医学界新聞

連載

2016.05.30


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第137回〉
避難所の看護

井部俊子
聖路加国際大学特任教授


前回よりつづく

 熊本地震で被災された皆さまにお見舞いを申し上げます。

 朝日新聞2016年4月25日の夕刊は,「一連の地震による避難者にエコノミークラス症候群(肺塞栓症など)の患者が相次いでいる問題で,熊本県は25日,入院が必要な重症と判断された患者が35人(うち1人死亡)にのぼると発表した」と報じている。

 今回は,被災者支援をライフワークとした黒田裕子さん(故人)が残した,避難所での看護活動を確認することとしたい(黒田裕子・神崎初美著『事例を通して学ぶ避難所・仮設住宅の看護ケア』日本看護協会出版会,2012年)。

 黒田さんは,第1章「避難所って,どういうところ?」と題して,災害医療体制のこと,災害派遣ナースとして被災地で活動する前に知っておくべきこと,避難所の種類,避難所での看護職の役割,そして支援の際の気配りのポイントを解説している。第2章は「事例から学ぶ避難所・仮設住宅の看護ケア」である。本稿では,被災直後に避難所が遭遇する5つの事例を紹介したい。

被災直後の避難所

 〈Case1〉「トイレの状況」から始まる。約500人の被災者が避難している体育館。トイレは体育館の入り口の扉から外に出て10メートルほど歩いた場所にあり,男性用・女性用ともに屋外に和式便器が2つずつ設置されているが,いずれも汚れている。やるべきこととして,①現状のトイレ環境を確認し,必要ならばトイレの増設を依頼すること,②トイレ掃除をすること,を挙げている。

 足腰の弱っている人など和式便器で用を足すことができない人のために,看護職は洋式便器の設置を行政職員に早急に依頼することが必要である。トイレは避難所開設3日目ごろには大変汚れてくるが,この時期は上下水道が使える状況になっていないことが多く,汚れたトイレを使いたくなくて,避難所住民はトイレに行く回数を減らす。つまり水分を控えたり,便意を我慢したりするので,尿路感染症,脱水症,静脈血栓塞栓症,廃用症候群などを誘発すると警告している。このような事態になる前に,住民自らが掃除に取り組めるよう働き掛けることや,トイレだけでなく,避難所の掃き掃除,拭き掃除,布団干し,支援物質の片付けなども住民自らが行うよう働き掛けること,子どもにも役割を与えるとよいことなど具体的に解説している。

 〈Case2〉は「避難所での靴の扱い」である。避難所では避難してきた人が土足で歩き回り,自分の居住空間に敷いてある毛布や段ボールに上がるときに靴を脱ぐ。毛布が乱雑に敷かれ,靴の泥がついて汚れる。また,衣食住が同一の環境となるため,土足が続くと土ぼこりが舞い,手指も汚れ,さまざまな悪影響を引き起こし,気管支炎や喘息悪化を来す。

 それ故,一刻も早く,靴を脱いで過ごす居住環境にすることが必要だという。避難所を運営している地元スタッフに,「外部の人間がいきなり何を言い出すんだ」という感情を持たれないように,人間関係を構築してから話すとよいと具体的にアドバイスする。入り口でビニール袋に靴を入れて自分の居住空間に持っていく。もしくは,入り口の外に靴箱を用意する。この場合,靴の中に持ち主の名札を入れておくとよい。

 〈Case3〉は,「避難所の場所取り」である。避難所には次から次へと近隣住民が避難してくる。若い人や元気な人ほど早く到着し,トイレ・窓の近くや角など居住条件のよい場所を確保する。高齢者,病人や障がい者,子どもがいる人などは入り口付近になってしまい,人の出入りが多く外気にさらされて二次的合併症を起こしやすい。

 避難所では逃げ遅れて後からやって来る人ほど援助が必要な人が多い。そのため,居住場所の移動を検討する必要がある。コーディネーターの役割を担う看護職は,条件のよい場所にいる健常な人に事情を話し,場所を譲ってもらうなどの調整役割を担うとしている。

 〈Case4〉は,「食料がない」である。

 災害から6日。支援物資の到着が遅れていて,避難して来た子どもたちは「おなかがすいた」と泣き叫ぶ。この先いつ食料が届くのかさえもわからない状況で,大人も不安そうである。

 こうした状況への対応として,①食料が備蓄されていそうな場所(スーパーマーケット,コンビニ,病院,会社など)を探す,②炊き出しを行う(必要な食材や調理器具の調達),③避難所を巡回し,避難所住民の健康状態(飲水量や食事量)を確認する,④物資の過不足を確認する。物資管理は行政職の仕事であるが,食料の配給は「被災者の健康を維持する」目的で行われるので,看護職も関与するとよい。

 〈Case5〉は「情報が届かない」である。災害から1週間経ったが,S中学校の避難所の周辺地域は通信手段が寸断されたまま,電気も復旧していないのでテレビも映らず,外部からの情報はラジオのみ。生活に直結する情報が住民にほとんど知らされず,住民の間ではさまざまな憶測が飛びかっている。

 これには,①避難所運営者と連携し,被災者支援として行われていることについて住民に適切に伝える,②情報が入ってこない状況ならば,直接取りに行く(役所などの行政機関,病院,警察,近隣の避難所,ボランティアセンターなどに出向く)。

 さらに〈Case10〉では,悲しみを表出するために,「1人で思い切り泣くことができる場所」をつくることを提案している。

 生活環境を整え,セルフケアを促す看護の視点がつまった避難所ケアである。避難所の看護職の真骨頂である。

つづく

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