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『集中講義! おなかの身体診察――フィジカル&腹診で腹部症状に立ち向かえ』より

連載 中野 弘康

2025.04.16

「急性腹痛の患者さんが来た! でも、CTが使えない! どうしよう…」、「慢性腹痛の患者さんか。不定愁訴の診療は苦手なんだよな…」。腹痛診療に苦手意識を持っている方は多いのではないでしょうか。でも、大丈夫、ローテクな身体診察でバッチリ対応できるんです! 急性腹痛にはフィジカル、慢性腹痛には腹診で対処しましょう。新刊『集中講義! おなかの身体診察――フィジカル&腹診で腹部症状に立ち向かえ患者さんのおなかのトラブルに立ち向かう』では、患者さんの話す“病歴”に興味をもち、“病歴”から病態を想像してフォーカスを絞った、“きりっとした身体診察”のエッセンスをご紹介します。あなたの日常診療にきっと役立つ集中講義が開講です。

「医学界新聞プラス」では、本書より「虫垂炎」と「機能性ディスペプシア」の2症例をピックアップし、ご紹介していきます。

 

[第1回] 虫垂炎 前編 はこちらから)

⑤Rosenstein sign
左側臥位のほうが仰臥位より圧痛が増強します(重力の影響で虫垂が伸展するためといわれています)。

⑥腸腰筋徴候
左側臥位で右足を曲げた状態から伸ばした際に,右下腹部痛が出現します(図6)。これは炎症が腸腰筋まで波及していることを意味し,盲腸の背側に炎症が波及するような病態では有効です(本症例では陽性でした)。

⑦閉鎖筋徴候
仰臥位で右膝を立てた状態で右膝を内側に回すと,痛みが誘発されます(図7)。炎症が閉鎖筋に波及すると陽性反応がみられます。

⑧直腸診
端折られてしまうことも多いですが,私は虫垂炎を疑った全例で行っています。McGeeによると虫垂炎における直腸診の圧痛は感度41%,特異度77%と低く,エビデンスは乏しい(したがって行う意味は乏しい?)といわれる傾向があります4)。しかし,身体診察のエビデンスは“誰がとった身体診察かによって解釈が異なる”という言葉(Joseph Sapira先生や須藤博先生)を信じて,経験が浅い若手医師ほど,直腸診を端折らずに行いたいものです。虫垂炎の典型例では,骨盤腔の右側に圧痛を認めることが多いです(図8)。

 多くの身体診察がありますが,これらの手技や,その感度・特異度を盲目的に覚えるのではなく,目の前の患者さんの虫垂の解剖学的な位置や方向をイメージしながら,身体診察を取るのが大切である ことを強調します。

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本症例のアプローチ

さて,病歴と身体診察を踏まえて,私はこう考えました。

・ おそらく急性虫垂炎であることに矛盾はしないだろう。
・ 発症から8時間ほど経過し,自覚症状は心窩部痛にとどまっているが,右下腹部には明瞭な圧痛と,弱い腹膜刺激徴候もある。腸腰筋徴候が陽性かつ直腸診で軽度圧痛があることから,おそらく骨盤腔内に先端が向いているだろう。
・ 炎症は白血球が12,000/μL程度かな,CRPはまったく上昇していないだろうなあ~(慣れてくると血液データもぴったり当たることが多いです)。
・ あっても蜂窩織炎程度かな~。

 

 このようなあたりをつけて採血と腹部CTを行いました。ちなみに腹部超音波検査も行いましたが,本症例の場合は腸管内ガスが多く,評価が困難でした。CTへのアクセスが悪い場合は,まず超音波検査で虫垂腫大の有無を評価してみることをお勧めします。慣れないうちは,結果の解釈が難しいこともあるので,臨床検査技師と仲良くなって,虫垂炎疑いの患者さんの超音波検査をオーダーしたときには一緒にくっついて,いろいろと教わるとよいでしょう。
 結果は,白血球:13,700/μL, CRP:0.24mg/dLと予想通りでした。腹部CTでも予想通り,盲腸の背側にくるんと回った虫垂を確認できました(図9)。さらに,虫垂根部に糞石があり,腸腰筋前面に腫大した虫垂が接しています。このCT所見から腸腰筋徴候陽性もうなずけます(まさにCTは答え合わせのために用いるのです!)。
 さっそく当直の外科医にコンサルテーションし,外科入院しました。その後,患者さんと主治医の相談の結果,保存的治療が選択されることとなりました。
 研修医のみなさんはとかく人名のついたスコアがお好みのようです。虫垂炎ではAlvarado scoreが有名で,カンファレンスでは“スコアが〇点だから,虫垂炎は否定的です”などとプレゼンテーションする場面に遭遇しますが,スコアはあくまでスコアであり,実際に目の前にいる患者さんは,1人ひとり異なります。身体診察を実践するには,良質な病歴を聴取し,きちんと鑑別を頭に入れておかなければなりません。そうすることで,フォーカスをきりっと絞った診察を行うことができるのです。スコアの枝葉末節を覚えるより,1人ひとりの患者さんの病歴や身体診察を取りこぼしなく取れるほうがはるかに大切 です。そこは強調したいと思います。
 病歴と身体所見から虫垂炎の場所を推測することができるのは,急性虫垂炎診療の醍醐味かもしれません。

 

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  • 文献
  • 4)    McGee S(著),徳田安春,他(監訳):マクギーのフィジカル診断学 原著第4版.診断と治療社,2019

 

 

フィジカル×漢方アプローチの二刀流でおなかのトラブルに立ち向かえ!

<内容紹介>
「急性腹痛の患者さんが来た! でも、CTが使えない! どうしよう…」、「慢性腹痛の患者さんか。不定愁訴の診療は苦手なんだよな…」。腹痛診療に苦手意識を持っている方は多いのではないでしょうか。でも、大丈夫、ローテクな身体診察でバッチリ対応できるんです! 急性腹痛にはフィジカル、慢性腹痛には腹診で対処しましょう。患者さんのおなかのトラブルに立ち向かうあなたのための集中講義が開講です。

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