マイナートランキライザー処方における問題(姫井昭男)
連載
2010.11.08
連載あらゆる科で
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(前回よりつづく)
“心の病”が日々取りざたされる時代になっても,初めから精神科・心療内科に足を運ぶ人はそう多くはいません。メンタルに不調を感じつつも,まずは精神科以外の科を受診してみる,という考え方が,まだ一般的なのです。そこで本連載では,どの診療科の医師でもメンタル障害を診る可能性がある現状を踏まえ,そのプライマリ・ケアの知識とスキルを学びます。メンタル障害に“慌てない,尻込みしない”心構えをつくりましょう。
トランキライザー(tranquilizer)と総称される精神安定剤のうち,不安や焦燥,過敏,不眠などの症状を抑えるものをマイナートランキライザーと言います。これらの薬剤は精神科以外の診療科において向精神薬の中で最も使用頻度が高い一方,これにまつわる医療上の問題が増加し,最近ではその乱用・依存も社会問題化しています。
前回の抗うつ薬が“使い方がわからず”困る向精神薬であったのに対し,マイナートランキライザーは“使い方を誤って”困る向精神薬と言えます。正しい知識と上手な使い方を学ぶことが,今回のねらいです。
■マイナートランキライザーの薬効
マイナートランキライザーの主たる薬理効果は,興奮した神経伝達システムのクールダウンとリラックスです。リラックスの程度から抗不安薬と睡眠導入剤に分けられますが,過量に服用すればどちらも過鎮静となり,最終的には“気絶”に近い状態になります。一見眠っているようでも自然な眠りではないため,脳と身体の休息にはならず,覚醒した際にかえって頭痛や疲労感を感じることもあります。
■不眠症治療薬としての効果
不安や焦燥が主症状ならば,当事者もメンタルな問題と自覚できるので心療内科や精神科を受診します。ところが「不眠」の場合,まずかかりつけ医に相談することがほとんどです。このため精神科以外での処方では,睡眠導入剤または睡眠効果の高い抗不安薬が圧倒的なシェアを占めます。
●それは本当に不眠症でしょうか?
「不眠」を“睡眠の病”とすると,「健康な睡眠」とは,“日中に眠気が出現せずしっかり覚醒して活動できる状態を保てる睡眠”です。これは,睡眠時間が健康な睡眠の指標ではないことを示唆し,この視点での「不眠」の定義とは,本人が眠れないと苦痛を感じていて,なおかつ日中の覚醒に支障が出ている状態となります。ところが多くの人は睡眠時間をより重視し,時間が短くなると“眠れない”と考える傾向にあります。そして臨床現場では“眠れない”と本人が訴えれば,日中の生活への支障の程度を尋ねることなく,「不眠症」として安易に睡眠導入剤を処方しがちです。本来,不眠症治療の第一歩は,睡眠鑑定と言ってもよいほどです。本当に不眠症ならば,原因は
(1)環境因による不眠
(2)心理因による不眠
(3)精神障害に起因する不眠
(4)身体疾患に起因する不眠
のどれなのか,必ずチェックするよう心がけてください。原因が(1)か(4)の場合,マイナートランキライザーでは根本的解決ができないことを理解し,精神科専門医のアドバイスを得るべきです。
■使用における留意点
●精神および運動機能への影響
多くの向精神薬の添付文書に記載のある通り,持ち越し効果により翌日の作業能力低下の恐れがあるため,少しでも持ち越し症状を呈した場合,車の運転や危険を伴う作業は控えさせましょう。
●筋弛緩作用
マイナートランキライザーの多くは筋弛緩作用も有し,その効果は特に高齢者で強く現れます。用便のための歩行中や徘徊中の転倒・骨折(大腿骨頭骨折が多い)のリスクを常に考慮します。
●反跳性(リバウンド)不眠
主に超短時間や短時間作用型の睡眠薬において,睡眠状態が改善された段階で急に服薬を中止するとリバウンド現象が現れ,以前よりひどい不眠が生じる場合があります。
●アルコールとの相互作用
“寝酒”という言葉があるように,アルコールは睡眠を促進するという誤解から,睡眠導入剤の効果が不十分なとき“追加頓服”程度の軽い気持ちでアルコールを摂取する人がいます。しかし,高用量の睡眠導入剤とアルコールを併用した場合,逆に不安・焦燥の症状が出現することがあります。また,得体の知れない何かに怯えるような奇妙な反応や,攻撃的になる「奇異反応」を起こしたり,中途覚醒したときや覚醒してしばらくの間の記憶がない「健忘症状」が現れることもあります。
■処方で困らないためには
治療薬の適正な処方においては,(1)症状がその薬剤の効能に合致している(適応症である),(2)その薬剤の至適用量の範囲内で処方する,(3)禁忌をはじめとした処方上の注意喚起を厳守する,という3つの大原則があります。これらを守っていれば,通常は大きな問題は起きません。しかしマイナートランキライザーでは,これらを厳守しても前述したような問題が起きる場合があることを念頭に置くことが肝心です。処方で困らないためには,以下の事項に留意して上手に処方してください。
(1)許容用量の最小限で処方を開始する
(2)効果判定は最低1週間服用後に行う
(3)多剤併用は避ける
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