血液腫瘍と感染症④ 多発性骨髄腫と感染症(森信好)
連載
2018.05.21
目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症
がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。
[第24回]血液腫瘍と感染症④ 多発性骨髄腫と感染症
森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科副医長)
(前回からつづく)
多発性骨髄腫(multiple myeloma;MM)の日本人の罹患率は年間10万人当たり5.4人程度です。悪性リンパ腫ほど多いわけではありませんが,特に高齢者(中央値66歳)によく見られる血液腫瘍です1)。
あらゆる悪性腫瘍の中で,とりわけMMに対する治療はここ十数年で進歩し,全生存率は2倍以上に改善しています2)。「命を落とす疾患」から「慢性疾患」の意味合いが強くなっているのです。とはいえ,感染症はいまだにMMの経過において大きなインパクトを持ち,1年間のフォローアップでは約22%が感染症による死亡との報告もあります3)。具体的にMMではどのような免疫低下や感染症リスクが増大するのか。新規薬剤による感染症の影響も含め,掘り下げて解説します。
疾患そのものによる免疫不全
MMの病態は,骨髄で形質細胞が腫瘍性に増殖し,異常免疫グロブリンであるMタンパクを無制限に産生するものです。その結果,抗体産生が正常に行われなくなってしまいます。MMは「疾患そのもの」で「液性免疫低下」を来します4)(第10回・3216号)。また好中球が軽度減少することも知られています。これは好中球に対する抗体産生による自己免疫性好中球減少症(autoimmune neutropenia;AIN)であるとされています5)が,正確な機序はわかっていません。いずれにせよ,AINであればMMの治療とともに改善することがほとんどです。
この他にも,MMでは腎障害や病的骨折による脊髄圧迫に伴う神経因性膀胱など,感染リスクを増大させる要因に注意が必要です。
治療による免疫不全
MMの治療ではどのような免疫低下が起こるか,症例をベースに見ていきましょう。
症例
新規発症のMMに対してVRd療法(ボルテゾミブ[Velcade®],レナリドミド[Revlimid®],デキサメタゾン[dexamethasone])による導入療法中の64歳男性。アシクロビル内服中。2コース目の10日目より悪寒を伴う38.5℃の発熱,黄色痰を伴う湿性咳嗽,吸気時の右胸部痛および呼吸困難が出現したため受診。その他,頭痛,鼻汁,咽頭痛,嘔気・嘔吐,下痢,尿路症状,関節痛,筋肉痛なし。
意識清明,血圧128/70 mmHg,脈拍数112/分,呼吸数24/分,体温38.6℃,SpO2 93%(RA)。身体所見で右中肺野のholo inspiratory cracklesを聴取。その他,頭頸部,心音,背部,腹部,四肢,皮膚に異常所見なし。
白血球数2100/μL,好中球数1000/μL,Cr 1.23 mg/dL,BUN 34 mg/dL。その他,肝機能,電解質などは正常。喀痰のグラム染色で貪食像のあるグラム陽性双球菌を多数認めた。尿中肺炎球菌抗原陽性。
胸部単純X線写真で右中葉にair-bronchogramを伴う浸潤影あり。
未治療のMMに対する治療として,従来はアルキル化剤であるメルファラン(Melphalan)にプレドニゾロン(Prednisolone)を併用するMP療法が主流でしたが,現在はVRd療法が標準治療6)となっています。
上述の通りMMの生存率は飛躍的に改善されてきましたが,その主翼を担ったのがまさにこのボルテゾミブやレナリドミドなのです。
●ボルテゾミブ
ボルテゾミブはプロテアソーム阻害薬に属します。NF-κBという転写因子の活性を阻害することでがん細胞のアポトーシスを誘導し,増殖を抑えているのです。また同時にTNF-αやT細胞に対しても抑制的に働く7)ことが知られており,細胞性免疫低下が見られます。とりわけ帯状疱疹に特異的な細胞性免疫が低下8)し,臨床的にも帯状疱疹や単純ヘルペスウイルス感染症の発症が強く懸念されています9)。したがって,ボルテゾミブ使用患者にはアシクロビルの予防投与が推奨されているのです10)。
ちなみに新しい世代のプロテアソーム阻害薬であるカルフィルゾミブやイキサゾミブ11)も同様に帯状疱疹のリスクがあるためやはりアシクロビルの予防投......
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