医学界新聞

連載

2010.10.04

連載

あらゆる科で
メンタル障害を診る時代に
知っておいてほしいこと

第2回
抗うつ薬の処方における問題

姫井昭男(PHメンタルクリニック/大阪医科大学神経精神医学教室)


前回よりつづく

 “心の病”が日々取りざたされる時代になっても,初めから精神科・心療内科に足を運ぶ人はそう多くはいません。メンタルに不調を感じつつも,まずは精神科以外の科を受診してみる,という考え方が,まだ一般的なのです。そこで本連載では,どの診療科の医師でもメンタル障害を診る可能性がある現状を踏まえ,そのプライマリ・ケアの知識とスキルを学びます。メンタル障害に“慌てない,尻込みしない”心構えをつくりましょう。


■うつ病治療で気をつけることは?

 “「うつ病」の症状を記述しなさい”という試験問題が出たとすれば,それは非常に幸運です。というのも,一般に不定愁訴と言われる症状ならばどれを答えても正解になるからです。それだけ「うつ病」の症状は多彩ということなのです。典型的な「うつ病」だけではなく「うつ状態」も含めると,その症状はメンタル障害であるにもかかわらず,精神症状よりも身体症状のほうが圧倒的に多く,また多様です。ケースによっては全く精神症状に関連した訴えがなく,身体症状が主となる場合もあり得ます。最近,メンタル障害患者が最初に受診する医療機関の大部分が内科系である理由には,これらの要因も絡んでいるのです。

 こうしたメンタル障害の病初期における現状に加え,いまだに根強い精神科に対する偏見から生じる“まさか私が精神的に病んでいるなんて”という心理背景が受診へのハードルを高くしています。ですから「うつ病」や「うつ状態」のプライマリ・ケアは,今後もしばらく,精神科医以外の科の医師が担わねばならないと考えます。

 したがって最良の手段は,内科を専門とする先生方にもメンタル障害の知識と治療指針をアップデートしてもらうことなのですが,ただでさえ内科学の研鑽で多忙な状況で,それ以上を求めることは酷というほかありません。そうはいっても,現状では内科を受診する人が多いのは事実であり,見て見ぬ振りもできません。

 そこで今回は,「うつ関連」のプライマリ・ケアにおいて精神科以外の科の医師が気を付けるべきことや,どこまで治療に関与すべきかを,筆者の経験から指南します。

■処方の前に見極めること

 メンタルな問題で,医療機関を受診するのはいまだに抵抗があるとは言いましたが,“うつ的”なところがあるとすぐに受診するタイプの人もいます。このような人のなかには,“うつ的”ではあっても,それは随伴症状に過ぎず,その他のメンタル障害が主である場合が少なくありません。精査して診断してみると,自己愛の強いパーソナリティー障害,社会不安障害,強迫性障害であるケースが増えてきています。

 そこで,重要なのは問診です。まず,症状が出現し始めてどのくらい経つのかを尋ねます。症状発現から2週間も経っていない場合は過敏な反応の可能性があるので,経過観察とするのが適切な対応です。また,数か月の長期にわたって“うつ的”であるという場合は,さまざまなメンタルな問題が背景に隠されている可能性が高いので,精神科受診を勧めてください。

 さらに,あまり深追いせず,積極的に精神科受診を勧めてほしい場合があります。患者自身がつらさを訴えているが,その内容が理解し難いケースや,うつの症状ではなく「生きること」自体がつらいと訴えるケースです。このようなケースは,“うつ的”な要素を持っていても,基盤にはその他のメンタル障害(ボーダーラインパーソナリティー障害など)があり,それを治療しない限り回復はみられないのです。それが確認できた時点で精神科的薬物治療は中止し,精神科医にコンサルトしてください。

■抗うつ薬の選び方

 作用機序は似ているものの,効果や適応に違いのある薬剤は,どの治療分野でも存在します。それらの薬剤の特徴を細部まで理解し使い分けることは,本来その分野の専門家にしかできないものです。ですから精神科を専門としない医師が,数ある抗うつ薬を最適に使いこなせるまでの指南をこの紙面で行うことは,とても困難です。

 しかしながら冒頭に述べたように,メンタル障害のプライマリ・ケアは,精神科を専門としない医師にも担ってもらわなければならないのが現状です。そこで,抗うつ薬の選択について非常に大ざっぱながら説明してみます。

 薬物療法では,科を問わず,副作用をできるだけ避けること,選択性が高い薬剤を選ぶことがスタンダードと言えます。抗うつ薬治療におけるスタンダードは,SSRI(選択的セロトニン再取込み阻害薬),SNRI(選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬)です。SSRIとSNRIの選択については多様な意見があり,一定の見解を得ていないのが現状ですので,ここでは筆者の臨床現場での経験から一つの指針を述べます。

 SSRIとSNRIの決定的な違いは,前者はセロトニン寄りの効果に重点を置き,後者はセロトニンとノルアドレナリンそれぞれに効力を発揮するよう設計されている点です。詳細は成書に譲りますが,セロトニンとノルアドレナリンの生理機能には一部に違いがあります。それらを考慮すると,セロトニンが機能低下を来した場合は精神症状>身体症状となり,ノルアドレナリンならその逆とイメージできるのです。つまり,明らかに“うつっぽい”と感じるなら精神症状優位と考え,まずはSSRIを処方してみます。逆に“身体的な不定愁訴が多いが,メンタルなものも感じられる”場合にはSNRI,というロジックで処方計画を立てればよいでしょう。抗うつ薬の選択についてはまだ一定の指針が示されていませんが,むやみに処方するのでなく,こうした薬理学的なロジックを根底に置いた処方を重ねていれば,それなりの使い方ができるようになると考えます。

■処方するなら単剤で

 抗うつ薬を処方する際に念頭に置くことは,“必ず単剤で処方すること”です。抗うつ薬にもさまざまな種類がありますが,基本は単剤での治療です。特に近年登場した抗うつ薬は,薬理作用として,特定の神経伝達物質の動態への作用において,より選択性の高い効果を示す薬剤が多くなってきています。そうしたこともあり,多剤併用ではその薬剤の特性が発揮できなくなるだけでなく,予想もしない有害事象が出現するかもしれないのです。

 しかしながら,実際の臨床現場では効果不十分なケースは少なくなく,他の抗うつ薬を追加したほうがよいと考えることもあるでしょう。そのような状況になったときには,無理をせずに精神科にコンサルトしてください。しかし,やむを得ずそのまま治療を続ける必要があり,多剤併用療法以外の選択法がないときの注意としては,SSRI系抗うつ薬とSNRI系抗うつ薬のコンビネーションを避けることです。選択性の高い薬剤を併用しないようにすることが大切です。薬剤選択に迷うような場合は,速やかに信用のおける精神科へ紹介してください。

■抗うつ薬の効果判定

 抗うつ薬の多くは即効性ではありません。個人差もあり,ある程度の使用経験がないと非常に判断は難しいのですが,おおむね2週間から4週間観察すれば効果判定ができます。当事者自身が症状の軽減を感じられるようになるには,さらに時間が必要です。効果がなかなか見られないために,薬剤を次々と変更したり,症状が改善しないという訴えに過剰反応することのないように心がけてください。“うつ”の治療には,治療者が焦らずに経過観察をすることが重要なのです。

■治療が奏効した後は……

 抗うつ薬には,他の治療薬にもみられるリバウンドのような症状が出現します。薬剤の急な中止は避けるよう,注意しなければなりません。抗うつ薬を急に中止すれば,うつ症状の再燃ではない症状が出現することは古くから知られていましたが,SSRI,SNRIなど選択性の高い薬剤の登場で,その発現率は高くなってきています。この症状・症候を「中止後発現症状」といいます。うつ状態が治った後でも,患者判断で服薬を中止しないように注意喚起し,抗うつ薬は漸減することを徹底すれば,理想的な治療が実現できます。

 次回は,睡眠導入薬や抗不安薬などいわゆるマイナートランキライザーについて,医原性薬物依存の問題など,ぜひ知っておいていただきたいことをお話しします。

つづく


姫井昭男
1993年阪医大卒,同年同大神経精神医学教室入局。99年,同大大学院にて精神医学博士号取得。07年より大阪精神医学研究所新阿武山クリニック所長。本年5月,PHメンタルクリニックを開業。PHとは,Positive Health=健康づくりの意。専門外来を標榜せず“家庭医としてのメンタルクリニック”をめざしている。また,複数の企業で産業医も務める。著書に,『精神科の薬がわかる本』(医学書院)など。

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