造血幹細胞移植と感染症① 造血幹細胞移植(HSCT)の基本と免疫不全(森信好)
連載
2018.06.18
目からウロコ!
4つのカテゴリーで考えるがんと感染症
がんそのものや治療の過程で,がん患者はあらゆる感染症のリスクにさらされる。がん患者特有の感染症の問題も多い――。そんな難しいと思われがちな「がんと感染症」。その関係性をすっきりと理解するための思考法を,わかりやすく解説します。
[第25回]造血幹細胞移植と感染症① 造血幹細胞移植(HSCT)の基本と免疫不全
森 信好(聖路加国際病院内科・感染症科副医長)
(前回からつづく)
今回からはいよいよ造血幹細胞移植(hematopoietic stem cell transplantation;HSCT)と感染症について数回にわたり説明します。
HSCTの感染症も怖くない
HSCTの感染症と聞いてアレルギー反応を起こす方は多いのではないでしょうか。要因は大きく3つありそうです。第一に,HSCTは限られた施設で行われていますので,具体的な経過をイメージしにくいということがあります。次に,HSCT後には主に3つのphaseがありますが,各phaseで起き得る免疫不全を正確に理解しないことには上手に対応できません。最後に,HSCTでは比較的まれな感染症に加えて,感染症と見分けにくい非感染症の病態が紛れ込んでいることがあり,状況を複雑にしている側面があります。
でも大丈夫。本連載の読者はすでに「4つの免疫の壁」をマスターしているはずです。これを駆使して,各phaseで起こり得る免疫不全を正確に理解すれば,HSCTの感染症にも抵抗なく対応することができるのです。あとはHSCTについての基本的な知識とまれな感染症や非感染症についてある程度の知識があれば怖くありません。
HSCTの基本知識
「移植を行う」といってもHSCTと固形臓器移植(solid organ transplantation;SOT)では少し概念が異なります。SOTでは臓器が正常に機能しない状態で「移植された臓器」が病態を根本的に改善させます。例えば末期腎不全があり透析に頼っている患者さんが腎移植を受けるとたちまち病態が改善し透析から離脱する,というような具合です。一方,HSCTではどうでしょう。SOTのように「移植された幹細胞」が病態を改善させるでしょうか。答えはNOです。HSCTでは移植そのものも大事ですが,病態を改善させるという意味で最も重要なのは,移植前の大量の化学療法や放射線治療です。概念はこうです。①大量化学療法や放射線治療で血液腫瘍を根絶させる,②自分の骨髄や免疫が破壊されてしまうので何もしないと造血能や免疫が無くなり生きられない,③自分の,あるいは他人の幹細胞を移植することで新たに造血能と免疫を得る,という流れです。
HSCTの種類
HSCTは大きく2つに分けられます。一つは自分の幹細胞を利用する自家移植(autologous HSCT;Auto),もう一つが他人の幹細胞を利用する同種移植(allogeneic HSCT;Allo)です。Alloではドナーを誰にするかが非常に重要です。ご存じのようにヒト白血球抗原(human leukocyte antigen;HLA)が適合している必要があります。そこで,25%の確率でHLAが適合する血縁者の同胞をドナーにします。これをmatched related donor(MRD)と言います。ただし,同胞がうまく適合しない場合も往々にしてありますので,その場合には非血縁者でHLAが適合したドナーを探すわけです。具体的には骨髄バンクですね。これをmatched unrelated donor(MUD)と言います。
ただし,中には残念ながらドナー候補が見つからない場合もあります。その場合には親や子どもなど,血縁者でHLAが半分合致しているハプロ(haploidentical;haplo)のドナーや,臍帯血(umbilical cord blood; UCB)をドナーとする移植を模索することになります。HLAが不適合の場合には前処置に用いる化学療法や全身照射放射線(total body irradiation;TBI)量が増えるので,その分バリアの破綻や好中球減少の程度,液性免疫・細胞性免疫の低下が重度となります。
HSCT後の免疫不全
簡単に流れを説明しましょう(図1)1)。まず前処置に用いる化学療法やTBIにより骨髄が完全に破壊されます。つまり,まず初めに重度の好中球減少にさらされます(①)。そこに造血幹細胞を移植することで,徐々に好中球が改善してきます。好中球減少はドナーの選択や幹細胞のソースによって異なりますが,2~4週間で回復してきます。ただしリンパ球が回復するには数か月から数年必要とします。このことが細胞性免疫や液性免疫に大きな影響を与えるのです。何事もなく順調に経過した場合には,まずCD8陽性T細胞やB細胞が回復し(②),その後CD4陽性T細胞が回復してきます(③)。ここで注意が必要なのは,B細胞はT細胞よりも先に回復するのですが,B細胞が多様性に富む抗体を産生し液性免疫を確立するにはT細胞の回復が必要不可欠なのです。つまり,免疫機能としては,先に細胞性免疫が回復し,その後液性免疫の回復が見られることになります。順調に経過したとしても液性免疫が回復するには2年ほどかかるとされています2)。
以上を踏まえてHSCT後の免疫不全を3つのphaseに分けて考えると理解しやすいでしょう(図2)。
図1 HSCT後の免疫担当細胞の回復について(文献1より改変)(クリックで拡大) |
図2 HSCT 後のPhase |
1)Phase I(生着まで)
好中球が3回連続で500/μLを超えた場合,その初日を生着とみなします。Phase Iではバリア破綻と好中球減少がメインです。
ここで重要なことは幹細胞のソースによって生着までの日数が異なるという点です。Autoであれば7~10日,MRDでは14日程度,MUDでは14~21日程度,haploやUCBでは22~27日程度とされています3, 4)。つまり,Autoの好中球減少期間は短いためアスペルギルスなどの糸状菌感染症を考える必要はほとんどありませんが,haploやUCBでは長期に好中球が減少するので当然高リスクの発熱性好中球減少症(FN),つまり糸状菌感染症が鑑別の上位に挙がってくるのです。
2)Phase II(生着から100日まで)
好中球は回復しますが,細胞性免疫低下が顕著となります。液性免疫も低下しますが,この時期には通常入院しているため,市中で多い肺炎球菌などにはあまり感染することはありません。
Phase IIでは特にサイトメガロウイルスとアスペルギルス感染症の独壇場となります(詳細は次回以降)。
3)Phase III(100日以降)
細胞性免疫は回復の兆しを見せていますが,液性免疫低下が残っています。順調に経過すればこの時期には自宅で過ごすことになりますので,肺炎球菌のリスクにさらされます。ですので,移植後6か月を目安に不活化ワクチンの投与が推奨されます。
今回はHSCTと感染症の手始めとして,HSCTの基本と免疫不全についてお話ししました。次回はHSCTの各phaseに起こり得る感染症について症例をベースに見ていきましょう。 |
(つづく)
[参考文献]
1)Expert Opin Biol Ther. 2008[PMID:18407763]
2)Biol Blood Marrow Transplant. 2009[PMID:19747629]
3)Int J Hematol. 2010[PMID:20464644]
4)Blood. 2004[PMID:15280199]
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