医学界新聞

対談・座談会

2018.06.25



【座談会】

幸福学×看護学
「自分への思いやり」が豊かな看護を創る

前野 隆司氏(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 研究科委員長・教授)
秋山 美紀氏(東京医療保健大学医療保健学部看護学科准教授)
深堀 浩樹氏(慶應義塾大学看護医療学部教授)=司会


 思いやりや共感を期待される看護師は,ときに患者へのケアに疲れ果ててしまうこともあるだろう。そのような看護師に知ってほしい新たな学問領域が「幸福学」だ。幸せを感じるメカニズムを知って自分の特性を顧み,精神的に良好な状態を維持・向上できれば,前向きで質の高い看護が実現できるのではないか。

 本座談会では,老年看護学分野で看護・ケアの質向上に関する研究に取り組む深堀氏を司会に,幸せのメカニズムの研究で多分野から注目を集める前野氏,レジリエンスを高めるプログラム開発を看護師向けに進める秋山氏が,幸福学と看護学の融合から,看護師がポジティブな気持ちで働ける職場環境や方法までを議論した。


幸せの4つの因子から見た看護師の特性は

深堀 工学部出身の前野先生は,なぜ「幸せ」を研究の対象としたのでしょう。

前野 私はもともとロボット開発のエンジニアでした。製品やサービスを生み出す目的には元来,人々を幸せにすることが出発点としてありますよね。そのうち,ロボットの心より人間の心の内に迫りたいと考えるようになり,幸福学研究へと移っていきました。

深堀 幸福学はどのようなテーマを扱うのですか?

前野 人々を幸せにするための組織・環境整備や,製品・サービス開発,さらにまちづくりに至るまで実に多岐にわたります。

秋山 幸せは誰もが関心を持つ身近なテーマと言えますね。

深堀 前野先生の研究で明らかになった幸せのメカニズムを教えてください。

前野 金・モノ・地位のように周囲と比較し満足を得る「地位財」による幸せが長続きしないことは,英国の心理学者ダニエル・ネトル氏がすでに明らかにしています。では,長続きする幸せとは何か。それは,精神的,身体的,社会的に良好な状態であることです。

秋山 ポジティブ心理学で言われる「ウェルビーイング(well-being)」は,心身の充実した状態を指します。

前野 そこで私は精神的な幸せに注目し,心理学者らによる心的幸せ要因に関する先行研究を踏まえた29項目87個の質問を,1500人の日本人に答えてもらいました。結果を因子分析し,次の4つの因子を満たす人が幸せだとわかったのです。

・第一因子:「やってみよう!」因子(自己実現と成長の因子)
・第二因子:「ありがとう!」因子(つながりと感謝の因子)
・第三因子:「なんとかなる!」因子(前向きと楽観の因子)
・第四因子:「ありのままに!」因子(独立とあなたらしさの因子)

深堀 興味深い因子名ですね。それぞれ概要をご紹介ください。

前野 第一因子は,社会的要請に応え,成長意欲に満ち,自己実現している人の特徴を表します。第二因子は,愛情,感謝,親切といった他者と心の通う関係をめざす因子。第三因子は楽観的な前向きさ。そして第四因子は,他人と自分を比較せず,自分らしさを高めることが幸福につながることを意味する因子です。幸福感を持って働いたり生活したりするには,4つの因子をバランスよく満たす必要があるのです。

深堀 看護師の幸福度を上げるためのポイントが見えてきそうです。秋山先生は,4つの因子をどう見ますか?

秋山 海外の類似の分析と比べ,日本人の感覚に共通する部分が多いと感じます。私は前野先生の4つの因子を参考に,看護師の幸せについて研究しています。

深堀 秋山先生はどのような問題意識を持って研究しているのでしょうか。

秋山 日々のケアで知らず知らずのうちに傷ついてしまっている看護師や,「自分は怒られてばかりの不必要な人間」と思い悩む新人看護師に,前向きな気持ちで働くための方法を身につけてほしいとの思いからです。4つの因子に加え,看護師のcompassion(思いやり)とself-compassion(自分への思いやり)の2つに注目し,看護師が幸せに働けるためのプログラムを開発しています。看護師には従来のメンタルヘルスに見られる「マイナスをゼロにする」枠組みだけでなく,ポジティブな面をより繁栄させる「自分への思いやり」の視点も重要になるのです。

深堀 日本の看護師の特性を前野先生はどうご覧になっていますか?

前野 看護師さんは利他性があって優しく,多くは第二因子が高いですね。対照的に,ベンチャー企業の経営者などは利己的な面が強く出がちです。

秋山 一般大学生と看護学生のcompassionの比較からも看護学生は利他性が高い傾向があります。

前野 ただし注意すべきは,看護師さんは利他性の強さから自己犠牲の精神が突出し,自分を厳しく批判してしまう面がありがちなことです。すると第一因子が下がって幸福感が弱くなり,最悪の場合バーンアウトしてしまう。

「なんとかなる!」「ありのままに!」因子に目を向ける

深堀 看護師のバーンアウトや離職は切実な課題です。看護師が他の因子をバランスよく高め,幸福感を持って働くにはどうすればよいか。第一因子を高めるポイントからお聞かせください。

前野 自分自身の強みは何か,やりたいことは何なのかを明確にすることです。「患者へのケアが社会に貢献している」「これが自分の夢なんだ」と,自分がワクワクするほうへと向かう面も持てると良いですね。

深堀 第三因子はいかがですか。

秋山 「私なんかだめ」「患者さんに何もしてあげられなかった」と悪く思い込むと,どうしても第三因子は弱くなってしまいます。

前野 そこで,「なんとかなる!」と思うことも必要なんです。「楽観的」と聞くといい加減な性格のようで,安全重視の医療現場には違和感があるかもしれません。でも,そうではなく,「自分の良いところも,悪いところも好き」と受け入れることが,前を向く力強さをもたらすのです。

深堀 第四の「ありのままに!」因子も,看護師が意識しにくい点かもしれません。

前野 自身の利己的な面を打ち消して献身的に働きすぎると第四因子は低下します。すると相対的に第二因子への依存度が高まり,幸福度も下がってしまう。

深堀 在院日数の短縮化や膨大な記録作成など看護師を取り巻く昨今の状況は,患者さんとじっくり向き合い「ありがとう」を言われる機会を減らし,看護師では高いと前野先生が指摘した第二因子すらも下げてしまっているのかもしれません。

前野 「ありがとう」と言われるのは,看護師さんにとって最も本質的なフィードバックなはずです。働き方改革の流れから他業界にも似た課題があって,生産性・効率性に焦点が当たる一方でちょっとした会話がしづらくなっている。合理化の流れがかえって幸福度を下げる一因になっているんです。

深堀 「あなたのケアは素晴らしかった」と認めてもらうことを望むのではなく,看護師自身が素晴らしいケアを組織内で共有したり,社会に発信したりすることも幸福感を高める上では有効ではないかと思います。「ありがとう」を他者に強制せず,おのずと看護師のケアが肯定される風土が必要ではないかとお話を伺い考えました。

秋山 医療現場で働く人が自分に幸福感を持てなければ,患者さんの安全と健康を守ることはできません。つい自分に厳しくなってしまう看護師も,自分や同僚に対して思いやりや優しさをもっと持っていいのです。

前野 幸福度が高いと創造性が3倍,労働生産性が1.3倍高いとの研究もあります1)。弱い傾向の因子に目を向け,バランスよく高められる職場の整備や介入ができると,創造性豊かな生き生きと働ける環境が築かれるはずです。

看護師の幸福感を高めるself-compassionとは

深堀 前野先生が分析した幸せの4つの因子から,看護学に幸福学をどう融合していけるかもう少し踏み込んで考えたいと思います。そこで,冒頭紹介のあった秋山先生が開発するプログラムについてお話しください。

秋山 看護師の幸福度を高め,継続的な勤務意欲の向上を可能にする「レジリエンスプログラム」を開発しています。4つの因子を参考に,前野先生との共同研究でスタートしました。プログラムは,拡張―形成理論とSPARKレジリエンスプログラムの2つを,それぞれ縦糸と横糸に組み合わせています()。ネガティブな感情は視野を狭めるのに対し,ポジティブな感情は視野を広げる。患者さんにどんなケアを提供するかを,皆で前向きに考えられる看護のチーム作りに適しているため取り入れました。

深堀 プログラムを開発する中で,看護師向けに考慮した点はありますか。

秋山 Compassionを提供する看護師がそれ一辺倒になるのではなく,self-compassionもいかに育められるかです。看護師はどうしてもcompassionを“切り売り”して働いてしまっていると思うのです。

前野 切り売りですか。すると補充が必要になる。

深堀 補充の役割を果たす大切な要素こそがself-compassionなのですね。

秋山 そうなんです。self-compassionは,米国の心理学者クリスティン・ネフ氏が提唱し,①自分への優しさ,②共通の人間性,③マインドフルネスの3要素からなります。「自分はダメだ」と責めず(自分への優しさ),「周りの皆も同じ悩みがあるんだ」と考え(共通の人間性),「今ここに判断を加えることなく集中する」(マインドフルネス)ことで自分への思いやりを高めます。プログラムでは,ネガティブ感情に対処しポジティブ感情を育み,そしてマインドフルネスや「愛と優しさの瞑想」によってありのままの自分を受け入れることができるようになります。

深堀 マインドフルネスは近年注目されていますね。看護師も受け入れやすいでしょうか。

秋山 「瞑想は宗教を連想させる」という感想もありましたが,看護師には作用機序を解剖生理学的に説明するなどの工夫で,理解が得られやすいです。

深堀 秋山先生のレジリエンスプログラムの効果はいかがですか?

秋山 当初,新人看護師がレジリエンスを鍛え,バーンアウトや早期離職を防ぐ目的で開発を始めました。実際に2病院の新人看護師研修で試行したところ,ポジティブ感情が有意に上昇し,ネガティブ感情は低下,そしてself-compassionが上がったのです。

深堀 幸福学を看護の臨床や教育,研究に統合できる可能性が大いにありそうですね。例えば,新人看護師の研修の他,キャリア開発や医療安全,技術向上の院内教育プログラムへの導入なども考えられるのではないでしょうか。

秋山 看護領域には幅広いニーズが潜在的にあるはずです。勤務校の教員を対象にしたファカルティ・ディベロップメント研修や,国家試験を控えた学生の不安を取り除くためにマインドフルネスを行う中で,そのニーズと確かな手応えを感じています。

 マインドフルネスを用いて集中力を高められれば,エラー防止に努めることもでき,医療安全にも応用が可能です。「気づき」の力も高めるマインドフルネスは,看護師にとって今後ますます重要になるでしょう。

看護領域での幸福学の蓄積が,他業種への応用も可能に

深堀 さまざまな臨床現場での実践も考えているのでしょうか。

秋山 はい。対象者の特性や勤務環境によって,重視する視点を変えることで幅広く応用できるはずです。ウェルビーイングやレジリエンスはself-compassionと関連することが明らかになってきています。看護師自身が幸せであることは,患者さんへの質の高いケアを可能にします。

深堀 幸福学を研究する看護の専門家である秋山先生が,看護職ならではの視点から研究を発展させる中で,看護師以外のさまざまな職種の課題や特性を踏まえた解決策の提示に貢献できるようになるかもしれません。

 「幸福学×看護学」をもう少し広くとらえると,看護学が幸福学をどう活用するかの受け身的な話だけでなく,秋山先生が看護学の研究者として蓄積した知見を看護以外の分野に応用できるのではないかと期待が広がります。

前野 そうですね。レジリエンスプログラムは職種に応じて組み替えられます。看護領域の蓄積からそのモデルの意義や効果を発信することは可能でしょう。私も現在,さまざまな職種にマッチしたレジリエンスプログラムの開発に向けて研究を進めています。近い将来,職種ごとに高めるべき因子を説明できるまでに幸福学を深化させたいと考えています。

深堀 看護の枠を超えた職種横断的なアプローチによる問題解決の実現など,構想が膨らみます。

前野 異業種横断で幸福度を高められるのが,まさに幸福学という包括的な学問の強みです。

秋山 幸福学と多分野のコラボレーションをさらに広げていきたいですね。

 私は看護師に向けてself-compassionの概念を普及させ,患者さんへの思いやりに加えて「自分にも思いやりをもっていいんだ」ということを,より多くの人に知ってほしいと思います。

前野 私自身の大きな目標は,幸福学と他分野をつなぐハブとなって社会の問題解決を図り,そして人々の幸福に貢献することです。看護師さんのように優しさにあふれた素敵な仕事をしている人たちが,もっと幸せに働ける世界を共に作っていきましょう。

(了)

参考文献
1)Psychol Bull. 2005[PMID:16351326]

:拡張―形成理論は,ポジティブ心理学者バーバラ・フレドリクソン氏が提唱した。ポジティブ感情が他者に伝わることで資源形成が促され,「人間のらせん的変化と成長」に至る4つの段階を経ると説明する。SPARKレジリエンスプログラムは,ポジティブ心理学者のイローナ・ボニウェル氏らによって作成された教育プログラムで,「認知行動療法」「レジリエンス」「心的外傷後成長」「ポジティブ心理学」の4領域で得られた研究結果をもとに作成している。さまざまな状況を,状況(Situation),認識(Perception),自動操縦(Autopilot),反応(Reaction),知識(Knowledge)に分解して解釈し,自然に起こる感情,反応を理解して行動的反応をコントロールできるようになるとされる。


まえの・たかし氏
1984年東工大工学部機械工学科卒,86年同大大学院修士課程修了。キヤノン株式会社勤務,米カリフォルニア大バークレー校客員研究員,米ハーバード大客員教授,慶大理工学部教授などを経て,2008年より慶大大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。11年4月より現職。博士(工学)。研究分野は,ヒューマンマシンインターフェースから,幸福学,感動学,イノベーション教育まで幅広い。『幸せのメカニズム』(講談社),『実践 ポジティブ心理学』(PHP研究所),『幸福学×経営学』(内外出版社)など著書多数。

あきやま・みき氏
1998年東大医学部健康科学・看護学科卒。東女医大病院勤務を経て,2006年東大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻満期退学後,同年より現職。博士(保健学)。慶大大学院システムデザイン・マネジメント研究所研究員。専門は精神看護学,ポジティブ心理学。人にケアをする看護職・介護職のself-compassionを高めるためのプログラム開発をめざしている。ポジティブ心理学を看護学に活かすことを目的に,ポジティブ心理学・看護学研究会を主宰。共著に『ナースの精神医学』(中外医学社)など。

ふかほり・ひろき氏
1999年東大医学部健康科学・看護学科卒後,2007年同大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修了。虎の門病院看護師,三重県立看護大助教,米ペンシルバニア大看護学部客員研究員,東医歯大准教授を経て,18年より現職。博士(保健学)。専門は,老年看護学,家族看護学,看護管理学。高齢者施設等における看護・ケアの質の向上に関する研究に取り組んでいる。訳書に『看護実践の質を改善するためのEBPガイドブック』(ミネルヴァ書房)がある。