ERに発熱した妊婦と授乳婦がやってきた!
連載
2008.11.03
レジデントのための
日々の疑問に答える感染症入門セミナー
〔 第8回 〕
ERに発熱した妊婦と授乳婦がやってきた!
大野博司(洛和会音羽病院ICU/CCU,感染症科,腎臓内科,総合診療科,トラベルクリニック)
(前回よりつづく)
今回は妊婦・授乳婦への抗菌薬処方の際のポイント・ピットフォールについて勉強します。
■CASEケース(1)27歳の妊娠20週の妊婦が3日前からの発熱,右腰痛でER受診。37度の発熱,右CVA叩打痛,膿尿あり。急性腎盂腎炎にて加療必要と判断。抗菌薬を処方した。 ケース(2)32歳女性。2日前からの発熱,咳,喘鳴および嘔気・嘔吐でER受診。急性気管支炎の診断。症状がきつそうだったので当直医はニューキノロンを処方し3日後の内科外来フォローとした。内科外来で妊娠5週であることが判明。説得したが本人,家族は人工中絶を希望した。 |
◆妊娠第1期(最初の3か月)をまずは復習!
着床2-2.5週(最終月経初日から4-4.5週間)
“All or Noneの法則”があてはまります。つまり,この時期の胚へのダメージは胚を流産させるか,ダメージが完全に修復されて健常児を出産するかのいずれかです。そのため,妊娠4.5週までに服用した薬剤は児に奇形を起こすことはありません。
着床2-8週(最終月経初日から4-10週間)
この時期は器官形成期であり,妊娠中でもっとも重要な時期にあたります。この期間はFDA:カテゴリーA,B(後述)といえども可能な限り薬剤投与は避けるべきです。つまり,急がない感染症ならば最初の3か月を過ぎてから投薬治療を開始します(細菌性腟症や無症候性細菌尿など)。
◆妊婦への抗菌薬投与の考えかた
妊婦へ抗菌薬を投与する際には以下の“優しさ”を持つことが大切です。
(1)ターゲットとする感染臓器,最も多い起因菌に十分効果がある抗菌薬を選んでいるか,(2)投与する薬剤の副作用を十分理解しているか,(3)選択肢の中で投与回数が少ない抗菌薬か,(4)選択肢の中で安価な抗菌薬か,(5)副作用が少ない抗菌薬か,(6)何よりも新しさより実績・安全性が確認されている抗菌薬か,(7)妊婦ならではの生理に可能な限り対応しているか
(7)の妊婦の生理として重要な点は,「血管内ボリューム増加:血中濃度低下の可能性」,「腎でのクリアランス上昇:薬剤排泄亢進の可能性」の2点です。そのため内服薬では十分な血中濃度を少しでも維持できるようbioavailability(第4回参照)を非妊婦以上に常に意識して処方する必要があります。
妊婦・授乳婦に多い外来感染症は,
・皮膚軟部組織感染症:乳腺炎
・上気道/下気道感染症:急性咽頭炎,
副鼻腔炎,気管支炎,肺炎
・尿路感染症:無症候性細菌尿,膀胱炎,腎盂腎炎
が上位3位を占めています。
◆妊娠中・授乳中の解熱薬・抗菌薬
妊娠中の薬剤の安全性については米国FDAのカテゴリー分類があります(表下部)。以下,いくつかの薬剤について(a)妊婦,(b)授乳婦における安全性をみていきます。
解熱薬
1.アセトアミノフェン(カロナール®)
妊婦の解熱鎮痛薬の第1選択。
(a)FDA:カテゴリーB
(b)授乳:授乳中も使用可能
2.NSAIDs全般
(a)妊婦では第1期投与で自然流産と関連,第3期投与で胎児動脈管の狭窄閉鎖,肺高血圧症の報告がある。
(b)授乳:授乳中も使用可能
抗菌薬
妊娠中・授乳中に安全に処方できる抗菌薬は表を参照してください。これら5系統7種類の経口抗菌薬をうまく使いこなすことが大切です。
表 妊娠中・授乳中に安全に処方でき経口抗菌薬5系統7種類 | ||||||||||
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*FDAの妊娠中の薬剤安全性カテゴリー分類 カテゴリーA:妊婦における研究により危険性なし カテゴリーB:動物実験では危険性はないがヒトでの安全性は不十分,もしくは動物では毒性があるがヒトの試験では危険性なし カテゴリーC:動物実験では毒性があり,ヒト試験での安全性は不十分だが,有用性が危険性を上回る可能性がある カテゴリーD:ヒトの危険性が実証されているが,有用性のほうが勝っている可能性あり カテゴリーX:ヒトで胎児の異常があり,危険性>有用性 |
◆妊婦に絶対使ってはいけない抗菌薬
“妊婦に使ってはいけない”ということはすなわち妊娠の可能性が否定できない(+妊娠反応を拒否する)女性すべてに処方してはいけない抗菌薬,ということです。ここでは以下の2系統の抗菌薬についてみていきます。
1.ニューキノロン系抗菌薬
代表的なものとしてモキシフロキサシン(アベロックス®),レボフロキサシン(クラビット®),シプロフロキサシン(シプロキサン®)がある。これらは(1)FDA:カテゴリーC,第1期に投与された666人で先天性異常が4.8%。非投与群と差はないが,動物実験で関節軟骨びらんの報告があり,妊婦には禁忌。(2)授乳:データなし。関節異常の可能性があり,推奨されない。
2.テトラサイクリン系抗菌薬
代表的なものとしてミノサイクリン(ミノマイシン®),ドキシサイクリン(ビブラマイシン®)がある。(1)FDA:カテゴリーD,骨発達遅延,エナメル質低形成と歯着色のため禁忌。(2)授乳:低濃度で母乳に分泌。骨発達遅延の可能性があり禁忌。
◆妊婦への処方時の説明のコツ
「この薬は絶対大丈夫ですよ」「赤ちゃんには影響ありません」という説明は決して行わないほうがよいと思います。なぜなら,薬剤を服用しなかった妊婦でも先天性異常児を出産する確率は3-5%あるためです。そこで以下のように説明してはどうでしょうか。
使ってほしい言葉(1)
「この薬を使用することで,使用しない場合以上にはお子さんにデメリットとなることはありません」
使ってほしい言葉(2)
「妊娠中に薬を飲まなかったとしても,新生児の3-5%には何らかの形態異常が認められます。この薬でそのような形態異常が起こる頻度が増加することはありませんが,おなかの赤ちゃんが100%正常か否かは誰にもわかりません」
ここでの注意点としては,絶対安全! といってはだめですが,危険性を強調するあまりに内服コンプライアンス・アドヒアランスに支障がでないようにしたいということです。
◆妊娠の有無・性交渉の聞きかた
病歴聴取で聞きにくい妊娠・性交渉について,どう聴取すればよいでしょうか。妊娠については4ステップで,(1)「最後の生理はいつからいつまでですか」,(2)「前回,前々回と比べて定期的ですか」,(3)「その○日間というのは,前回,前々回と比べて同じですか」,(4)「出血量はいつもと変わりありませんでしたか」,「いつもより長い,短いということはありませんか」。以上を聞いてから,(一呼吸おいて)「現在妊娠の可能性は少しでもありますか」と聞くとよいでしょう。
また性交渉については直接聞いたほうがよいでしょう。例:「だんなさん(付き合っている方)とは最近性交渉(セックス)はありましたか?」
医療機関におかれている尿妊娠反応検査は非常に感度がよく,hCG25mIU/mLで検知可能です。母体から分泌されるhCGは最終月経開始日より23から24日目ごろから検出され,予定月経日ごろには尿中で50mIU/mLになるため,予定月経日以前に妊娠が判明します(妊娠4週で陽性)。
“最終月経初日が1か月前以前+妊娠反応陰性”ならば,妊娠はほぼ否定的と考えてよいでしょう。
◆ケースをふりかえって
ケース(1)は腎盂腎炎で大腸菌をターゲットとする必要があるため,ペニシリン,セフェム系を中心に処方します。
ケース(2)は,“ALL or Noneの法則”からは流産するか問題なく妊娠が進行するかのどちらかなので,うまく説得ができた可能性はあります。しかし最も大切なのは,不用意に抗菌薬を処方しないことに尽きるのかもしれません。
Take Home Message
●妊娠第1期および妊婦・授乳婦に多い感染症,投与可能な抗菌薬を十分に理解する
|
(つづく)
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