医学界新聞

寄稿 吉村 芳弘

2020.03.30



回復期リハビリテーション病棟で医原性サルコペニアをつくらないために

吉村 芳弘(熊本リハビリテーション病院 リハビリテーション科副部長/栄養管理部長/NSTチェアマン)


 サルコペニアは「健康障害のリスクが高まった,進行性かつ全身性の骨格筋疾患」と定義されている。サルコペニアの原因は多岐にわたる。加齢以外に要因がないものを「一次性サルコペニア」,加齢以外の要因によるものを「二次性サルコペニア」と呼ぶ。二次性サルコペニアの原因として低活動(運動不足,廃用,無重力など),疾患(侵襲,慢性臓器不全,炎症性疾患,内分泌疾患,悪液質など),低栄養が指摘されている1)

 AWGS 2019による最新のサルコペニア診断アルゴリズムを図1に示す2)。AWGS 2019では,骨格筋量の測定ができない環境でも「サルコペニアの可能性あり」の診断が可能となった。また,下腿周囲長やSARC-F,SARC-CaIFなどを用いたスクリーニング法の追加や,握力や歩行速度のカットオフ値の変更,SPPBや5回椅子立ち上がりテスト等の身体機能評価の追加,等のアップデートがあった。

図1 AWGS 2019によるサルコペニア診断アルゴリズム(文献2より)(クリックで拡大)

入院中にサルコペニアを新規発症,患者アウトカム悪化へ

 地域高齢者でのサルコペニアの有症率は約10%とされ,サルコペニアがあると転倒・骨折や身体的自立度の低下,認知レベル低下,嚥下機能低下,耐糖能低下,栄養障害,死亡などのリスクが上昇する1)

 入院中にサルコペニアが新規発症している。急性期病院の入院高齢者の有症率は17.1~34.7%とされ,サルコペニアがあると術後合併症,消化管縫合不全,肺炎合併症,再入院率や中長期的な全死亡率の上昇などの負のアウトカムと関連する3, 4)。さらに,入院前にサルコペニアを有していなかった高齢者のうち14.7%の患者が,急性期病院での平均10日間の入院治療中にサルコペニアを新規発症していたことも報告されている5)。当然のことながら,急性期におけるサルコペニアの合併や新規発症は回復期における機能回復を遅延させる。

 回復期リハビリテーション病棟(以下,回復期)はどうだろうか。海外の系統的レビューでは,リハビリテーション病院におけるサルコペニア有症率は約50%であった6)。われわれの調査でも回復期におけるサルコペニア有症率は約53%であり,ほぼ同様である7, 8)。また,肺炎後の廃用症候群の患者で9割近くにサルコペニアを認め,次いで大腿骨近位部骨折,脳梗塞,脊椎圧迫骨折の順にサルコペニアを多く認めた7)。回復期におけるサルコペニアの有症率は地域高齢者や急性期病棟と比較して明らかに高い。さらに,回復期のサルコペニア患者は,退院時の日常生活動作(ADL)や嚥下レベル,自宅退院復帰率が悪化する9)。これらはいずれもリハビリテーションにおける主要なアウトカムである。

 次が重要な点である。回復期リハビリテーション病棟協会が2019年に報告した最新レポートによると,BMIが18.5 kg/m2未満のるい痩の患者が入院中に増加していることが判明した(図210)。私たちの手元のデータベースで検証すると,BMIが18.5 kg/m2未満の患者は9割以上がサルコペニアの診断基準に該当する。推測であるが,本邦の回復期では,入院中にサルコペニアを新規発症する患者が多いのではないだろうか。

図2 回復期リハビリテーション病棟における患者のBMI変化(クリックで拡大)
平均年齢は76.5歳。BMI 18.5 kg/m2未満の患者が,入棟時21.6%から退棟時23.0%に増加している。

 回復期の患者の半数超がサルコペニアを罹患しており,入院中に多くの患者がサルコペニアを新規発症している可能性がある。さらに,サルコペニアは機能的アウトカムの改善を損なう可能性がある。日常診療の患者評価や介入効果判定にサルコペニアの項目を導入し,機能障害や生活能力の低下に対するリハビリテーションだけでなく,サルコペニアの治療を同時に行うべきであると考える。

どうして医原性サルコペニアが病院で生じてしまうのか

 医原性サルコペニアとは医療行為,特に入院に関連するサルコペニアを指すことが多い11)。その意味では「入院関連サルコペニア」あるいは「病院関連サルコペニア」と呼ぶほうが語感的に無難かもしれない。しかし,本稿では医療者だけでなく患者,家族,地域への啓発の意味を込めて,あえて「医原性」という言葉を用いる。

 医原性サルコペニアとは何か。これを具体的に説明するために,廃用症候群を例に挙げる。廃用症候群は,「過度の安静」によって生じる心身の機能低下である。また,二次的な臓器障害を合併することもある。廃用症候群では,筋萎縮,骨粗鬆症,関節拘縮,起立性低血圧,深部静脈血栓症,摂食嚥下障害,褥瘡,便秘,尿路感染症,抑うつなどを認めやすい。廃用症候群は高率に低栄養を合併する12)。さらに,低栄養の原因として8割に侵襲,4割に飢餓,3割に悪液質を認める12)。以上より,過度の安静だけでなく,低栄養や不適切な栄養管理も廃用症候群の要因であり,かつ予防・改善の対象であることがわかる。

 「とりあえず安静,絶飲食,水電解質輸液」は廃用症候群を来す。学術的に言えば,「低活動」「低栄養」をベースとした医原性サルコペニアが生じる。さらに「疾患」要因が加わることで骨格筋萎縮が加速する。入院高齢者は床上安静で1日0.2~0.6%の骨格筋萎縮を来すことが報告13)されており,低栄養があると骨格筋量の減少速度が加速する。高齢患者に「とりあえず安静,絶飲食,水電解質輸液」が適切なことはまれである。

 われわれ医療者がよかれと思って患者に提供している医療で患者が害を被ることは最小限にすべきである。適切な評価を行った上での早期離床,早期リハビリテーション,早期経口摂取,早期からの適切な栄養管理が医原性サルコペニア,廃用症候群を予防するために必要不可欠である。

回復期こそ積極的なリハビリテーション,適切な栄養管理を

 急性期では疾患や治療に伴う侵襲で,ある程度の骨格筋量の減少は避けられない。医原性以外のサルコペニアのリスク要因が少なくない。しかし,回復期では骨格筋量増加のための別のアプローチが必要である。

 私見であるが,本邦の回復期では全身のレジスタンス運動を積極的に行っている施設が少ない印象がある。プラットフォームで療法士が用手的な関節可動域訓練や単関節レジスタンス運動に多くの時間を費やしている。病棟でも安静臥床にされていることが多い。本稿を目にした医療者はぜひ担当患者の生活動作や身体活動,リハビリテーションの様子をじっくり観察してほしい。リスクマネジメントを行いつつ回復期でこそ積極的なリハビリテーション,積極的な離床を行うべきである。

 不適切な栄養管理も問題である。入院中に身体活動や運動量の増加に伴いエネルギーや蛋白質の需要が増加するが,栄養管理が適切に行われていない可能性がある。入院時の栄養計画がこまめに変更されているか,患者の体重や骨格筋量は減少していないか,チェックしてほしい。サルコペニア患者の栄養治療としては,医学的に許容できる範囲で,エネルギーを35~45 kcal/理想体重kg/日,蛋白質を最低1.5 g/現体重kg/日を目標にすべきである。

熊本リハビリテーション病院における実践と成果

 当院では入院時に全患者のサルコペニアをチェックし,連日のカンファレンスやNSTを通して積極的な「攻め」のリハビリテーションや栄養管理を行っている。なかでも,集団起立運動14),熊リハパワーライス®15)註1),病棟歯科衛生士による口腔管理16)註2),などは回復期における多職種チーム医療のサルコペニア対策の成功例だと思っている。

 それぞれ当院スタッフが学術的なエビデンスを創出しているので参照されたい17)。栄養治療の一例を挙げると,低栄養で摂食嚥下機能が低下した脳卒中患者に対して熊リハパワーライス®を提供することで,栄養だけでなく嚥下や身体機能関連のアウトカムが改善することが判明している15)。さらに,当院回復期における2016年から2018年の間の全脳卒中患者649例のデータを解析すると,入院中にBMIが増加し(平均21.9 kg/m2→22.1 kg/m2),骨格筋指数(SMI)も増加していた(平均5.9 kg/m2→6.4 kg/m2)。回復期で骨格筋量を増加することで,結果としてリハビリテーションによる機能改善を後押ししていることは脳血管患者のアウトカムをみても明らかである(FIM利得:当院26.6 vs.全国平均23.3,自宅退院:当院81.1% vs.全国平均74.4%,いずれも2018年度データ)。

 サルコペニアの適切なマネジメントなくして高齢者医療は成し得ない。どの診療科でも,サルコペニアの評価と予防,治療を日常診療で実践すべきである。

註1:二度炊きのライスにMCTオイルとMCTパウダー,プロテインパウダーを混ぜたもの。エネルギー,蛋白質,脂質の提供量の大幅な増加が見込める。
註2:白石愛氏による本紙寄稿「病棟における口腔管理の最前線から」(第3311号3315号)参照。

参考文献・URL
1)サルコペニア診療ガイドライン作成委員会.サルコペニア診療ガイドライン2017年版.ライフサイエンス出版;2017.
2)J Am Med Dir Assoc. 2020[PMID:32033882]
3)J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2017[PMID:28329345]
4)J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2017[PMID: 27896949 ]
5)J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2017[PMID:28913934]
6)Sánchez-Rodríguez D, et al. Sarcopenia in post-acute care and rehabilitation of older adults:A review. Eur Geriatr Medicine. 2016;7(3):224-31.
7)Clin Nutr. 2018[PMID:28987469]
8)Clin Nutr. 2018[PMID:28017450]
9)Nutrition. 2019[PMID:30710883]
10)回復期リハビリテーション病棟協会.回復期リハビリテーション病棟の現状と課題に関する調査報告書【修正版】.2019.
11)Lancet. 2019[PMID:31171417]
12)J Rehabil Med. 2014[PMID: 24213734]
13)Ageing Res Rev. 2013 [PMID:23948422]
14)長野文彦,他.起立着席運動は脳卒中の回復期患者の機能的予後を改善する.日本サルコペニア・フレイル学会誌.2019;3(1):92-8.
15)嶋津さゆり,他. 熊リハパワーライス®は脳卒中回復期の栄養状態や機能的予後を改善する.学会誌JSPEN.2019;1(3):149-56.
16)Geriatr Gerontol Int. 2019[PMID:30517977]
17)吉村芳弘編著.熊リハ発! エビデンスがわかる! つくれる! 超実践リハ栄養ケースファイル.金芳堂;2019.


よしむら・よしひろ氏
2001年熊本大医学部卒。13年より現職(20年4月より同院サルコペニア・低栄養研究センター長)。専門分野は高齢者リハビリテーション,臨床栄養,サルコペニア。主な所属学会として日本リハビリテーション医学会(専門医),日本サルコペニア・フレイル学会(理事, 編集委員長),日本臨床栄養代謝学会(代議員, 指導医など),日本リハビリテーション栄養学会(理事など)。

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