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[第1回]虫垂炎 前編
『集中講義! おなかの身体診察――フィジカル&腹診で腹部症状に立ち向かえ』より
連載 中野 弘康
2025.04.09
集中講義! おなかの身体診察
フィジカル&腹診で腹部症状に立ち向かえ
「急性腹痛の患者さんが来た! でも、CTが使えない! どうしよう…」、「慢性腹痛の患者さんか。不定愁訴の診療は苦手なんだよな…」。腹痛診療に苦手意識を持っている方は多いのではないでしょうか。でも、大丈夫、ローテクな身体診察でバッチリ対応できるんです! 急性腹痛にはフィジカル、慢性腹痛には腹診で対処しましょう。新刊『集中講義! おなかの身体診察――フィジカル&腹診で腹部症状に立ち向かえ患者さんのおなかのトラブルに立ち向かう』では、患者さんの話す“病歴”に興味をもち、“病歴”から病態を想像してフォーカスを絞った、“きりっとした身体診察”のエッセンスをご紹介します。あなたの日常診療にきっと役立つ集中講義が開講です。
「医学界新聞プラス」では、本書より「虫垂炎」と「機能性ディスペプシア」の2症例をピックアップし、ご紹介していきます。
身体診察で虫垂の位置を当てる!
症例
主訴 腹痛
現病歴 腹痛のため午前3時にwalk in にて当院救急室を訪れました。どうやら今回が初めての痛みのようです。「午後5時頃からみぞおちのあたりがなんとなく痛くなってきました。そうこうしているうちに吐き気がしてきて,食欲がありませんでした。午前2時になって,痛みが我慢できなくなり歩いて病院を受診しました……」
追加情報 発熱なし。悪寒なし。渋り腹はないが,なんとなく便意を催す
既往歴 なし
常用薬 なし
アレルギー なし
この病歴は急性虫垂炎を想起させるに十分です。
急性腹症の古典的名著であるCopeの教科書1)〔腹痛診療に携わる医師はすべからく読むべき名著です,邦訳『急性腹症の早期診断 第2版』(メディカル・サイエンスインターナショナル)もあります2)〕には,急性虫垂炎の典型的な経過はP-A-T-F-Lの順番で起こると記載されています(図1)。
病歴聴取では症状の出現順に注目!
虫垂炎では,症状の出現する順番が非常に重要 です。たとえば「痛みのあとで,嘔気・嘔吐があった」のか,「嘔吐のあとで痛くなった」のかが重要です。もし,嘔吐が先行して,そのあとから腹痛がきたとすると,それは虫垂炎の可能性は低く,むしろ急性胃腸炎を考えたほうがよいでしょう。
嘔気・食欲低下は急性虫垂炎患者の8割にみられる感度の高い症状で,“ご飯をがっつり食べてきた”と患者が言えば,それは虫垂炎ではない可能性が高いです。注意したいのは,右下腹部の圧痛(McBurney点の圧痛)や白血球上昇は,症状が出現してしばらく経ってから起こるということです。すなわち“白血球上昇がない=虫垂炎ではない”という公式は通用しません。白血球上昇という情報は特に発症初期の虫垂炎の診断には感度が低く,なくても否定することはできないのです。
症状の出現順が診断に役立った例を挙げましょう。10年ほど前,とある大学の医務室に勤務していたとき,女子学生が青白い顔をして,“先生,気持ち悪い……”といって私のもとを訪れました。起床時から心窩部に鈍痛があり(本人は胃痛と言っていました),いつもはもりもり食べるはずの朝ごはんが食べられなくて,嘔気も自覚していました。発熱はなく,歩行で下腹部に痛みが響くこともありません。この病歴から,私は虫垂炎を疑いました。患者さんをベッドに寝かせて右下腹部をやさしく触診すると,深い触診で少し顔をしかめてpercussion tendernessは陰性でした。この所見から腹膜炎には至っていないだろうと判断しました。病歴と身体所見からは,虫垂炎に矛盾しないであろうと考え,近隣の医療機関に紹介しました。腹部超音波検査では虫垂の腫大があり,血液検査では白血球がわずかに上昇していました。緊急手術が施行され,病理診断は蜂窩織炎性虫垂炎でした。病歴とフィジカルで虫垂炎を見立てることの大切さを実感した症例でもありました。
さらに言えば,下痢が主訴の例もあります。一般に虫垂炎では下痢はきたしにくいといわれていますが,骨盤腔深くに下がった虫垂炎では直腸周囲に炎症が及んで渋り腹が起こり,患者は「下痢」と表現することがあります。注意深く話を聞くと,いわゆるウイルス性腸炎のような水様性下痢ではなく,“少量の便が排泄されるが,頻回に便意を催してトイレに駆け込む”という病歴が聴取されます。これを私は“うんちしたい症候群 ”と呼んでいますが,この病態には虫垂炎のほかに危険な病態が包含されています。一例を挙げると,直腸がん,腹部大動脈瘤(AAA)破裂,異所性妊娠⇒腹腔内出血など……。詳細は山中克郎先生,玉井道裕先生の『かんかんかんTO鑑別診断』(金原出版)3)に記載されていますので一読をお勧めします。
さらに,炎症が膀胱側に及べば頻尿や血尿が主訴となることもあり,尿中白血球・赤血球が陽性になることすらあります。ここで尿路感染症と早合点しないことも重要です。
身体所見を見てみよう
さて,くだんの患者さんの身体所見を見てみましょう。
来院時のバイタルサインは血圧112/56mmHg,脈拍88回/分,体温36.7℃,呼吸数18回/分,SpO2 96%(室内気)で,全身外観は顔色不良で,少し気持ち悪そうにしていました。病歴から,急性虫垂炎の可能性はかなり高く見積もっていたので,当然,身体診察も“虫垂は腫れているに違いない”と想像しながら,確認しに行きます(ココ,重要!) 。下痢や渋り腹はないようですが(あれば炎症の波及部位が想像できるので儲けもの),身体診察を追加することで,虫垂の向きもおおよそ予想できます。
虫垂炎で押さえておきたい身体診察
ここで確認しておきたい身体診察を述べましょう。これらを一連さ~っと確認します(動画1, 2)。
①McBurney点の圧痛
虫垂の付着部であり,右上前腸骨棘と臍を結ぶ線の外側1/3の点です。虫垂炎を疑えば真っ先に確認します(図2)。典型的な虫垂炎では,圧痛の範囲を指1本で指し示すことができます。
②Lanz点
虫垂の先端です。左右上前腸骨棘を結ぶ線の右側から1/3の点です(図3)。
③腹膜刺激徴候
外科医はBlumberg sign(rebound tenderness)の確認を好むようですが,かえって患者さんの苦痛を増すだけという意見もありますので,私はこの所見にはこだわりません。むしろ,percussion tenderness(pain on percussion,打診で痛みが増強するか,図4)や咳嗽試験・歩行時の腹痛などの所見を重視し,これらが陽性であれば「腹膜炎あり」と判断しています。
④Rovsing sign
仰臥位で下行結腸を下から右に押し上げるように圧迫すると右下腹部痛が増強します(図5)。
- 文献
- 1) Silen W:Cope's Early Diagnosis of the Acute Abdomen, 22nd ed. Oxford University Press, Oxford, 2010
- 2) 小関一英:急性腹症の早期診断 第2版.メディカルサイエンスインターナショナル,2012
- 3) 山中克郎,他:かんかんかんTO鑑別診断.金原出版,2019
集中講義! おなかの身体診察
フィジカル&腹診で腹部症状に立ち向かえ
フィジカル×漢方アプローチの二刀流でおなかのトラブルに立ち向かえ!
<内容紹介>
「急性腹痛の患者さんが来た! でも、CTが使えない! どうしよう…」、「慢性腹痛の患者さんか。不定愁訴の診療は苦手なんだよな…」。腹痛診療に苦手意識を持っている方は多いのではないでしょうか。でも、大丈夫、ローテクな身体診察でバッチリ対応できるんです! 急性腹痛にはフィジカル、慢性腹痛には腹診で対処しましょう。患者さんのおなかのトラブルに立ち向かうあなたのための集中講義が開講です。
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