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書評の森 [2歩目]
書評の森
連載
2026.11.03
一言で言えば,本書は臨床医人生における極上のチートコードである。著者である中島啓先生とは,かつて呼吸器疾患の企画で対談する機会があった。その際に強く印象に残ったのは,誠実さを基盤に,知性と実行力が無理なく同居する佇まいである。360°死角がない,さらには優秀であることを誇示しない優秀さ――その正体は何なのかと,当時は言語化できずにいたが,医師経験を積み重ねた中,本書を読むことによってようやく腑に落ちた。この本は,指導医としてのHidden Curriculumを,わかりやすい言葉と構造に落とし込んでいるのである。
本書を読み終えたとき,胸の奥に説明しがたい感情のざわめきが生じた。強い共感,驚き,そして強い羨望が混じり合った感覚といったらよいだろうか。自分がこれまで臨床・研究・教育の現場で,半ば経験則としてひっそり抱えてきた思考法や時間の使い方,キャリアの設計思想が,本書では驚くほど率直に,しかも惜しみなく提示されている。まるで,自分だけが長い間秘密にしていた地図を,誰かが高精細なカラー印刷で出版してしまったような,そんな感覚に近い。そのように「やられた!」と,感じる指導医も少なくないはずだ。
人間として,そして医師として,多忙を極める生活の中で醸し出す「優秀さ」とは何か。この問いに,普遍的な定義は存在しない。例えば,学生時代に勉学よりサッカーに没頭していた医学生が,20年後に圧倒的な存在感を放つ臨床医になっていることは,臨床現場ではコモンだ。同様に,「優れた臨床医」の定義もまた,単一ではないだろう。しかし本書は,その不確実性を前提とした上で,多くの優れた指導医に共通する最大公約数――思考,習慣,時間の使い方,態度――を,極めて実践的な形で抽出している。確かに,苦労を経ないことには絶対に獲得できない深みが医師には存在する。しかし本書の随所からは,「自分が遠回りして得た知恵を,次の世代にはできるだけショートカットで手渡したい」という思いを感じる。つまるところ後進への愛なのである。もし小生が若い頃にこの一冊に出会っていたなら,自分が越えてきた壁のいくつかは,ずいぶん薄く小さいものに見えただろう。
本書が提供しているのは,よくある小手先の時間管理術ではない。小生が思うに,1万時間の試行錯誤を経て,ようやく身につく「型」を,優れたコーチがYouTubeの動画教材のように明快に示してくれる――そのような構造を持った一冊になっている。忙しい臨床医にとっての時間は常に不足しているが,本書はその限られた時間を「削るべきもの」ではなく,「再設計すべき資源」としてとらえ直す視点とノウハウを与えてくれる。
若手医師が読むべき一冊であることは間違いない。しかし同時に,部門を率いる立場にあるベテラン医師こそ,リスキリングという観点から本書を手に取る価値がある。静かで,誠実に,しかし確実に医師人生の速度を変えてしまう。そういう本である。
奈良医大「足」のグループが,田中康仁先生の教授退官にあわせて執筆した『我々の足の外科―手術手技アトラス』を手にした。ページを開くと,まず編集・執筆者一覧が目に飛び込んでくる。その人数は実に29名に及び,全員が奈良医大「足」のグループの先生方である。高倉義典先生,北田力先生をはじめとするレジェンドから,現役バリバリの谷口晃先生,黒川紘章先生,そして若手の宮本拓馬先生まで,世代の幅広さが際立っている。
本書は手術手技アトラスであるが,世界的に行われているスタンダードな手術法を解説したものではない。田中先生が「序」に記しているとおり,足の外科における奈良医大・学派の標準手技書である。だからこそ価値が高く,奈良医大「足」のグループならではのオリジナリティに富んだ手術手技を学ぶことができる。
本編は,足部・足関節への外科的アプローチから始まり,前足部および後足部の変性疾患を中心とした手術手技,足変形に対する手術,スポーツ障害関連手術,さらに絞扼性神経障害に対する手術まで,足の外科手術手技の基本と応用が網羅された構成となっている。加えて,一般的な足の外科テキストでは内容が手薄になりがちな小児に対する手術,外傷手術,さらには足部・足関節に対する切断術についても多くのページが割かれ,手術手技の詳細が丁寧に紹介されている。
中でも,奈良医大オリジナルである人工距骨置換術,人工足関節全置換術(TAA),人工距骨併用人工足関節全置換術(Combined TAA)は,現在では日本全国で行われるようになった術式であるが,その基本とエッセンスを本書であらためて確認し,十分な準備を整えた上で執刀に臨みたいと感じさせられる。また,足関節外側靱帯に対する手術についても,直接縫合術,超音波ガイド下修復術,鏡視下修復術から鏡視下再建術,直視下再建術まで,最新手技を含む多彩な術式が紹介されており,読者の治療オプションを大きく広げてくれるであろう。さらに,足の外科医が敬遠しがちな糖尿病足病変に対する外科治療についても,包括的な治療戦略が解説されており,大いに参考になる。
本書は全体を通して,術野のカラー写真に加え,豊富なイラストによる解説が施されており,読者の理解を深めてくれる。それぞれの手術は非常にコンパクトかつ明快にまとめられているため,これから足の外科を志す先生方の研修の一助となることは間違いない。また,私たちのようにすでに足の外科に携わっている者にとっても,本書から奈良医大の足の外科のエッセンスを強く感じ取り,自身の手技の改良につなげることができる,まさにビッグチャンスを与えてくれる貴重な一冊である。
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