医学界新聞プラス
[第3回]実践編 Case 18
『心研印 心電図判読ドリル』より
連載 廣田尚美,山下武志
2022.09.23
心研印 心電図判読ドリル
心電図の読解には,独学で達成できるレベル,人に習って初めて達成できるレベルの2段階があります。前者に関しては,優れた入門書・教科書がさまざまに出版されていますが,後者に関しては,その達成の成否は誰に教わるかに依存します。このたび,好評書『国循・天理よろづ印 心エコー読影ドリル』の姉妹版として刊行された『心研印 心電図判読ドリル』は,読者がさまざまな心電図を読解し,それを指導者に見てもらうというスタイルをとることで,読者の読解レベルを2段階目に引き上げることをめざした書籍です。
「医学界新聞プラス」では,本書から4つのCaseをピックアップして紹介します。先輩の手解きを受けたかのような読後感を体験してみてください。
*姉妹版の『国循・天理よろづ印 心エコー読影ドリル』も医学界新聞プラスにて3つCaseをピックアップして紹介しています。こちらも併せてご覧ください。
Case 18
60歳代後半,男性.
高血圧症,脂質異常症に対して薬物療法を施行していた.突然の胸痛症状のため救急搬送された. 来院時血圧157/101 mmHg,脈拍68拍/分,SpO2 99%.心エコー検査では前壁中隔で壁運動低下を認め,左室駆出率(LVEF)51%であった.発症時の心電図(図1)と発症後の心電図(図2)を示す.
難易度 ★★☆
Q この症例の心電図所見として正しいものをすべて選べ.
- ① 図1では,V2~V4誘導においてT波減高を認める.
- ② 左回旋枝の閉塞が疑われる.
- ③ 左前下行枝近位部(対角枝分岐前)の閉塞が疑われる.
- ④ 図1のⅡ,Ⅲ,aVF誘導におけるST低下は左室前壁領域のST上昇の鏡面像である.
- ⑤ 図2は急性心筋梗塞発症後数時間以内の心電図である.
- ① 図1では,V2~V4誘導においてT波減高を認める.
- ② 左回旋枝の閉塞が疑われる.
- ③ 左前下行枝近位部(対角枝分岐前)の閉塞が疑われる.
- ④ 図1のⅡ,Ⅲ,aVF誘導におけるST低下は左室前壁領域のST上昇の鏡面像である.
- ⑤ 図2は急性心筋梗塞発症後数時間以内の心電図である.
- ★ ST上昇を認める場合は鏡面像を探す!
- ★ 前胸部誘導のST上昇では,側壁領域のST上昇を伴うかどうかで左前下行枝の閉塞レベルを推測できる!
答えと解説
Q この症例の心電図所見として正しいものをすべて選べ.
解説
Answer :
③ 左前下行枝近位部(対角枝分岐前)の閉塞が疑われる.
④ 図1のⅡ,Ⅲ,aVF誘導におけるST低下は左室前壁領域のST上昇の鏡面像である.
T波の高さの正常値は1.1 mV以下(11 mm以下)かつ対応するR波高の1/10以上(1/2~2/3以上)です.発症時の12誘導心電図(図1)ではV2~V4誘導のT波は11 mm以上であり,T波増高を認めるので,「①図1では,V2~V4誘導においてT波減高を認める」は誤りです.急性心筋梗塞発症直後の超急性期にST上昇を認める前にみられる尖鋭なT波増高をhyper acute T waveと呼び,貫壁性の心筋虚血による再分極異常で生じます.
発症時の12誘導心電図(図1)のST-T部分に着目すると,左室前中隔を表すV1誘導,左室前壁を表すV2~V5誘導にST上昇を認め,左前下行枝の灌流域に一致します.さらに左室側壁を表すⅠ,aVL誘導でも認められることから,対角枝分岐部よりも近位側での左前下行枝閉塞と考えられます.対角枝分岐部より遠位側の左前下行枝中間部から末梢での閉塞であれば虚血範囲は前壁領域にとどまり,Ⅰ,aVL誘導でのST上昇は認めません.Ⅰ,aVL誘導のST上昇から左回旋枝の閉塞も疑われますが,この場合にはV1~V5誘導のST上昇が説明できません.左主幹部の閉塞では左前下行枝領域,左回旋枝領域で虚血を疑う所見を認めますが,通常は心原性ショック状態となる場合が多いでしょう.本症例の血行動態は安定しており,左前下行枝近位部病変と推察するほうが自然でしょう.よって「②左回旋枝の閉塞が疑われる」は誤り,「③左前下行枝近位部(対角枝分岐前)の閉塞が疑われる」は正解です.また,ST上昇をみたら鏡面像(心筋梗塞部位の反対側に対応する誘導でのST低下)を探しましょう.たとえば,前中隔から前壁(V1~V4誘導)領域のST上昇型心筋梗塞に対する鏡面像は下方誘導(Ⅱ,Ⅲ,aVF誘導)のST低下として現れるため(図A),「④図1のⅡ,Ⅲ,aVF誘導におけるST低下は左室前壁領域のST上昇の鏡面像である」は正解です.なお,ST上昇がみられる誘導部位と心筋虚血部位は一致することが知られていますが,ST低下は心筋虚血部位とは一致しません.
図A 急性心筋梗塞においてST上昇を認める誘導と梗塞部位の関係 [画像はクリックで拡大]
また,鏡面像を伴わないST上昇や,ST上昇の範囲が冠動脈支配領域に一致しない場合には,急性心膜炎やたこつぼ心筋症なども考える必要があります.本症例の冠動脈造影検査の画像を図Bに示しますが,対角枝分岐より手前の左前下行枝近位部での閉塞を認めました.閉塞部位に冠動脈ステントを留置し,末梢まで良好な血流の改善を認めました.
図B 本症例の冠動脈治療前後の冠動脈造影検査 [画像はクリックで拡大]
a:左前下行枝seg.6で閉塞を認めた(矢印).
b:seg.6に薬剤溶出性ステントを留置した(矢印).
急性心筋梗塞では,時間経過とともに心電図所見が変化します(図C).発症直後にはST上昇の出現前に高いT波(T波増高)のみがみられる場合もあります.発症後数時間で異常Q波が形成され,1日から数日でT波が終末部分から陰性に変化し(T波陰転),約1週間後に左右対称な陰性T波(冠性T波)がみられる場合が多いでしょう.発症後の12誘導心電図(図2)では,すでに冠性T波が完成されており,発症1か月程度は経過していると考えられるため,「⑤図2は急性心筋梗塞発症後数時間以内の心電図である」は誤りです.
図C 急性心筋梗塞症例における心電図の経時的変化 [画像はクリックで拡大]
診断:急性前壁心筋梗塞によるST上昇
Learning Point
心研印
心電図判読ドリル
心電図問題集の決定版!
ベストセラー『心エコー読影ドリル」待望の姉妹版!
<内容紹介>ベストセラー『国循・天理よろづ印 心エコー読影ドリル』の心電図版がついに登場! 心臓血管研究所・不整脈チームの精鋭が執筆し,編集は心電図分野のレジェンド・山下武志先生。単純に診断名を当てさせるのではなく,心電図の細かい所見や,本質に迫る問題,その先の診療方針を問う問題など,この一冊で心電図を通して循環器診療を深く学べます。不整脈や虚血性心疾患だけでなく,弁膜症や先天性心疾患など,幅広い疾患を収載。
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