ないのが現状です。

――まずは普及・啓発のための取り組みが必要だということですね。

 はい。がんリハ料の要件には具体的な疾患名も挙げられているので(表),一見リハが必要だとは思われないような,化学療法や造血幹細胞移植などを行っている患者さんに対しても,リハという観点からかかわる必要があるという意識を医療者が持つきっかけにもなっています。これを機に,これまでリハ科とのかかわりが少なかった診療科にも働きかけていきたいと考えています。

――普及・啓発のためには均てん化も重要な課題ですね。

 現在,日本リハビリテーション医学会の「がんのリハビリテーションガイドライン策定委員会」において,診療ガイドラインの作成に取り組んでおり,今年中には試案を提示する予定です()。世界的に見ても,原発巣や治療的介入を網羅したがんリハのガイドラインは,American College of Sports Medicineが2010年に発表した「がんサバイバーに対する運動推奨ガイドライン」しかありませんでした。ただ,これはスポーツ医学会によるガイドラインということもあり,持久力トレーニングや筋力トレーニングなど,運動療法に限定されたものです。

 私たちが現在作成しているガイドラインでは,国内外の文献を抽出して,がんリハ全体を網羅した内容にしたいと考えていますが,海外の文献が中心になると思います。日本発のエビデンスはまだまだ少ないため,ガイドラインで枠組みを示すことによって診療の質を担保すると同時に,それを踏まえた臨床研究に各施設で取り組んでいただき,日本の医療に即したエビデンスを創出してほしいと考えています。

 さらに均てん化という観点では,全国でばらつきなく質の高いリハを提供するために,がんリハの将来像を提言していくことも重要です。そこでガイドライン作成に並行して,日本リハビリテーション医学会,日本理学療法士協会,日本言語聴覚士協会,日本作業療法士協会,国立がん研究センターが協働し,がんリハのグランドデザインを作成しています。グランドデザインは今年度中にひな型ができる予定なので,これを基に,将来像を見据えた研究会や普及のための取り組みが進むことを期待しています。

――クリニカルパスの作成にも取り組んでいらっしゃると伺いました。

 クリニカルパスに関しては,厚労科研費第3次対がん総合戦略事業「がん医療の質向上をめざした基本がんクリニカルパス作成と公開に関する研究」(班長:河村進)が進んでいますが,その中で「がんのリハビリテーション小班」が昨年度発足しました。私はそこに委員として参加していますが,現在肺がん患者の周術期における呼吸リハの院内パスのひな型が出来上がり,それ以外のパスについても取り組みを開始したところです。

――地域連携という観点でのパスの導入も検討されているのですか。

 地域連携は今後の課題です。特に在宅療養中の末期の患者さんは運動機能の低下が刻々と進むなか,最後まで歩きたい,トイレには自分で行きたい,外へ出たい,などさまざまなニーズを持っています。ですから,在宅医療にかかわる医療・介護職に対し,患者さんの段階に応じてどのような介助ができるのかを,リハの立場から指導する機会を設けていきたいと考えています。

――リハの専門医がいない医療機関との連携も重要ですね。

 がん医療においては,二次医療圏ごとに整備されている地域がん診療連携拠点病院が地域を束ね,全体として医療の質を高めていく役割を持っています。がんリハも例外ではなく,がんリハ研修は地域がん診療連携拠点病院が対象となっていますから,研修を修了した医療機関を中心に,地域全体で体制を整えていくことが理想的だと考えています。最近,県や市単位でがんリハの研究会ができるなど,地域レベルでのリハスタッフの交流の場も広がりつつあるので,このようななかで顔の見える関係づくりが進んでいくのではないでしょうか。

――ガイドラインやグランドデザインに即した実践を行うためには,教育の重要性もますます高まっていくと考えられます。

 普及・啓発,そして質の担保という意味では,先ほどお話ししたがんリハ研修が重要な役割を担っているのですが,それだけでは受け入れられる人数にも限りがあります。そのため,現在グランドデザイン作成にかかわっている各団体が「がんのリハビリテーション研修合同委員会」を立ち上げ,厚労省委託事業に準じたかたちで研修会を開催しています。

 研修の修了ががんリハ料の算定要件になっている前提には,これまでがんリハという概念自体が浸透しておらず,卒前教育も十分に行われてこなかったという背景があります。がんリハのエビデンスの大半は「実施したことで状態が改善した」というもので,リハに取り組むこと自体は大切です。しかし,リスクを踏まえた上で実施しなければ,逆効果になる場合もあるのです。

 例えば,骨転移の患者さんには骨折のリスクがあります。骨転移の部位をきちんと把握することはもちろん,それによってどんな動作が危険であるのかなど,リスク管理のための医学的な知識を身につけなければいけません。

――一方,がん医療においては,患者さんの精神面のケアの重要性も指摘されていますが,どのような教育がなされているのでしょうか。

 リハスタッフは,日々の訓練のなかで患者さんの状態がよくなっていくという経験が多いのですが,進行がんあるいは末期がんの患者さんの場合はリハを行っても機能がだんだん落ちていくことが少なくありません。そのため,普段がんの患者さんに接する機会の少ないリハスタッフのなかには対応に悩む場面もあると聞きます。ベースとなるがんに関する知識やがん患者さんとのコミュニケーションスキルなどを身につけることで,スタッフの心に余裕が生まれ,患者さんとの関係も深まっていくのではないかと思います。

――質を担保するための教育を進める一方で,リハスタッフの専門性を高めるための教育として文科省の「がんプロフェッショナル養成プラン」(以下,がんプロ)にも取り組まれていると伺いました。

 がんプロは,大学が連携してがん医療に携わる専門職を育てようというプログラムで,本学は南関東圏の8大学と連携しています。本学では,がん治療の7つの柱のなかに「がんリハ」を入れており,専門医養成コース(博士課程)とリハビリ療法士養成コース(修士課程),短期集中型のインテンシブコースを持っています。多職種チームにおいて指導的な役割を担える人材の育成が喫緊の課題であるなか,実際にがんリハに携わっている方,より深く追究したいという方が受講しています。

 日本では,がんリハを専門に学ぶことのできる大学院コースは本学のほかにはほとんどありません。また,リハスタッフの養成校での卒前教育も十分になされているとはいえない状況です。診療報酬上,がんリハは脳血管疾患等・運動器・心大血管・呼吸器リハと並び,疾患別リハの一つとして位置付けられているわけですから,リハ関連の学協会や大学でのがんリハに関する一層の取り組みを期待したいと思います。

――ありがとうございました。

 

(了)


註:厚労科研費第3次対がん総合戦略研究事業「がんのリハビリテーションガイドライン作成のためのシステム構築に関する研究」(研究代表者=辻哲也氏)

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慶應義塾大学医学部腫瘍センター リハビリテーション部門 部門長

1990年慶大医学部卒。99年医学博士号取得。2000年英国ロンドン大付属国立神経研究所リサーチフェロー,02年静岡県立静岡がんセンターリハビリテーション科部長を経て,05年慶大リハビリテーション医学教室講師,11年より現職。周術期から緩和ケアまで,がんのリハビリテーション全般に携わる。日本リハビリテーション医学会「がんのリハビリテーションガイドライン策定委員会」では委員長を務める。近刊に『がんのリハビリテーションマニュアル――周術期から緩和ケアまで』(編集,医学書院)。

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