医学界新聞

寄稿

2018.10.22



【視点】

看護学のエッセンスを全ての大学生に

深井 喜代子(岡山大学大学院保健学研究科教授・基礎看護学)


 岡山大学では2年前から教養教育科目に「看護学概論」を開講している。筆者は昨年度,「人と健康をつなぐ科学」というサブタイトルを掲げて本科目を担当した。開講が実現したのは学部への教養科目割り当て義務からであったが,筆者自身はかねてより,大学の一般教養科目として「看護学」をぜひ立てたいと考えていた。その理由は,筆者が神経生理学者から看護学者に転身したことにさかのぼる。筆者は三十路を過ぎて看護大学で勉強したのだが,その間,一回り以上年下の同級生たちが飛躍的な人間的成長を遂げていく様子に目を見張った。自分の現役時代(理学部生物学科)の学友や先輩たちと比べて,看護学生は格段に「良識のある大人」に変身するのだ。筆者はのちに臨床を経て看護学者になったが,この違いを産む仕掛けが「看護学」という学問の中にあると確信したのだった。

 さて,一般教養の「看護学概論」で筆者が掲げた教育目標は,とかく世間に理解されにくい「看護(学)」の概念を,そして看護師がどんな専門職であるかを,1人でも多くの「他学部」の大学生たちに「知ってもらう」ことであった。そのために,看護学教育の膨大なカリキュラムの中から,基礎看護学のエッセンスを精選し,“濃い目の味付け”でその理論と方法論を提供した。そして,受講した学生が(日々の生活の中で)「今日から使おう!」と思う(行動化する)ように仕向ける工夫をした。

 何しろ他学部の学生をとりこにし,看護(学)を生きることに役立つ学問であると理解させ,しかも毎回120分(1回は60分2コマ続き)で完結させるレシピを準備しなければならない。治療的技法を使ったコミュニケーション演習,滅菌手袋装着実技,フィジカルイグザミネーション演習も,受講者200余人を前に1人教壇に立って敢行,身振りと画像を駆使しながら計8回,16時間を駆け抜けた。

【2017年度「看護学概論」授業計画】
1.健康って何だろう
2.ヒト(人間)は何から出来ているか
3.人はどのように産まれ,育ち,一生を終えるのか
4.お医者さんと看護師さんの違いが分かる?
5.手と五感でヒトの健康を探るテクニック
6.人嫌い・話し下手を変える:対人関係としてのコミュニケーション
7.見えない敵と戦う:感染予防
8.看護のテクニック 1:手洗い
9.看護のテクニック 2:ボディメカニクス
10.看護のテクニック 3:ポジショニング
11.患者を前に決断に迷うとき,拠り所となるもの
12.事故・災害に遭遇したときどうする
13.医療最前線で奮闘する看護プロフェッショナル
14.看護の進歩・発展が医療を変える-科学としての看護学
15.看護は健康に生きるための一般教養を提供する
16.まとめのテスト

 学生が講義に集中している目安は,居眠り,私語,内職(スマホを見るを含む),などの行為が見当たらないことである。そこで最後部座席の学生の目鼻口が認識できる履修者数とし,人口に膾炙した感動的なCM動画1本,身体を動かす作業を1つ,そして部分点が取れるミニレポート1枚,を毎回の講義に取り入れた。

 かくして「看護学概論」は毎回8学部26学科234人の9割以上が出席し,履修者の8割から5段階の4以上の評点を得た。そして,何より,はがき大の様式にビッシリと書き込まれた1800枚あまりのミニレポート(今日から正しい手洗いをしよう,対話技術試そうかな,看護師の母を尊敬する,などなど)は励みになった。「看護学のエッセンスを全ての大学生に」という筆者の思いが届いたことを実感するとともに,次年度開講への意欲も湧いた。なお,本科目は2018年9月14日,学長より「ティーチング・アワード表彰 全学的に広めるべき優れた教育を行っている授業」を授与された。


ふかい・きよこ氏
岡山大で動物生理学を専攻し,医大・生理学助手に。後に高知女子大(現・高知県立大)家政学部看護学科卒。川崎医療福祉大教授等を経て,2001年より現職。

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