医学界新聞

一歩進んだ臨床判断

連載 谷崎 隆太郎

2019.12.16



一歩進んだ臨床判断

外来・病棟などあらゆる場面で遭遇する機会の多い感染症を中心に,明日からの診療とケアに使える実践的な思考回路とスキルを磨きましょう。

[第6回]インフルエンザの基礎知識 その①

谷崎 隆太郎(市立伊勢総合病院内科・総合診療科副部長)


前回よりつづく

こんな時どう考える?

 26歳の女性,職業は看護師。1月のある日,前夜から鼻汁あり,今朝から発熱,咽頭痛,咳,関節痛を認めた。2日前に職場の同僚がインフルエンザと診断されている。体温38.9℃,その他のバイタルサインは安定。インフルエンザ迅速診断キットは「陰性」だった。最も考えられる診断は何か? そして治療方針は?

 全12回予定の本連載も,気が付けば折り返しの第6回を迎えました。これまでの連載が看護師の皆さんの臨床判断の向上に寄与していることをお祈りしつつ,今回から2回にわたりこの時期に知っておきたいインフルエンザの基礎知識について紹介したいと思います。

インフルエンザの診断に迅速診断キットは必須か?

 インフルエンザ自体は皆さんもよくご存じの病気だと思いますが,プロの医療者として看護師が知っておきたい知識がいくつかあります。まず,診断の際によく使用されるインフルエンザ迅速診断キットについてです(鼻の奥でグリグリするアレです。鼻汁さえちゃんと採取できていればグリグリしなくても良いのですが……)。実はこの検査は,感度がせいぜい50%少々なので1),本当にインフルエンザにかかっていても半分くらいの人は「陰性」と出てしまう可能性があるのです(陽性になればほぼインフルエンザです)。さらに,小児を対象とした,発症時間ごとの感度を調べた研究では,発症12時間以内に検査をすると感度は35%程度だったと報告されています2)。結局のところ,迅速診断キットが陰性だからといって「じゃあインフルエンザではないよね,よかった!」とは口が裂けても言えないことが,おわかりいただけると思います。

■備えておきたい思考回路
インフルエンザの迅速診断キットは,感度が低い(=偽陰性が多い)!

 ではどう判断すれば良いのでしょうか? 実は,インフルエンザ流行期に熱が出たら大体がインフルエンザと考えられるので,検査を行うまでもなくインフルエンザと診断して良いのです。「え? あの鼻グリグリって必須じゃないの?!」と思ったアナタ,そうなんです,その通りなんです。流行期に限れば発熱のみでも76.9%の確率(4人に3人)で(3),「発熱+咳」ならおよそ80%もの確率でインフルエンザなので,インフルエンザに矛盾しない症状を来していれば,検査せずにインフルエンザと診断して良いのです!

 流行期におけるインフルエンザの陽性的中率(文献3より作成)

 もちろん,検査をしてはいけない,というわけではありません。微妙な症状の際には検査しても良いとは思いますが,冒頭の症例のように,流行期に典型的なインフルエンザ症状を呈し,しかも暴露歴まであるのなら,アナタ自身が発症した場合でも職場の部下が発症した場合でも,もうその時点でインフルエンザとして所属部署や感染管理室に相談するようにしてください(もちろん,医師の診察を受けた上で診断してもらうことをお勧めします)。

■備えておきたい思考回路
インフルエンザ流行期にインフルエンザっぽい症状が出現したら,それは大体インフルエンザです。

「重症でない」インフルエンザの治療は

 インフルエンザと診断されたら,「早く,抗インフルエンザ薬を飲まなければ」となっていませんか? インフルエンザは自然に治る病気ですので,原則,対症療法でOKです。抗インフルエンザ薬の投与が推奨される人たちは,高齢者や5歳未満の小児,基礎疾患のある人などに限られます。米疾病予防管理センター(CDC)ウェブサイトでは,下記の例を挙げています4)

●喘息,神経疾患,血液疾患,慢性肺疾患,内分泌疾患,心疾患,腎障害,肝障害,代謝障害など基礎疾患がある患者
●BMI≧40の肥満者,19歳未満で長期アスピリン内服中の者,免疫不全者
●65歳以上の高齢者,5歳未満(特に2歳未満)の小児
●妊婦,産後2週間以内の褥婦
●介護施設入所者

 ここは重要なので繰り返しますが,基本的には高齢者や5歳未満の小児,基礎疾患のある人たちにこそ抗インフルエンザ薬の投与が推奨されるのです!

 抗インフルエンザ薬を使うと,使わない場合に比べて半日~1日程度早く症状が改善します。ですので,「症状が早く改善する薬がある」と聞いたら使いたくなるのが誰しも抱く心情ですよね。ただし,全ての薬はリスクも加味して使う必要があります。例えばオセルタミビル(タミフル®)では,5~10%程度で嘔気・嘔吐の副作用が見られるので5),基本的にはそのリスクと効果を天秤にかけることになります。それよりも,特に抗インフルエンザ薬なしでも半数は24時間以内に,約70%は48時間以内に解熱したというデータもありますので5),別に抗インフルエンザ薬を使わなくても早く解熱する人は解熱します(なお,重症のインフルエンザであれば患者背景に関係なく抗インフルエンザ薬を投与します)。

■備えておきたい思考回路
全ての人に抗インフルエンザ薬の投与が推奨されるわけではない。使わなくても1~2日で解熱する人が多い!

どの抗インフルエンザ薬を処方してもらうべきか

 抗インフルエンザ薬には何種類かありますが,最もよく知られているオセルタミビルだと,基礎疾患のない若年者で16.8時間程度早く症状を改善させる作用があると言われています6)。吸入薬であるザナミビル(リレンザ®)も同様に14.4時間ほど早く症状を改善させます6)。もう一つの吸入薬であるラニナミビル(イナビル®)は40 mgでも80 mgでもプラセボへの優位性が示せず(つまり,吸っても吸わなくても変わらない),そもそも使用する意義があるのか自体が不明な薬剤です7)。添付文書には160 mgだとプラセボよりも症状改善が早かったとの報告もありますが,論文化はされていないようです8)

 唯一の点滴用製剤であるペラミビル(ラピアクタ®)もプラセボよりも早く症状を改善させますが5),オセルタミビルに優る効果は現時点で認められていません。また,点滴のため医療機関内に長く滞在することが他人への感染リスクを増大させる可能性があることなどを考えると,よほど経口摂取が困難でない限りは積極的に使用を推奨する根拠はありません。

 バロキサビル(ゾフルーザ®)は1回きりの内服で良いという利点があり,インフルエンザに罹患した健常者に対する効果はオセルタミビルとほぼ同等ですが,そもそもその効果を調べた研究では本来抗インフルエンザ薬が適応となる人たちが軒並み除外されています9)。今後,ハイリスク患者への有効性を示した論文が発表されるのかもしれませんが,現時点ではバロキサビル低感受性ウイルス出現の問題や臨床エビデンスがまだまだ不足していることから,日本感染症学会も日本小児科学会も,現時点では積極的な使用を推奨する臨床データに乏しい,としています。

 というわけで,筆者がもしも抗インフルエンザ薬を使うとしたら,基本はオセルタミビルを処方します(ジェネリックも出ていて薬価も安い)。

■備えておきたい思考回路
抗インフルエンザ薬の特徴を看護師も知っておきたい。処方するとしたら,まずはオセルタミビル。

 冒頭の症例は,インフルエンザ迅速診断キットは陰性でしたが,流行期で全身症状を伴う発熱であること,暴露歴があることからインフルエンザに罹患した可能性が非常に高いです。基礎疾患もないようですので,まずは対症療法を提案したいところですが,「副作用のリスクを加味しても,半日でも早く症状改善させないと!」といったのっぴきならない個人的事情(職場の事情?)があれば,オセルタミビルの処方を検討しても良いかと思います。

今日のまとめメモ

 毎年流行するインフルエンザは医療者になじみのある疾患の割に,看護師の皆さん(医師も?)は系統立てて学ぶ機会が少ないのではないかと思い,今回のテーマで解説しました。時節柄,次回もインフルエンザについてお話ししたいと思います。インフルエンザについて,患者さんとそのご家族から質問されることも多いかと思いますので,ぜひこの機会に知識をアップデートしていただければ幸いです。

つづく

参考文献・URL
1)Ann Intern Med. 2017 [PMID:28869986]
2)Eur J Pediatr. 2011 [PMID:20938682]
3)Arch Intern Med. 2000 [PMID:11088084]
4)Influenza (Flu). Centers for Disease Control and Prevention.
5)Antimicrob Agents Chemother. 2010 [PMID:20713668]
6)Cochrane Database Syst Rev. 2014 [PMID:24718923]
7)Lancet Infect Dis. 2014 [PMID:25189352]
8)イナビル®医薬品インタビューフォーム.2019年9月改訂(第2版).第一三共株式会社.2019.
9)N Engl J Med. 2018 [PMID:30184455]

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