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外科研修のトリセツ

連載 須田光太郎

2025.01.13

画像3.pngじゃあ,明日の手術で開腹だけでもやってみようか。見たことあるよね?
は,はい……!(いやぁ,見たことはありますけど。いきなりですか!?) 画像4.png

開腹手術は多くの外科医が最初に通る関門です。しかしながら腹腔鏡での手術が普及している昨今,開腹を行う機会は限られており,外科研修中のある日突然,開腹のチャンスが巡ってくることも少なくありません。また,開腹の手法は施設ごと,さらには前立ちの先生の指導によってもさまざまで,学ぶことが難しいと言えます。本記事では,あくまで一例ではありますが,基本となる仰臥位による正中切開での開腹に関して,「これだけ知っておけば……!」という視点で,知っておいてほしいポイントや行う際のコツを紹介します。

▼ 目次

開腹の手順を覚えよう!
 ① 切開ラインを決定する
 ② 立ち位置を整える
 ③ リラックスして姿勢を整える
 ④ 表皮を切開する
 ⑤ 真皮,皮下脂肪を切開する
 ⑥ 白線を切開する
 ⑦ 肝円索,脂肪織を牽引して腹膜を切開する(開腹)
 ⑧ 開腹した切開創を頭尾側へ広げる
 ⑨ 創縁を保護して術野を展開する

開腹に必要な解剖を押さえよう!

開腹を行うに当たって最低限知っておいてほしい解剖学的知識および用語は,白線と肝円索の2つです(図1)。白線とは左右の腹直筋の間を構成する線維性結合織のことを指し,肝円索とは腹膜,脂肪織で覆われた臍静脈の遺残(索状構造)を指します。これらは腹壁の正中に位置するため,正中切開の際のメルクマールとなります。皮膚切開から白線,肝円索の順に確認できれば,左右にそれることなく正中で開腹ができていることを示唆します。

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図1 白線と肝円索(文献1より転載)
外科医の視点
白線の横幅は上腹部(特に臍より少し頭側の位置)で広く,下腹部では狭いことを理解しておきましょう。これを知っておくと,中下腹部での正中切開の際に有用です。臍より頭側の中腹部で開腹を行うほうが下腹部よりも白線の横幅が広く,メルクマールとして白線を確認しやすくなります。そのため開腹は臍より頭側で行われることが一般的に多いです。

開腹の手順を覚えよう!

本記事では,基本となる仰臥位での正中切開での開腹に関する手順をご紹介します。

① 切開ラインを決定する
正中切開では,剣状突起,臍,恥骨結合の位置が真ん中のメルクマールになります。

外科医の視点
消毒・手洗いをする前にマジック等で切開ラインのマーキングを行うと加刃する際に気持ちが楽になります。ただし,有鉤鑷子でつけた目印をメルクマールに加刃を指示される場合も多く,その際は表皮の剥離や損傷に留意しましょう。


② 立ち位置を整える
基本的には患者さんの右側に立ちます。これは,術者に右利きの先生の割合が多いことや,遠い位置より切開を開始して自身へ近づけるようメスを引いたほうが容易に切開できることなどが主な理由として考えられます。下腹部での正中切開を行う際には,患者さんの左側に立ち加刃する場合もあります。

③ リラックスして姿勢を整える
リラックスして姿勢を整えることは開腹だけでなく,手術を行う上で最も大切なことの1つです。誰しも最初は緊張・集中しすぎるあまり,術野に顔が近づいて前立ちの先生や助手の先生らの視野の妨げになります。手術台の高さを調整することや手首・肩の力を抜くこと,背筋を伸ばし堂々と顔を上げることを意識して開腹に臨みましょう。

④ 表皮を切開する
手術を行う場合,術者は自身の左手での術野の展開が重要とよく言われます。そのため,術者の左手の位置は術者の右手や皮膚切開の位置など,その時々の術野と常に連動させるよう心がけましょう。

外科医の視点
腹部の正中切開のような大きい皮膚切開の時には,バイオリンを弾く時の弓を持つイメージでメスを持ち(胡弓法),メス刃の「腹」を用いて切開します(図2)。この持ち方は,切開部の視野が良好になるだけでなく,メスを引く部分も見えやすいため,皮膚切開のラインを間違えにくくなります。


図2 大きく切開するときのメスの持ち方(胡弓法)


一般的に皮下脂肪が一部見える(図3a,矢印)皮膚切開が好まれる傾向にあります。その理由として,皮膚の切開が浅すぎてしまうと鈎ピンでの皮膚の把持が困難になり,また反対に深すぎてしまうと止血操作に時間を要することが挙げられます。個人的には,皮下脂肪が多く見えるくらい少し深めに切ってもよいと考えます(図3b)。皮下脂肪を止血する手間は増えますが,次の操作である有鉤鑷子での皮膚の把持が容易になったり(図3c),電気メスでの真皮の切開時に視界が良好になったりします。

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図3 表皮を切開する時のイメージ
外科医の視点
皮下脂肪が全く見えない場合,出血がなく術野はきれいであるが,有鉤鑷子での皮膚の把持は難しく,真皮がほとんど見えないため電気メスの操作も難しくなります(図4)。このような場合には,再度メスを用いて同じ皮膚切開ラインで切開を追加する方法が望ましいでしょう。


図4 出血がなく術野はきれいではあるものの真皮切開が難しい例
この場合は,再度メスを用いて同じ皮膚切開ラインで切開を追加する方法が望ましい。


 

外科医の視点
皮膚がたるんでいるとうまく切開できないため,切開を加えたい位置への適切なテンションをかけることが重要です。メスの進行方向と反対の位置に左手を添え,皮膚切開が進むにつれて左手の位置も連動させ,適切なテンションをかけ続けましょう。

術者の左手のみでテンションをかける場合:術者左手の母指と示指を用いると,指と指の間が広くなり,良好な視野かつ左右均一なテンションを得やすいです(図5)。


図5 術者の左手のみでテンションをかける場合

不適切な例
左手がメスに連動せず,切開をしている位置に適切なテンションがかかっていません(図6)。


図6 適切なテンションがかかっていない場合
 

⑤ 真皮,皮下脂肪を切開する
シンメトリーを意識して正中線を境に術野が同じ形になるよう,皮膚を牽引する左手,前立ちの先生との連携が重要です。電気メスの先端で「点」を意識した切開を進めます。また,術中の切開や操作は広く,浅くをイメージしましょう(図7)。狭い術野での操作や一点を深く進める操作は視野が悪く,予期せぬ出血につながり,さらには止血や修復が困難となります。

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図7 真皮,皮下脂肪を切開する時のイメージ
正中線を境に術野が同じ形になるように左右均一なテンションをかけ,電気メスの先端で「点」を意識した切開を進める。電気メスを持つ右手は完全に宙に浮いてしまうとふらつきやすくブレを生じるため,小指だけでも患者さんに触れていると安定した操作が可能になる(点線部)。

このプロセスにおいては,前立ちの先生と連携した左手の動きが最も大切です。皮膚を持つ位置,力加減,そして三次元的な方向を意識しましょう。また,電気メスでの切開は,先端を利かせた「点」での切開を意識すると,高い電流密度が得られ切開が容易となります。皮下脂肪からの出血は術野の妨げとなるため,適宜止血を行いましょう。

電気メスでの不適切な切開例
電気メスでの不適切なメスの切開例を示します(図8)。この場面では,前立ちの先生との連携がとれておらず,それぞれが把持する皮膚の位置がズレています。そのため切開したい位置に左右均一なテンションがかからず弛みが生じるため,うまく切れなかったり切開ラインが曲がったりする要因となります。このような場合には,正中線を境に術野が同じ形になるよう左手で皮膚を持ち直し,常にシンメトリーな術野展開を意識しましょう。

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図8 電気メスでの不適切な切開例
外科医の視点
電気メスを持つ右手は完全に宙に浮いてしまうとふらつきやすくブレを生じます。小指だけでも患者さんに触れていると安定した操作が可能になります。真皮の切開は,黄:切開(cut)モード(図9a),皮下脂肪の切開は青:凝固(coag)モード(図9b)が用いられます。


図9 電気メス操作時の注意点


 

⑥ 白線を切開する
白線(図10a)を浅くゆっくり切開します(図10b)。ただし,焦げてしまう場合は切開(cut)モードを用いましょう。白線を切開すると腹膜と肝円索(血管を含む索状構造,図10c),周囲の脂肪織を認めます。白線をある程度切開したら,白線のみをコッヘル(鈎付きのペアン)で把持して,さらに術野を展開します(図10d)。この際も正中線を境に術野が同じ形になるよう意識しましょう。

正中にて白線を切開できている場合には腹直筋の収縮を認めず,よいメルクマールとなります。逆に,正中からそれて腹直筋の前面に電気メスが当たる場合は周囲で腹直筋の収縮を認めます(後述の手技動画参照)。実施に当たってはよく確認するようにしましょう。

図10.png
図10 白線を切開する時のイメージ

⑦ 肝円索,脂肪織を牽引して腹膜を切開する(開腹)
血管を含む索状構造から肝円索を同定(図11a)し,その......

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