医学界新聞

連載

2010.10.18

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第70回〉
存在の耐えられない軽さ

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 2010年9月11日土曜日の朝日新聞「be」の「フロントランナー」欄で紹介されたのは,名田庄診療所長の中村伸一さん(47歳)であった。

 新聞を開くと,まず大きな写真が目に飛び込んでくる。民家の居間で“おばあちゃん”が両足を投げ出し,二つ折にした茶色い座ぶとんの上に左腕を乗せている。彼女のうしろから膝をつき身を乗り出しているのは,水色のユニフォームを着たナースらしき女性だ。彼女は,左手でおばあちゃんの肘あたりを押さえている。添えようとして差し出した右手のために,胸に付けている名札が読めない。青い半袖の柄物のシャツとズボンを着て正座し,右腕を無造作にテーブルの上に乗せた中村伸一さんを見て,おばあちゃんは微笑んでいる。二人の会話に納得するようにナースの表情もやわらかく,中村さんも目を細めている。黒光りしている扉の向こうにベッドが少しだけ見える。

 写真の脇にこんなキャプションが付いている。「訪問診療先で注射を終えた後もおばあちゃんと話が弾む=福井県おおい町」と。

地域を支えるフロントランナー

 写真を撮った人は福岡亜純さん,文を書いた人は浅井文和さんである。

 書き出しがうまい。「おばあちゃんが自宅の窓から手を振っている。訪問診療を終えた中村さんの車に向かって,いつまでも,いつまでも……。」おばあちゃんは,「90代。耳が遠い。目もよく見えない。心臓の病気もある。それでも,介護サービスを受けながら,自宅で一人で暮らす」と続く。

 一方,中村伸一さんは,福井県おおい町の旧・名田庄村地区の唯一の診療所の,ただ一人の常勤医師と紹介される。1日平均65人の外来患者を診療したあと,「昼食をとる間もなく」車に乗り込んで,午後は訪問診療を行う。

 中村さんはへき地医療の義務がある自治医大を卒業後3年目にこの診療所に赴任し19年がたつ。そして今年6月,患者を自宅で看取った体験を著書『自宅で大往生』(中公新書ラクレ)にまとめた。本に出てくる亭主関白だった夫は,妻に「これまでありがとう。家で死ねて,ええ人生やった...

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