医学界新聞

一歩進んだ臨床判断

連載 谷崎 隆太郎

2020.01.27



一歩進んだ臨床判断

外来・病棟などあらゆる場面で遭遇する機会の多い感染症を中心に,明日からの診療とケアに使える実践的な思考回路とスキルを磨きましょう。

[第7回]インフルエンザの基礎知識 その②

谷崎 隆太郎(市立伊勢総合病院内科・総合診療科副部長)


前回よりつづく

こんな時どう考える?

 26歳の病棟看護師A子さんはインフルエンザと診断され,師長から自宅安静を指示された。帰宅し,布団の中で眠りに入りながらあることを思い出した。「あれ? そういえば私,毎年インフルエンザワクチンを打っているのに,何で今年だけかかったのかな……」

 前回(第3351号)に引き続き,今回もインフルエンザの基礎知識についてお伝えしたいと思います。

インフルエンザワクチンの効果とは?

 「インフルエンザワクチンを打ったのにインフルエンザにかかった……!」

 読者の中にはそんな経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか? そうなんです,ご存じの通り,インフルエンザワクチンの感染予防効果は100%ではありません。年齢によって若干異なりますが,全体で60%程度の感染予防効果があるとされています1)。つまり,現在のワクチンはある程度の予防効果があるものの,インフルエンザに罹患する人をゼロにはできないのです。

 しかし,インフルエンザワクチンは何も感染予防効果だけでなく,インフルエンザ肺炎のリスクを減らしたり2),高齢者の急性心筋梗塞の発症リスクを36%減らしたり3)と,インフルエンザそのものを予防する以外の恩恵も多くあります。さらに,18~64歳の基礎疾患のない就労者において,仕事の病欠を43%減らし,上気道症状によるクリニック受診を44%減らす効果も示されており4),社会における経済的な効果も期待されます。

■備えておきたい思考回路
インフルエンザワクチンは60%程度の感染予防効果がある。感染予防以外の恩恵も多い!

医療者なら知っておきたい,集団免疫の話

 さて,ここでとある集団10人に対して発病予防の効果が50%のワクチンを打った場合を考えてみます。「10人にワクチンを打ったら5人が発病,5人が発病を免れた」ことがワクチン効果50%だと思っていませんか……? 正しくは「ワクチンを打たなかった集団は10人中6人が発病したが,ワクチンを打った集団は10人中3人が発病した」です。つまり,6人の発症が3人で抑えられた(=発症を50%減らした)ことを指します。

 これを踏まえて,ワクチン効果のことを全く知らない一般集団の気持ちになって考えてみましょう。ワクチンを接種した上で発病してしまった人は「ワクチンを打ったのに……」と思ってしまうでしょうし,ワクチンを接種しなくても発病しなかった人は「ワクチンを打たなくても大丈夫なのでは……?」と思ってしまうかもしれません()。

 発病予防の観点から見たワクチン接種と個人の心情との関係(クリックで拡大)

 ワクチン全般に言えることですが,ワクチン接種は個人防御の観点だけでなく,自分以外の誰かを守るためにも重要な役割を果たします。集団の中でワクチンを打っている人の割合(Percent Vaccinated)が高ければ高いほど,感染の広がりが小規模で済むことがわかっており,集団免疫と言われます()。

 インフルエンザワクチンも同様で,例えば子どもたちへの集団ワクチン接種が高齢者の死亡率低下に寄与していた推計5)(かつて日本では,1962~87年の間,学童に対するインフルエンザワクチン集団接種が行われていたのでした)や,インフルエンザワクチンの接種率が高いと学級閉鎖日数が短かった,といった報告など6),集団免疫に関する日本からの研究がいくつも世界へと発信されています。

 なお,インフルエンザの感染予防に関する研究は数多くありますが,それら過去の研究を吟味する際には,日本では2011年までは世界保健機関(WHO)の推奨する接種量よりも少ない量を接種していたこと7),2015/2016シーズンからはインフルエンザA型2種類・インフルエンザB型2種類(それまでB型は1種類)の4価に増えたこと,などを考慮して判断する必要があります。

■備えておきたい思考回路
インフルエンザワクチンは個人の免疫だけでなく,集団免疫も期待できる。自身だけでなく周囲の人も感染のリスクから守る集団免疫の効果は,医療者なら必ず知っておきたい。

インフルエンザワクチンの適応とは?

 というわけで,今回の内容をまとめると,インフルエンザワクチンの適応は接種可能年齢(生後6か月以上)の全ての人ということになります。中でも,特に重要なのが「罹患すると重症化するリスクが高い人」として挙げられている,下記の人への接種です8)


●生後6か月~5歳未満または50歳以上の者
●慢性肺疾患(喘息を含む),心疾患(高血圧のみの者は除く),腎疾患,肝疾患,神経疾患,血液疾患,代謝性疾患(糖尿病含む)の者
●免疫不全者(あらゆる原因による)
●妊婦または妊娠予定の女性
●アスピリンまたはサリチル酸を含む薬物治療を受けている生後6か月~18歳の者
●介護施設入所者
●アメリカンインディアン,アラスカ原住民
●高度肥満者(BMI≧40)

 ワクチン供給不足などの事態が起こった際には,これらハイリスクな人たちへの接種が優先されます。特に,妊婦へのインフルエンザワクチン接種は,妊婦自身の発症や重症化を防ぐだけでなく,胎盤を通じて胎児にも抗体が移行し,出産後,インフルエンザワクチンが接種できる生後6か月までの間,子をインフルエンザから守ることができるのです9)(妊娠期間中のいつでもインフルエンザワクチンは接種できます)。また,上記で示した,インフルエンザに罹患すると重症化しやすい人に対しては,本人はもとより,その周囲の人間がワクチン接種をすることによって,さらなる感染リスク低下が期待できます。もちろん,アレルギーなどでインフルエンザワクチンが接種できない人などに対しても集団免疫の考え方が当てはまります。

■備えておきたい思考回路
インフルエンザワクチンは重症化リスクの高い人や妊婦に特に推奨される!

 今回は,ワクチン接種をしたのにインフルエンザに罹患してしまい,何となく損をしたような心情になったA子さんですが,逆に,昨年までは接種していたからこそ罹患しなかった可能性もあります(もちろん,単に暴露しなかった可能性もありますが)。病院には重症化リスクの高い患者さんたちが入院していますので,集団免疫の観点からも,看護師の方をはじめとした全ての医療従事者にはぜひ,来シーズン以降も引き続き接種し続けていただきたいと思います。

今日のまとめメモ

 現在のインフルエンザワクチンで完全に感染を予防することは不可能ですが,個人の感染予防以外の恩恵は多く,基本的には全ての人に推奨されるワクチンです。もちろん,接種するかどうかは個人の意思も尊重されますが,医療従事者は自身が暴露するリスクが高い上に,もし自分が罹患したら重症化リスクの高い患者さんに感染させてしまうリスクもありますので,インフルエンザワクチンを毎年接種する意義は大いにあると考えます。

 なお,インフルエンザワクチンに関する研究は,研究によって対象集団やアウトカム,使用されたワクチンの種類などが異なるため,一つの論文のみから断片的な知識だけを拾うのではなく,信頼できる機関のウェブサイト(Influenza vaccine ACIP recommendations:https://www.cdc.gov/vaccines/hcp/acip-recs/vacc-specific/flu.html)などで基本的な知識や最近の動向についてチェックすることをオススメします。

 次回は,病棟で遭遇する頻度の高い,薬疹を伴う患者の対応について解説したいと思います。

:集団免疫の効果をイメージしやすい動画について,下記よりご参照ください。
http://bit.ly/30iFhft

つづく

参考文献
1)N Engl J Med. 2017 [PMID:28792867]
2)JAMA. 2015 [PMID:26436611]
3)JAMA. 2013 [PMID:24150467]
4)N Engl J Med. 1995 [PMID:7666874]
5)N Engl J Med. 2001 [PMID:11259722]
6)Clin Infect Dis. 2011 [PMID:21690619]
7)Tohoku J Exp Med. 2014 [PMID:24531035]
8)MMWR Recomm Rep. 2019 [PMID:31441906]
9)N Engl J Med. 2008 [PMID:18799552]

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