Radiogenomicsがめざす新たな診断・治療体系(酒井晃二)
寄稿
2019.07.01
【寄稿】
Radiogenomicsがめざす新たな診断・治療体系
酒井 晃二(京都府立医科大学大学院医学研究科放射線診断治療学臨床AI研究講座特任准教授)
Radiogenomicsとは,radiology(放射線医学)とgenomics(遺伝子に関する多量の情報を系統的に取り扱う科学)から成る造語である。
現在,radiogenomicsは2つの意味で用いられている。1つは,放射線医学領域で主に取り上げられているもので,医用画像から大量の情報を抽出して診断等に役立てる手法であるradiomics1)に遺伝子検査情報を取り入れることで,precision medicine(精密医療)の実現をめざす概念である2)。もう1つは,放射線治療が遺伝子改変に与える有害性の研究にこの言葉が用いられる場合である。後者は,2009年に英国で発足したRadiogenomics Consortiumがその取り組みを推進している3)。
本稿では,precision medicineを実現するためのradiogenomicsの概念を取り扱う。
侵襲性の低い画像検査を主軸にした診断・予後予測
上述のようにradiogenomicsは,画像特徴と遺伝子変異等の情報の相関関係を明らかにして,侵襲性の低い医用画像を主軸にした診断の実行を主な目標とする。放射線治療の領域では,治療効果のモニタリングや予後予測などへの利用も期待される。
画像情報に遺伝子の情報を取り入れることで,その応用範囲はさまざまな部位に広がりを見せているが,現在のところ対象疾患は概ね腫瘍に限定される。ただし,癌腫瘍内の異質性によって遺伝子検査結果と画像特徴が対応しない危険性もあることから,遺伝子表現型検査のための試料採取の確実性と再現性を上げるためにMRIのテクスチャ解析を利用する研究4)も行われる。
Radiogenomicsの主な解析ステップは,医用画像から腫瘍等の領域抽出,画像特徴の抽出,遺伝子解析,相関モデルの構築である2)(図)。
図 Radiogenomicsの主な解析ステップ(クリックで拡大) |
医用画像から関心領域を抽出し画像特徴を解析的に取り出した後,その特徴と遺伝子解析結果を統合し相関関係を導くことで,診断や治療方針の決定,予後予測に応用する。 |
画像特徴を抽出する手法として,1次テクスチャ解析(平均,分散,モード,尖度,歪度などの記述統計量)や2次テクスチャ解析(共分散行列,差異行列,依存行列,ランレングス行列,他)などが利用されており5),領域の形状特徴(サイズ,体積,円形度,コンパクトネス,表面体積比,他)も活用される場合もある6)。
一方で,遺伝子情報はDNAからRNA,そしてタンパク質へと向かう遺伝子発現系と,タンパク質間の相互作用における特性の解析から抽出される。ここでは,遺伝子発現,タンパク質,RNA干渉配列などの変異が調べられ,遺伝子発現系全体を通じて変異のある転写因子の結合部位が特定される2)。特にDNAからRNAへの転写段階では,コピー数や一塩基の多様な変化を明らかにできる。
現在の主な対象は脳,肺,乳腺
Radiogenomicsを適用した研究例には,脳,肺,乳腺の悪性腫瘍が多く,X線による被曝の有無や適用のしやすさから,撮像機器はMRI,CTの順に用いられている7)。研究例の多い脳,肺,乳腺の腫瘍タイプ別分子特徴には,次のような報告がある。
脳では膠芽腫(glioblastoma)やlow-grade gliomaが主な対象であり,さまざまな遺伝子発現変異などが利用される。Glioblastomaでは,例えば1番染色体短腕(1p)と19番染色体長腕(19q)の共欠損,IDH,TERT,TP53,ATRXなどの変異の解析が主な対象となる8)。Low-grade gliomaでは,IDHの変異を利用したものが多く,他にも1p/19q共欠損,Ki-67変異などが対象となっている。2016年,脳腫瘍のWHO分類の改訂時に分子遺伝学的な分類が加えられたことから,脳腫瘍においては遺伝子解析が一般的になることが予想され,radiogenomics研究はさらに進展すると考えられる。
肺の主な対象はadenocarcinomas,non-small cell lung cancerなどであり7),EGFRやKRAS変異およびALKの再配位,NK-κBタンパク質表現型,BRAF変異などが注目される。
乳腺は,乳癌(cancer,carcinoma)が主な対象で,luminal A,B分子サブタイプと画像特徴間の関係を議論する報告9)がある。また,オンコタイプDX®乳癌再発スコア,一塩基多型(SNPs),タンパク質であるESM1やFLT1,遺伝子表現の変異,DNA変異など,さまざまな素因との関連性の有無について,現在解析が進んでいる。
今後は,複数の撮像機器から得られる特徴を組み合わせる取り組みも期待される。
AIの導入とナショナルデータベースの整備で研究の加速を
機械学習等の情報学的技法により,医用画像を用いた病変の良悪を鑑別する研究(Computer-Aided Diagnosis;CAD)は,情報学領域では長く取り組まれている分野である。医用画像から病変に関連する特徴を抽出する技術の多くはこれらの研究を通じてすでに開発が進んでおり,radiogenomicsの一端を担う重要な位置を形成している。そのため,radiogenomics研究をさらに推進するには,医学・工学・情報学のより深い協働が必要である。
病理検査結果などの臨床データ情報,それぞれの医師が習得してきた方法や培ってきた経験,診療ガイドラインなどを統合するAIの導入により,画像診断領域の診断・治療がサポートされる未来は20年以上前から予想されていた10)。今後,図に示したradiogenomicsの各ステップにAIやCAD技術が応用されることは,最近の研究動向から明らかであり,検討の増加と推論精度の向上から臨床応用にさらに近づくものと考えられる。
しかしながら,米国のThe Cancer Genome Atlas11)のような大規模な画像,遺伝子データベースが日本には存在しない。データベースの構築には,日本医学放射線学会を中心に推進する画像診断ナショナルデータベース(J-MID)などに集積されたデータと,次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム(P-DIRECT)などによるがんゲノム情報とが統合される必要がある。その上で,それらの統合的データベースが研究用に公開されるようになれば,日本人に特異的に生じやすい疾患への対応も進むものと期待される。
近い将来,radiogenomics研究が進展すれば,患者数の多い疾患の診断・治療へのサポート技術は格段に進歩するだろう。ただし,希少疾患については,統計的な特徴抽出を基盤とするradiogenomicsの範疇ではないため,画像診断医や病理医にとっては,希少かつ難治性の病態の解明に専念できる環境が訪れるはずだ。本分野の進展は一朝一夕には実現しないかもしれないが,より良い医療を実現するようradiogenomicsの結実に期待したい。
本稿は「酒井晃二.Radiogenomicsの現状,課題,展望.日獨医報.2018;63(1):15-27」をもとに執筆した.
◆参考文献・URL
1)Radiology.2016 [PMID:26579733]
2)Eur J Radiol.2009 [PMID:19303233]
3)Int J Radiat Oncol Biol Phys.2014 [PMID:24969789]
4)Neuro Oncol.2017 [PMID:27502248]
5)J Med Imagin.2015 [PMID:26251842]
6)J Neurooncol.2017 [PMID:28074320]
7)酒井晃二.Radiogenomicsの現状,課題,展望.日獨医報.2018;63(1):15-27.
8)Radiology.2017 [PMID:28723281]
9)J Magn Reson Imaging.2015 [PMID:25777181]
10)Radiographics.1994 [PMID:7938772]
11)National Cancer Institute.The Cancer Genome Atlas Program.
さかい・こうじ氏
1991年岩手大工学部卒。94年岩手大大学院工学研究科修士課程修了後,2004年岩手県立大大学院ソフトウェア情報学研究科博士課程修了。博士(ソフトウェア情報学)。同年京大高等教育研究開発推進センター助教,07年米ジョンズホプキンス大客員研究員,09年京大大学院医学研究科人間健康科学系専攻講師,15年より現職。
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